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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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ルーネリアの決意


 私達は宿屋に荷物を置くと、ルーネリアへ今後の方針を伝える為に宿屋に併設されていた会議用の個室に集まっていた。


 室内は華美な装飾は廃され、壁に飾られたガイゼルダナン家の家紋が目立つぐらいのものであった。部屋の中央に佇む楕円形の円卓は石材を掘って拵えられた物であり、十二人分の椅子が配置され、どっしりと存在感を放っていた。その足元には真紅に染められた、絨毯が敷かれており、室内に足を踏み入れると僅かに沈む程に柔らかな繊維が用いられている事が分かった。


 皆から見える部屋の奥に位置する席にルーネリアが座ると、皆も同様に着席し、ルーネリアの言葉を待つこととなった。


「私も現地へ付いて行きます。私を人質として連れて行った方が教皇派も油断をするのは明白ですから」


 ルーネリアが開口一番に自らもアルバートの救出に向かう旨を表明すると、アイゼンヒルとヴァリスは明らかに顔を顰め、睨むようにこちらに非難の視線を送ってきた。私は首を振り、決して私が唆した訳ではないということを伝えたものの、確かにルーネリアが今述べた内容は先日に私が二人に提案を行い即座に却下された案の一つであった。


「お嬢、それは論外だぜ。教皇派があんたを狙って来た以上、あんたを危険に晒す危険度と見返りが見合わないぜ」


 アイゼンヒルは説得する間でもないと言わんばかりにルーネリアへと進言する。それは彼がルーネリアの騎士であるならば当然の行為と言って差し支えの無いものであった。


「アイゼンヒル殿の言う通りです。元々貴方を狙っていた我々が言うのも何ですが、それは無謀な策であるかと。挟み撃ちという事であれば我々が廃城に上手く潜入できれば同様の成果を得られる可能性が有るのですから」


 私の案としては、ルーネリアと『微睡の矛』を先行させ、アルバートの捕らえられた牢屋まで先行しクレアートによる魔法障壁による防御陣を敷くと同時にアイゼンヒルと『白銀』が敵陣を強襲する事で教皇派を挟み撃ちの形に出来るという物であった。


「駄目です。私なしで『微睡の矛』だけを先行させるのであれば、廃城に辿り着くと同時に皆一様に殺される事になるでしょう」


 ルーネリアの物言いは極めて断定的であり、その場にいる皆にとって違和感を覚える物であった。彼女の瞳が翡翠色を帯びているのを私は見逃さなかった。その様を見てキリシアとアイゼンヒルは何事かを理解している様子であった。


 一方で、『微睡の矛』の一同もルーネリアが見せる予言染みた言葉に対して、反感を覚える以前に、そう断ずる理由について興味を唆られている様であった。


「お嬢、視たんだな?」


「はい……。此処まではっきりと視える事は珍しいのですが……」


 それを聞いたアイゼンヒルの表情は一層険しいものとなった。だが同時に意を決したとばかりに私達に対して宣言するようにルーネリアの意見を全面支持し始めた。


「……ラクロア、元はてめえの案だ、これで行く。ヴァリス、お前にも異論は許さねえ」


 突如としたアイゼンヒルの鞍替えに対してヴァリスは賛同しかねると首を振った。


「しかしアイゼンヒル殿、我々としてはもう少しばかり説明を頂きたいものですね」


 ヴァリスの要請に対してアイゼンヒルは殺気を以て応えとした。それは明確な拒絶であり、意見に背くのであれば容赦はしないと言う意思表明であった。


(なんとも、それでは説得にもならんだろうに……)


「とは言え、我々としてもそこ生命線。命を掛けるには納得の出来る根拠が必要ではないですか?


 私の説得に対してもアイゼンヒルは一切を許容せず、その髪を逆立て今にも飛び掛からんとばかりに圧力が増し始めている。


「駄目だ。推測すら許さねえ、さもなくばこの場で貴様等を殺す」


 気炎を吐くアイゼンヒルの剣呑な雰囲気にヴァリスは帯剣した柄に手を伸ばし、アイゼンヒルを牽制する構えを見せた。


 私の中ではある程度の確信と、それに伴うルーネリアを取り巻く環境について徐々にではあるが理解が追い付き始めていた。


「魔眼、かな?」


 ぴくり、とアイゼンヒルの眉が僅かに跳ねるのが見え、キリシアもまた、その狐目を更に細めた。


「その沈黙は肯定と受け取るよ……ルーネリアには何等か未来が見えている、そうだね?」


「……はい、そのようにお考えいただければ幸いです。聖堂国教会の教皇足る資格とされてきた先読みの魔眼、それはサンデルス家が代々受け継ぎ、輩出してきた特異な力です。それを私は持ち合わせています」


