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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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急襲 その3

 宵闇に響く硬質な金属同士のぶつかる音、そして闇を切り裂く火花が咲き乱れる。


 月の明かりに照らされ、互いの姿は十分に見えているのだろう、幾度と無く刃が交錯し、戦闘が継続されている。


 それを私は丁度いい高さにあった剥き出しの岩石に腰掛けながら眺めていた。


「強くはなったが、未だ足りない、かな」


 襲撃者の実力はスオウ、ミチクサ、ザイ三人の誰よりも高く、一対一であれば早期に決着が付いたはずであったが、一対三になるとこれが上手く均衡を作り出していた。


 ザイによる遠距離からの狙撃のタイミングや、ミチクサによる手堅い防御、そしてスオウが自在に動き回りながら毒による一撃を狙った動きは明らかな効果を上げていた。


 三人の魔力操作の練度に関してもエルドノックス討伐以降、目覚ましい程に上達しているのは間違いない。しかし、未だ全身を魔力による身体強化をしながらの戦闘継続時間は短く、三人が上手くローテーションを組みながら襲撃者と渡り合おうとするのは必然であった。


 一方、襲撃者の身のこなしは非常に軽やかであった。スオウが繰り出す上、中段からの連撃を器用にいなしがてら、それに合わせるように横合からミチクサが攻撃を割り込ませようとした大剣の一撃に関しても苦にせず受け止め、すかさず反撃に転じていた。


 その攻防は途切れる事無く続き、襲撃者の一撃がスオウやミチクサに決まるかというその一歩手前でザイが機を逃さずに援護射撃を加えることで襲撃者の行動を阻害する流れが出来上がっていた。しかし、それはスオウ、ミチクサ、ザイが三人揃う事で決定的な瞬間を何とか先延ばしする事が出来るという、言うなれば薄氷を踏むような危険な攻防であった。


 それも時間が経つにつれ、三人の魔力操作にほころびが見え始め、形勢が襲撃者側へと徐々に傾き始めているのが見て取れる。恐らくは敵も三人の未だ至らぬ練度に気づいたのか、徹底的に一人を攻め続ける事でこの均衡が崩れるであろう事を察知したようだった。


「そろそろ潮時だな」


 私が動こうとした際に丁度、襲撃者の一撃に対して魔力操作が間に合わずミチクサの大剣が打ち上げられ、その上体を大きく仰反らさせられていた。


 スオウ、ザイによるサポートも間に合わず、空いた胴に対して襲撃者の鋭い返刀が迫り、回避不能な致命的な一撃を受けるタイミングを感知した私は、発動待機をさせていた魔法障壁をミチクサと襲撃者の間に割り込ませた。


「くッッ!?」


 突然現れた障壁に阻まれ剣線が弾かれると、その衝撃に襲撃者は苦悶の表情を見せた。その反動により、隙だらけとなった状況は三人にとっては絶好の機会であった。


 私の加勢を察知したスオウが即断し、襲撃者に対して一撃を加えんと躍り出た瞬間に私は彼等に静止を要請した。


『みんな、そこまでにしよう。アイゼンヒルも戦闘を終えたようだしね』


 三人に魔力念話を用いて伝えると、即座に三人とも戦闘を即座に中断し、悔しそうな表情を浮かべながら男に投降する様呼び掛けた。


 男は三人のその変わり様に呆気に取られた様だったが、直ぐに私が加勢した状況を理解したのか、その場に疲れたと言わんばかりに粗雑に座り込み胡座をかいた。


「ヴァリスの奴も負けちまったのか……俺だけ無駄死にするのも御免だな。分かったよ、投降しよう。準上級冒険者『微睡の矛』のダルヴィードだ、捕虜としての扱いを希望する」


 ダルヴィードが武器を捨て、手を挙げて降参の意を示すのを見届けて私は発動していた魔力障壁を解除した。ダルヴィードはスオウに促されて私の前まで来ると、横で無傷で昏倒する女魔術師を見て不可解そうな表情を浮かべた。


「なるほどな、あの爆発魔法の後、クレアートと俺が分断された時点で決着は付いていたという訳か。……だが、どうしてあんたは俺達に戦闘継続をさせていたんだ?」


 ダルヴィードと名乗った青年はその微塵も気後れを見せない眼差しで私に問いかけた。


「三人の経験と冒険者の実力を見てみたかったというところかな。しかしあなた達は皆素直というか、投降に一切迷いがないですね」


「まあな。相手が辺境騎士に護られた伯爵の娘とあれば、刺客を無闇に殺すよりも敵側の情報を欲しがるのが普通だろう? 俺たちは所詮雇われた冒険者、私怨が無いと分かればそれなりの役立て方が有るもんなのさ」


「なるほど、とすると今回僕達が警戒すべき本命は遠距離狙撃を行なっていた魔術師だったという事かな? ふむ、反撃に余念が無い分、手心を加える事無く殺してしまったのは悪手だったか……」


