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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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二つの魂を持つ者


 翌日、我々は馬車を進ませガイゼルダナンへと向かう道中にいた。空は晴れ、澄んだ空気が馬車を駆け抜ける。背の低い草原の緑を目にしながら、ふと視線を遠くに向けると、そこでは遥か彼方に山系がひっそりと佇み、山間は秋色に染め上げられ、深い陰影に富んだ景色を映し出していた。峰に掛かる雲は厚く、季節外れの入道雲を形成し、その内に雨が降る予感を私にもたらしていた。


 そんな風景を楽しむ中で、突如として感知した魔法術式に私は意識を向けた。


『ラクロア様、少しよろしいでしょうか?』


 それは、ルーネリアによる念話であった。ロシュタルトにおいて、彼女は私に対して魔法術式を使う事が苦手であると、そのように語っていたがそれはどうやらそれは正確では無かったようであった。


 魔力感知によって鮮明に彼女の状態が映し出され、馬車に同席するアイゼンヒルやキリシアとは違い、ルーネリアの表情からは柔和な笑みは失せ、どこか冷淡さを感じる程の佇まいを見せている。それはまさしく貴族の令嬢という言葉がぴたりと当てはまるようにも思えた。


(……いや、今はもしかすると荷馬車で運ばれる囚われの姫君、だろうか)


 そんな事をぼんやりと考えながらも、彼女が以前ロシュタルトで見た天真爛漫なルーネリアとは似ても似つかない別人である事を私は昨晩の状況から明確に理解するに至っていた。


『今の君は教会で出会った方、そう理解していいのかな?』


『ええ、その通りです。私がルーネリア・サンデルス・タルガマリア本人です』


 ルーネリアは臆面もなくそう言い放った。整理を付ける為に私は幾つかの疑問を呈し、彼女へ問うた。


『君の中には、人格が二つあるという事かな?』


 そう、無邪気な年相応の女の子であるルーネリアと、十歳という年齢にはそぐわない聡明な、そして貴族然としたルーネリアという二つの存在について私は明確な答えを求めていた。


『正確には魂が二つある、そのようにお考え下さい。もう一人のルーネリアは私の存在を知りません。彼女は私が眠りについている時に現れる表層の人格に過ぎません』


 ルーネリア・サンデルスは多重人格ならぬ、多重の魂保有者であるという事実に私は奇妙な感慨を覚えていた。それはタオウラカルで出会ったサルナエと同じく、魂の感知を行う事が出来る特殊な性質を持つ存在である事を理解したからであった。


『ありがとう。それが分かれば僕としては十分だ。それで、本題に入りたいのだけれど、君が聖堂国教会の教皇派に狙われる理由が未だ見えないのだけれど、心当たりはあるかい?』


 十中八九、その彼女のサンデルス家の血筋と、彼女の特殊な状態が何等か関連性を持つ事は理解が出来たが、それが教皇派とどのように関わってくるのかが私には見えていなかった。


『それは……』


『言えない、か』 


『はい。今は未だ言えません』


 言い淀む彼女に対し、私はあえて追求をする事は無かった。その理由が何であれ、私が彼女を護衛する現状に変わりは無く、工程がどうあれ教皇派との衝突が避けられぬ現状では何かしらのタイミングで事実関係が明るみに出る事は明白であった。


『じゃあもう一つ。僕等がルーネリアの護衛となったのは君が絡んでいるのかな?』


『はい。その通りです』


 ルーネリア・サンデルスが私を選んだ理由、それが単に腕の立つ冒険者が欲しいという安易な物ではない事を私は理解していた。


 彼女にとって明確な理由が存在するが故に我々が選ばれた。ともすれば、その為にルーネリアがロシュタルトに居た、という事すら考えられるのではないかとすら私は勘繰っており、それが正しいのであれば、それは私という存在を彼女が何等かの方法で知った事によると考えていた。


『それは、何故だい?』


『私にとってあなた方が必要な存在であったから、としかお答えが出来ません』

 

