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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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狩人は戦士へと変わるのか否か


 なだらかな平原を抜け、今は背の低い細身の木々が生い茂る丘陵地帯へと差し掛かり、ガイゼルダナンへも残すところ一週間といったところで再び野営の準備を行いつつ、引き続き私達は『微睡の矛』による手ほどきを受けていた。


 澄んだ空気に響く、剣戟の喧騒に紛れ鳥たちが羽ばたいて行く姿が頭上に流れていく。そんな様子に目を向ける暇もなく、訓練は続いていた。


 私からして見ると、『微睡の矛』による訓練は極めて論理的であり、やたらと効率的に行われていたと感じていた。ラクロア様の訓練が実地的な物がメインであった事に対して、彼らの訓練は魔力操作に特化したものであったと言えた。


 私がダルヴィードの剣戟から身を躱し様に放った魔力の籠った弓射は、ダルヴィードには当たらずに後方の木々を次々と貫き、直線状に風穴を開けて見せながら遥か彼方へと姿を消した。


 僅か一週間の間に、私、スオウ、ミチクサの三人の魔力操作は明らかな熟達を見せていた。これまでに感じていた魔力と肉体との連携の拙さが如実に噛み合うように変化がみられるようになり、魔力行使による負荷についても抑えが効くようになり始めていた。


「魔力の消費を抑える事が戦闘継続における極意となる、か」


 暫く続いた模擬戦闘も十分を過ぎたところで止めが入り、私は腰を落ち着けて今の戦闘についての反省と、現時点での自分の評価を行い始める。自己分析を日常化する事、それが『微睡の矛』のやり方であり、また冒険者一般に言える訓練の仕方との事であり私達は素直にそれに従いながら分析を継続してきていた。


「今だ十全とは言えないが、各段に戦闘の質は上がったように思える」


 身体操作と肉体強化、魔力を如何にして効率的に使用するのか、それをこれまでは意識的に行っていた物が、気が付けば無意識下でのコントロールが身に付いていたようであった。そして今になってはダルヴィードやハ―サイドとは個人個人が渡り合える程度に動きと魔力操作がかみ合うようになり始めていた。


「お前たち三人は元々の魔力の潜在量が人よりも多いようだな」


 ダルウィードが私に水筒を差し出しながら私へと話かけてきた。近接戦闘の合間に弓術を用いる方法論が今回の実戦形式の模擬戦における課題であったが、ダルヴィードは技術的な助言よりも先に私の潜在魔力について話をしたいようであった。


「ラクロア様もそのような事を言っていたが、実感は正直なところあまりないな」


 ラクロア様との訓練、エルドノックス討伐の際にも感じた魔力の枯渇。その結果私達は未だに勝利を掴む事は無かった。もっと潜在的な魔力があれば、と幾度となく考えはしたが、根本的な潜在魔力を増加させる事は地道な訓練以外での劇的な方法は今のところ存在していないとの事であった。


「はは、それはそうだろうな。基本的には魔力って言う物は効率的な運用が出来なければ立ちどころに消耗してしまうものだからな。だが、今は明らかにも戦闘持続時間が伸びているだろう。効率化が進めば、自身の魔力の総量が他者と比べてどの程度の領域にあるのか、その内に分かる様になるさ」


「肉体に対して抗力を如何に効率よく発揮するのかに尽きる、か」


 魔力の上限が決まっているのであれば、それを伸ばすよりも先に如何にして効率良く運用するのか、その一点に騎士も魔術師も冒険者も心血を注いできたという事をヴァリスとダルヴィードは語っていた。


 ダルヴィード曰く、スペリオーラ大陸において強者と称される者達は総じてこの魔力操作を無駄なく、そして何よりも速く運用する事で大きな力を得ているとの事であった。


「そう、俺達は体内に持つ魔力を消費する事で一時的に肉体の強化を行い、時には武器に付与して武器それ自体の性能を上げたりと応用を利かせているわけだ。一般的に魔力は常にその物体、性質にとって最適な必要量が存在すると言われている。大きな魔力は単純にそれだけで大きな抗力を発生させる事が出来るが、逆に小さすぎると十分な抗力を発揮できず無駄に魔力を消耗してしまう。特に個人の肉体強化において、その塩梅は感覚的な運用となる事が基本的な訳だ」


 ダルヴィードは自身の剣に魔力を流したり、手に持った水筒へ魔力を流して見せたりと、様々な物体に対して魔力は付与が可能であることを示していた。


「だが殊更肉体の強化というのは厄介なんだよ。他者の身体状況についての把握は外部的には極めて推察し難いのは何となく想像ができるだろう? 根本的にその日その日で疲労、体重、そうした身体の構成比率と付加的な状態が多少なりとも変化がある。そして身体操作時には、常に身体の状態が流動的に変化し続けるわけだ。そうした状態に対して一定の魔力必要量を外部的に演算して実行するという事がどれだけ難しいとされているかはわかるだろう?」