 私のぼやきをダルヴィードは聞き逃さずに僅かな動揺を見せた。


「この距離で狙撃し返したのか……? 第一級魔術師相手にあの距離でどうやって奴の位置を特定したんだ?」


「魔力感知だよ。魔力の発生源が特定できれば、狙撃し返すのは訳ないさ」


 ダルヴィードは髪を掻き上げながら、私の言葉を聞いて感嘆したような、呆れたような、自嘲気味な嘆息を漏らしていた。


「勘弁してくれよ、あんた達の位置情報を入手するのに、こっちは半日以上費やしたんだぜ?」


「魔法術式の発動一つの為に随分と手の込んだ事をしたみたいだね。魔法術式自体の座標固定に関してリソースを削減し、距離を補うための遠隔操作と継続した術式発動に力を注ぐ為、と考えれば理解もできるか……自身の安全を最大限に考えた策を取った訳だ」


「さすが、と言っておくか白銀の魔術師。あんたの推測通りさ、奴は自分の身を晒さずに確実に遠距離狙撃を行えるタイミングを見計らい実行した。奴の行動に落ち度はなかった」


「用意周到に魔術師一人で事を為そうとした事、それが逆に仇になったと言うべきかな。ルーネリアを殺害する事が目的なら、君たちを突撃させ、乱戦に持ち込んだ隙を狙った二撃目に頼るのではなく、最初から魔術師を引き連れて、僕が反撃が出来ない物量で押し切るべきだったね」


 馬鹿を言うなとダルヴィードは一度首を振ったが、思い返したように私の顔を見て言った。


「第一級魔術師が徒党を組むか……ふん、なるほどな。だが、あんたがここまでの使い手と分かっていれば、あいつ等としても、そもそもルーネリア様を襲撃する選択肢なんて無かっただろうぜ」


「君たちの情報不足に助けられたという事かな? ある程度組織化された集団の存在を君は想起したようだけれど、それが君の雇主という事でいいのかな? ……まあその辺りは君達のリーダーから聞いてみるとしようかな」


 一度、アイゼンヒルと合流し、今回私達を襲った『微睡の矛』のメンバーと顔合わせを行う事とした。即座に処断されない辺り、アイゼンヒルも弁えているようで、先ずは彼等から情報を攫うことが優先事項である事は確認するまでもなかった。


 その場にはルーネリアも参加するとの事で、私とアイゼンヒルの間に座る形で事情を聞く事となった。


 今回の襲撃に関する説明については『微睡の矛』のリーダーであるヴァリスが担当する事となり、ことの経緯について語り聞かせてくれた。


「先ずは襲撃の謝罪を。そして理解していただきたいのは、俺達がルーネリア様を襲ったのは本意では無いという事にある」


 開口一番にヴァリスは謝罪と共に、自分達が置かれた状況について説明を開始した。


 端的に言えば、この一件の引き金は権力闘争であり、それも聖堂国教会の内紛に纏わる案件であるとの事であった。


 シュタインズクラード王国において表向きに強い権力を持つとされる者が二人存在する。それは絶対的な権力者として君臨する国王、そして信仰という手段によって民衆の関心を集める、宗教的な権威を持つ聖堂国教会の教皇という、この二人の権力者である。


 しかし、十年前の政変が切っ掛けとなり、現時点では王が教皇を兼任する支配体制へと移行してきた事が今回の事件の大本と言えるようであった。


「国王が権力の増加を図り、結果として国教会を取り込みに掛かったという訳か……」


 しかし、その渦中、未だ教皇の復権を狙う過激派が聖堂国教会内部で燻り続けており、王族側に肩入れをする主要な戦力を持つ辺境伯を脅す道具として、その子息の誘拐を主導していたとの事であった。


 『微睡の矛』は本来であればこの手の依頼は受け付けないのが主義であったが、メンバーの一人がこの教皇派によって囚われの身となり、止む負えなく依頼を引き受けたとの事であった。ヴァリスとしても己のパーティーの不始末となる以上、終始口は重い様子であった。


(妙だな。ルーネリアを誘拐する事が目的としては、あの魔術師の放った魔法術式(クリムゾンスピア)には威力が込められ過ぎていた。明確な殺意も読み取れた以上、『微睡の矛』が嘘を言っているか、それともその過激派に撒き餌とされたか、だな)


「目付役であった教皇派に魔術師はそちらの魔術師、ラクロア殿によって片づけられた。これは一つ僥倖とも言える。襲った手前で申し訳ないが貴方達に助力を請う事が出来るのだから」


 私の推測の傍らで、ルーネリアはヴァリスの言動について注意深く彼を観察しており、何か確信を持ってヴァリスに問いかけた。


「ヴァリス様、貴方の一連の言葉に嘘は無いのでしょう。ただ、囚われの身となっているのが『微睡の矛』のお仲間、というのは嘘ですね?」


 ヴァリスはルーネリアの指摘に、僅かに眉根を顰めたがすぐに無表情に戻り説明を付け加えた。


「どうやら、ルーネリア様が嘘を見抜く事が出来ると言うお噂は本当の様ですね……。仰る通り正確には仲間等では無く、我々のパトロンである、ガルアイン・シュタウフェン・ロッシデルト伯爵の次男、アルバート・シュタウフェン様です」