 ルーネリアは頑なに口を閉ざしていた。それが何故であるのか、極めて重要であるにも関わらず語ろうとしない彼女に対して若干ながらに不信感を抱きつつ、この点については改めて答えを求めた。


『不明瞭な回答だね。敢えて言わせてもらうのであれば、そもそも君がロシュタルトにいた理由についても極めて不可解だよ。君の家は聖堂国教会において数々の支配階級を輩出してきた家系の筈だ。それであれば、君の父上は教皇派に近い人間の筈。だと言うのに君は今、その教皇派から狙われている状況と見える。果たして、君は、一体どちらの立場で今回の件に関わっているのかな?』


『今は、言えません』


 ルーネリアはきっぱりとそう言った。


 けれど、それは私にとって納得が出来る言葉では無かった。しかし、今は虚空を、しかし明確に私という存在を見据えたルーネリアの翡翠色の瞳が放つ眼差しに曇りは見受けられなかった。


『……少なくとも、僕達が君とっては有用な存在である事を祈らざるを得ないね』


 これ以上は無駄と、私は彼女との会話を打ち切らざるを得なかった。





 ラクロア様の疑問は最もであった。しかし、彼が欲しい答えを私は今ここで与えるわけにはいかなかった。私がこの場で答えを示す事、それがどのような結果を齎す事になるのか、そこまで予測が出来る程、私の能力は優れてはいない。


 枯渇しかけていた魔力はロシュタルトで過ごす間に徐々に回復し、私という人格が表に出る事が出来る時間も取れるようになり始めていた矢先、無駄に力を使う事は避けたいという事もまた本心であった。


 私は自分の事を酷い人間だと知っている。この後に何が起こるかを予測し、その結果を覆す為に彼等を求めた。しかし、それは死地へと彼等を送り出す死への導きに他ならない事もまた事実。


 ラクロア様の魂は雄弁に彼自身が何者であるのかを語っている。しかし、何故この地に彼が足を踏み入れたのか、それを深くを理解するのには未だ時間が必要であったが、もう一人のルーネリアが無邪気に放った言葉がラクロア様にとっては一つの興味となり、私に不信感を抱きつつも手を貸してくださっている。


 聖堂国教会の内紛、それだけで片づけられるのであれば私とキリシア、そしてアイゼンヒルという戦力をタルガマリア領から引き剥がす必要も無かった。


 今や問題はより根深いところにあり、私としても強力な後ろ盾が改めて必要な状況に置かれているのも事実。


 そしてなによりも問題は、この先に潜む人の領域を超えようとする者達の数々であった。それは神の名を語る者達であり、魂の塵芥を集め象った傀儡達によって全てを管理しようとする者達の確かな暗躍であった。


 陰謀論、などと言う生易しい物ではなく、現実として迫った明確な脅威がそこには存在していた。


 何故私のような存在が産み落とされたのか……可哀想なルーネリアの幼い魂と、私と言う別人格の魂の存在は往々にしてそのような者達との邂逅を必然的に作り出す事となる、そのように私は感じ、そしてまた私を取り巻く世界は変遷を続けている。


(魂の回廊を超えた者達ですか……)


 私を呼ぶ声と、エーテルを通して確かに感じる仄暗き世界との交わり。何れにせよ私はより深いところでの使命を全うする必要に駆られていた。


 この段になっても尚、お父様は何も理解していない。お父様もまた、サンデルス家の栄光と没落、その狭間で権勢を取り戻そうと掌で踊る傀儡に過ぎない。


 それは権力者であれば正しい姿なのかもしれない。しかし、その先を目指す者達にとっては滑稽にしか映らないのであろう。


 それであれば、その道化役を舞台に上げる傍らで、私という存在が舞台を整え、脚本を新たに作る事を咎める者はいまい。いるとすれば、その脚本が既に出来上がっていた場合のみの筈であった。


 私は自分の目で見定める必要があった。彼の者達が何者であるのか、その先に何が待っているのかを。


 私自身、答えは未だ何も分からない道中にいる事は間違い無かった。


 

 

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