「先日の襲撃の際に、それをルーネリアは察知し、アイゼンヒルに対して警告を出していた。間違いないね?」


「はい、ラクロア様の言う通りです。私はあの襲撃を確かに視ていました。そして、私達がこうして欠ける事無く襲撃に対処できるという事もです」


 彼女の答えは明快であった。その言葉が示す通り、彼女の力は極めて強力なものであると言えた。どこまでルーネリアが先読みが可能であるのかは不明瞭であるが、教皇派の襲撃における高い攻撃性についてもそれで説明が付くものであった。


「なるほど……先日の襲撃の際に放たれた『クリムゾンスピア』の一撃に込められた魔力は直撃すれば死傷者が出ても可笑しくはない威力を持ったものだった。けれど、それは彼等もまたルーネリアが魔眼の能力を持っていることを理解していたから、という事かな?」


「恐らくはそうでしょう。私達の実力を試した、そう理解して差し支えありません。魔術師が二撃目の魔法術式を放とうとしたのは『微睡の矛』諸共攻撃し、その隙に彼が逃げる事を検討しての事でしょう」


「なるほど、全て織り込み済だった訳だ。彼等にとっての不確定要素がルーネリアの力だけでなく、『白銀』の実力も同様だったのが、僕等にとっては幸いだったようだね」


 ルーネリアの言葉を聞きアイゼンヒルは舌打ちをしつつも放つ怒気を抑え幾ばくか冷静になった様であった。


『微睡の矛』の一同は私の推測に対して自分達がアルバートを出汁に使い捨てにされる寸前であった事を認識し、各員の表情に僅かに緊張が走っていた。


「ラクロア殿が仰ったのは事実か?」


 ヴァリスは改めて私に確認を要したが、それをダルヴィードが肯定した。


「間違い無い、俺はあの魔術師が二度目の狙撃を試みようとしたのをラクロア殿が逆に仕留めたという事実を聞かされたからな。ラクロア殿が俺達に対してあの場で咄嗟に嘘をつく必要性も無かっただろうさ」


「それじゃあ私達はあいつ等に良い様に扱われていたって訳ね。ムカつく話よね、正直な話」


 クレアートが脇に立つハーサイドを八つ当たり気味に小突きながら言うと、ハーサイドは迷惑そうに彼女に同意していた。


「だが、それでルーネリア様が出向かれる事にどのような意味が?」


「彼等教皇派は次期の教皇に担ぎだす為にこの魔眼の能力を持つ者を探しています。彼等はこの魔眼が手に入るのであれば、喜んで私を迎えるでしょう。カルサルド国王陛下が教皇権を持つ事の不当性を高らかに宣言する為に、彼等にはこの魔眼が必要なのです」


 教皇派がルーネリアを狙う理由は正当性の確保と言ったところだろう。名実共にルーネリアは聖堂国教会にとって聖女と成り得る人材なのだろう。


「餌としては十分、という訳ですか」


 ヴァリスは無精ひげをさすりながら、自分達を取り巻く状況について考えを巡らせているようであった。私もここに来て漸く、ルーネリアの価値に理解が及んだ。


 彼女の魔眼が持つ先読みと、他人の虚偽を見抜く能力は、こと政治的には極めて有用であるのは間違いない。それこそ、崇め奉られるような偶像となるにはこれ以上は無い能力と言えるだろう。有能な力、それ故に恐ろしくすらあり、権力者がこの力を求める様は想像に難くない。


「いいでしょう、それであれば私達もルーネリア様にお命預ける事と致しましょう。何卒お力添えの程よろしくお願い申し上げます」


 ヴァリスは心を決めたと、再びルーネリアに対して騎士の礼を以て敬意を示した。


 アイゼンヒルもキリシアもこれ以上ルーネリアを説得する事は無駄と理解したようで、これ以上口を挟むような事は無かった。


「それでは皆様、出立の準備をお願い致します」


 ルーネリアは鉄の意思を以て我々に対して命令を下した。


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