 つまり、一定の魔力消費量ではなく、常に消費量が変化する為にそれに即した魔力の使い方が効率化という観点では求められるが、単純な物質に対する魔力付与と比べそれは極めて緻密な計算が必要となると言う事であるらしかった。


「まあ、要するに自分の事は自分が一番よく分かるという訳だ。そういう意味で、魔術師が発動する魔法障壁なんかは基本的には外部に対して物理的な耐性を付与する事が一般的とされている。俺も詳しい事は分からんが、クレアート曰く、生物一般を対象として、身体に直接的に働きかけ、その運動能力を変容させるような外部からの魔法術式は難易度が跳ね上がるのが常識的な感覚らしい。逆に無生物的な抗力、つまり火を起こすだとか、風を操るだとか、そうした現象を引き起こす場合は、魔法術式を構築する魔法陣や詠唱等で出力を一定に保ち固定化する事で魔力の使用量を管理する事が出来る上に、それによって一定の出力を担保する事が出来るらしい。奴に言わせれば、必要となる情報量の違い、だとか言っていたな」


「確かに、自分の肉体に対する動き、状態、その機微は一番自分がよく分かっているか……動的な感覚と、静的な感覚の違いという事だろうか」


「その感覚で強ち間違ってはいないと思うぜ。一般的な魔法術式においても触媒だとか、詠唱、魔法陣と言った出力を固定化する為の道具を用いないで魔法抗力を発揮させる事は極めて難しいとされているのも事実だからな。学術的にも体内の魔力操作と魔法術式に用いられる魔力操作は別物との論争がされる、なんて話をヴァリスがしていたな」


「不思議なものだな……一般的な魔法術式を扱えない私には到底理解が及ばないものでもあるな」


 ラクロア様であれば容易にどちらもこなすのであろう事を私は理解していた。魔術師でありながらそれとは思わせない俊敏さを兼ね備えた若干十歳の少年は、そうした常識にとらわれない実力を私達に対して幾度と無く見せつけてきた。


 そんな私の様子を見てか、ダルヴィードは「それが出来ちまう特別な奴は確かにいるがな」と自嘲気味に笑っていた。


「そういう怪物は確かにいるにはいるが、それは極めて稀だな。現に、騎士や魔術師という肉体的強化を極める存在と、魔法術式を極める役割が生まれたのもそうした魔力操作の感覚が真逆に作用するが故だとされている。そういう意味で言えば、お前や俺に必要な感覚は常に肉体強化を如何に効率化するのかという前者的な考えな訳だ」


 騎士と魔術師、双方に求められる素養がそれぞれ異なる事は何となくではあるが私にも理解が出来た。


「まあ、こうした感覚というのは他人から教わるのは難しいものがあるのも事実だな。ラクロアがお前達を実地で鍛えようとしていた理由も何となくわかる気がするぜ。こうした感覚は積み重ねによって体得して行く方がラクロアにとっては自然だったんだろうよ。だが、実際に多くの騎士や冒険者は地道な基礎訓練を経て魔力操作を体得して行く事が多い。言っちゃ悪いが、ラクロアの教え方は天才のそれだろう。あんた達には俺達の訓練方法が恐らくは合っていると思うぜ」


 ダルヴィードの言葉はすんなりと腑に落ちる物があった。私達はラクロア様に近付く為に、独自に鍛錬を重ねていたが、それで容易に強くなれるほど世の中は甘くない。そして自分達に合った訓練方法があるのであればそれに取り組み、地道に力を付けるしかないのだ。私達は天才では無いのだから。


「まあ、この一週間だけでもお前達の力は明らかに見違えている。少しずつ歯車がかみ合ってきているのが傍から見てもよく分かるぜ。ガイゼルダナンに着くまでにも後一週間はある、今の上達速度であれば十分な成果が得られるだろうよ」


「一週間か、それほど悠長にしていられる時間は無いと考える方が訓練にも身が入るという物だな。せめて、ガイゼルダナンに着く頃にはあんたを超えければならないのでな」


「はっはっは、ザイも言うようになったじゃないか。それじゃあまた訓練に戻るとするかねえ」


 彼等に本格的な訓練を仰ぐことの出来る時間は少ない以上、一分一秒も無駄に出来ないのは私だけではなく、別でヴァリスやハ―サイドと訓練を行っているスオウやミチクサも同様の考えであった。


「ああ、私はまだまだ強くなる必要があるからな」


 ダルウィードは私の意気込みににやりと笑い、構えを取った。私はそれに対峙しながら、深呼吸をすると共に、集中を高める傍らでこれまでの研鑽を思い返していた。


 これからも続く研鑽を心に誓い、徐々に暮れ行く夕日と共に、私は再び自らに鍛錬と言う名の経験を蓄積し続けていた。


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