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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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狩人と戦士達


「俺達に鍛えて欲しいか……ふむ、しかし君達にはラクロア殿が居るではないか。彼の実力値は俺達を超えているだろうに」


 そう、ヴァリスは私達に疑問を呈した。右気に持った干し肉を一度頬張りつつ、怪訝な顔を隠す事をせずに、近くで様子を窺っていたダルヴィードへと、ちらと視線を向けるが、彼もまた『理由は分かりかねる』と肩を竦めていた。


 私達は襲撃を受けたその晩のうちに、ミチクサ、ザイと協議を行い、対人戦におけるイロハについて今一度見つめ直す必要を感じていた。そこで『微睡の矛』のリーダーであるヴァリスに対し私達は教えを請う為、翌朝早々に、軽めの朝食として携帯食を頬張る彼に対し直談判を行う事となった。


 その騒ぎを見るハ―サイドやクレアートと言った他の『微睡の矛』の団員もまた我々の行動を奇妙な目でその様を眺めていた。冒険者が他の冒険者に対して師事を請うという事が、案外特殊な事例なのかも知れなかった。


「はい、確かにラクロア様が強いという事実に間違いはないです。しかし……残念ながら私達とラクロア様との実力の差が激し過ぎると言えば良いのでしょうか……」


 ああ、とヴァリスは得心がいったとばかりに私の曖昧な言葉に対して理解を示した。


「ふむ、優秀な人間が必ずしも良い教師とは限らないとは言った事の類だな。確かに彼は未だ若い、そういう部分もあるのかも知れんな……ふむ、良いだろう。これからアルバート様を救うとしても、戦力は多いに越したことは無い。本来であれば我々の身柄は拘束されて当然の中で寛大な処置も頂いている以上、協力は惜しまんよ」


 ヴァリスはしみじみとそう呟くと共に、ガイゼルダナンへと向かう道すがら私達はを鍛える事を快諾した。


 安堵も束の間、次の問題は『微睡の矛』のヴァリスに教えを請うという事をどの様にラクロア様にお伝えするかであったが、ヴァリスは笑いながら「任せろ」とだけ言い、直ぐにラクロア様と会話を持ってくれたようであった。年の功とでも言うのか、上手く伝えてくれた様で特にラクロア様は気にしている風では無かった。



 訓練は基本的に夜の警備の合間や、中継地で宿屋に泊まった時など時間は限られていたが、私達にとっては極めて濃密な時間を過ごすことが出来たと言えた。


 先ずはダルヴィードが実際に私達と手合わせをした際の感想の共有から始まり、そこからは徐々に個々の弱点や特化すべき訓練方法など、冒険者の間では基礎的とされる様々な訓練方法について伝授をしてくれた。


「お前達はお互いの弱点の穴を埋める為の連携は確かに上手く出来ている。とは言えお互いの得手不得手を理解するのはチームとして重要だが、己の弱点を克服しない理由にはならない。強くなる過程で重要な事は、如何にして出来ない事を減らすかと言う事と、自分自身の持つ長所を伸ばす事の二つだが、お前達はまだ長所を得る前に最低限出来ることを増やす事が課題だな」


 私達三人を相手に難なく対応をしていたダルヴィードの言葉だけに、その言葉は私達に重くのし掛かった。


 出来ない事を減らすという観点から、私達が今まで取り組んでいた様に全身の戦闘時の動きに合わせて全力且つ満遍なく魔力操作を行う訓練を行うのではなく、単純な動きを無意識下でも魔力強化が出来る様になるまで繰り返し地道な反復練習を繰り返す事が重要であるとダルヴィードは語ってくれた。それからと言うもの、ミチクサ、ザイ共に各々が最も用いる動きに合わせて単純な反復練習を延々と続ける事となった。


 ヴァリスからは組み手だけではなく、日常の心構えに至るまで指導を受けた。彼は準上級冒険者に共通する実力に見合った精神性をどのようにして養うのか、そうした観点に重きを置いている様であった。


「反復練習と合わせて魔力操作自体は日常に動きに合わせて常に試みる様にした方がいい。魔力操作を特殊な行動として捉えるにではなく、常に日常の一部、当たり前の行動とするのが重要だ。常在戦場を心掛け、気を抜く事なく魔力を自分の物とするように」


 指導を受ける度に一つ一つの言葉を拾い上げ、愚直に実行する。泥臭い行動を何度も何度も繰り返し、出来ない事を出来る様に反復練習を繰り返す。精神が擦り切れるまで、体力が底を尽きるまで、私達は訓練を続けていた。


 魔術師のクレアートは黙々と訓練に励む私達を見てパイプをふかしながら可笑しそうに笑っていた。


「この一週間、貴方達を見ているけれど飽きないのね、どうしてそこまで強くなろうとしているのかしら?」


 高みを目指す理由、それに対して私はラクロア様の存在を思い浮かべていた。


「貴方は目の前に力を持った人がいて、それに少しでも近付きたいという気持ちは分かりませんか?」


 クレアートは私の言葉に対して、三角帽子のつばを弄りながら「男の子なのね」と微笑を見せた。嘲笑とは違う、何か羨ましいものを見るようなそんな笑みであった。


「分からなくはないけれど、それは際限なく延々と続く事になるのでしょう? 相手に追いつかない限りは無限地獄よ。人は他人にはなれないのだから、自分が自分らしくあればそれで良いのではなくて?」


 分相応と割り切ることも必要だと彼女は私に諭しているのだろうという事は理解できたが、話はそんなに単純な物ではない。


「言いたい事は分かります。まあ、それ以前に私は自分の命を守れるだけの強さを持ちたいのですよ」


 ふふ、とクレアートは私の言葉に笑みを浮かべた。


「そう、それが貴方の本心なのよ。あのラクロアとか言う魔術師の横に居たいと言うのは一つの方便、本当に貴方が望む物は、自身が死地に於いて生き抜く力という事よ。自分の欲求を見誤らない事ね」


 彼女は愉快そうに煙を吹かしながら、それだけ言い残すと馬車へと帰って行った。


「自分を守れるだけの、生き抜く為の力……」


 思わず漏れた本音に私自身が動揺をしていた。何故そう思ったのか、ラクロア様の圧倒的な力を見てそれに憧れたのでは無かったのだろうか。


 拭えない奇妙な感覚を覚えながら、それでも尚私が訓練を辞める事は無かった。



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