 シュタウフェン伯爵家、その言葉を聞いた途端にアイゼンヒルが声を上げた。


「お前達は伯爵御抱えの冒険者と言うわけだな……。なるほど、短期間でこうして名が上がって来たのもそうした裏があってこそと言う事か。だが、原因は何であれ、お前達が教皇派の意思に従う事は現状教皇を兼務する国王陛下に対する明確な反逆行為だ。明るみに出ればガルアイン伯爵もただでは済むまい」


 アイゼンヒルはその獣染みた視線でヴァリスを射抜くと、空笑いを立てる。それを見たルーネリアがため息交じりでアイゼンヒルを諫めた。


「アイゼンヒル。事を表沙汰にするか否かは私達に裁量がある筈です。軽々にその様な判断を下さないように。シュタウフェン家は辺境領主としてお父様とも懇意にされていた方ですから、お父様も寛大に処置を下される事でしょう。ヴァリス様それで、アルバート様は今は何方に?」


 アイゼンヒルは肩を竦ませてルーネリアの言葉に無言の理解を示した。


「ガイゼルダナン近郊の廃城に幽閉されておいでです。先程の遠距離狙撃魔法を使用した魔術師クラスの者が十名前後、辺境騎士に匹敵する実力者が二名で警備を行なっており、容易に手を出す事は出来ません。その点、アイゼンヒル殿とラクロア殿の助力が得られるのであれば救出は可能かも知れませんが」


 ルーネリアはヴァリスの言葉に即断し、アイゼンヒルに命令を下した。


「いいでしょう。アイゼンヒル、彼等の手助けをお願いします。そしてラクロア様、大変心苦しくはありますがアルバート様の救出に御助力を頂けないでしょうか。御礼は必ずさせて頂きます、相手の多くが魔術師である以上、その対抗力としてラクロア様のお力が必要になるものと考えます。幾らアイゼンヒルとは言え、それだけの人数の魔術師と騎士を同時に相手するのは骨が折れるでしょうから」


 気を抜いている際の天真爛漫さは影を潜め、貴族の令嬢として自分自身に必要な行動を堂々と取る姿は意外に映ると同時に、同時に何処か小気味良い物であった。


 ルーネリアの言葉の端々から伝わる、微塵もアイゼンヒルが負けるとは思っていない絶対的とも言える信頼感が溢れており、守護する者にとっては最大の誉れである様に見えた。それでも尚、万全を期す為に私に依頼をする点においても、子供の遊びではなく、あくまでも貴族としての立ち居振る舞いを屹然として装う辺り、上々の働きぶりでは無いのだろうか。


「いいでしょう。私達も協力をさせて頂きます。ただ、報酬については少し保留とさせて下さい。我々の働きを見てからでも遅くは無いでしょうから」


「ありがとうございます。それでは無事にアルバート様を救い出した後にまた改めてお話をしましょう」


 ルーネリアは私から視線を外し、再びヴァリスへと向き直り、今後の指針を示した。


「ヴァリス様、貴方の申し出を受けさせて頂きます。我々でアルバート様をお救いする、異存はありませんね?」


 ヴァリスはルーネリアの判断に深く感謝をし、いつぞやトリポリ村で私が習ったのと同じように地面に片膝を付き深く首を下げた。それは自らが忠誠を捧げるべき人物へと騎士が取る象徴的な行為であった。


 それを見た『微睡の矛』のメンバーは少し驚いた様であったが、寛大な判断を下したルーネリアに対する最大限彼等が示すことの出来る誠実な行為としてリーダーのヴァリスに従う様に一様に膝を付いた。


「それでは皆様、ガイゼルダナンへと急ぎ出立し、アルバート様の救出へと向かうとしましょう」


 その時のルーネリアは何処となく神懸かるとでも言う様ま神秘的な雰囲気を醸し出していた。僅か十歳の少女が纏うただならぬ気配に皆が付き従い、呑み込まれるような奇妙な感覚。魂そのものを揺さぶられるような衝動に私は違和感を覚えていた。


 ちらとキリシアを見ると、彼女はルーネリアに引き込まれるかのように目が据わっている様であった。それは人心の掌握術という生易しい物ではなく、何らか特殊な力が発動しているかの様であった。それこそ人の魂を惹きつける何か特殊な力の片鱗ではないのか。


 ふと、そのように魂を揺さぶられる感覚を以前感じた事を私は思い出していた。それは『死』として私の目の前に顕現した、冥王と呼ばれる冥府の化身を目撃した時と似た感覚であった。


『ラクロア様はお分かりなのですね』


 不意に私の脳内に響いた声に思わずルーネリアを見返した。


 皆を従える中ルーネリアは何処か寂しそうに、普段とは真逆の怜悧な雰囲気を纏いながら私を見つめていた。


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