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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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急襲 その2

 

 化物――


 その言葉が喉から出掛かっていたのを辛うじて押し留める事に成功した。


 魔力感知、魔法障壁、無詠唱魔法術式の行使、見える範囲において、同時並行で三つの魔力操作を行ったラクロアの実力値は俺やガードランドの想像を遥かに超えたものであった。


 赤子の手を捻るかの如く上級冒険者級である魔術師一人の攻撃を防ぎ、もう一人を容易に拘束した手腕、それ以上にラクロアに秘められた潜在能力の底が見えずに背筋が粟立つのを抑えられなかった。


 先日に受けた俺からの襲撃すら、本気を出せば小蝿を払うかの様に瞬殺出来たのでは無いか、そう思い始めると思考は泥沼に嵌らざるをえなかった。


 そうした考えが脳裏を過ぎりつつ、一方で襲撃者から放たれる月下に煌く白刃を反射的にいなし、刃が首筋を通り過ぎて行くのを感じると共に強制的に意識が引き戻された。如何に格下であったとしても舐めて掛かれば痛い目を見るのは世の常であり、堅実に捻じ伏せる事が肝要と、幾度となく師匠筋に叩き込まれた事を覚えている。


 挟撃の構えを見せる襲撃者はテンポ良く俺の死角を突く様に交互に攻撃を繰り返すが、明らかにこの二名の実力が均衡を取れていない点が致命的と言えた。目の前で動き回る二人の襲撃者と数合撃ち合い、隙を見せた所に飛び込んで来た実力としては中級冒険者級以下の実力の一人を避け様に蹴り飛ばすと、もう一方の襲撃者が突如として動きを止めた。


「ハーサイド。辞めだ、これ以上は無意味だ。彼の実力が我々と違い過ぎる」


 地面に蹲っていたハーサイドと呼ばれた男はよろよろと立ち上がると、頷いて自らの獲物を手離し、再び地面に膝を付いた。


「良いのかよ、そいつは兎も角、あんたは未だ出来んだろうが?」


 男は明らかに余力を残した状態で降参を宣言したところに、俺は違和感を覚えた。死力を尽くす事に価値があるとは言わないまでも、仲間を見捨てれば逃げおおせる事は可能ではある筈であった。


「依頼主の魔力が途絶えた上に、此方の魔術師も拘束されている。これ以上のやり取りは悪戯に死人を増やすだけと判断したまでだ。何よりあんたの仲間から逃げ切れる気もしない」


 男はラクロアへと視線を向けて、ハーサイドと同じ様に自らの武装を俺に投げ、身に纏った黒いローブと目深くかぶったフードを脱ぎ、投降の意思を示した。


「準上級冒険者の『微睡の矛』のリーダー、ヴァリスだ。捕虜としての扱いを望む、仲間も同様にな」


 精悍な顔つきの男はヴァリスと名乗り、その堂々とした佇まいからは確かに熟練の冒険者といった印象を受ける。それだけに、襲撃という役割を受け入れた訳が気になるところであった。


「ほう、微睡の矛といえば王都付近で最近名を上げ出したと連中だったな。金に目が眩んで受ける依頼にしちゃあ火遊びが過ぎたな」


「何とでも言うが良い。こちらにも事情と言うものが有るのだ」


「はは、どうせその事情とやらは誓約で話せないんだろう?」


「いいや、そうでも無い。誓約の行使者があんたの仲間によって葬られた。それであれば俺達にとって誓約は無意味となるからな」


 確かに魂の誓約は行使者が死亡すれば基本的にその縛りは無くなるのは事実であった。しかし、それは行使者の殺害が必須要項であり、ヴァリスの話ぶりから察するにその行使者は先程の超遠距離狙撃魔法術式を行使した魔術師で有る事は想像がついた。


 そして、少なくともこの場においてあの魔術師と対抗できるのはラクロアただ一人であると言う事であった。


「あの野郎、この遠距離射程で同時に魔術師二人を相手にしやがったのか?」


 俺としては、その魔術師は初撃を放つと共に戦闘から離脱したとばかりに思っていたが、ラクロアは攻撃を防いだだけではなく、同時に遠距離狙撃をもやってのけたという事になる。


 ヴァリスも俄かには信じ難いが、と前置きをしつつ肯定した。


「どうやらそのようだ。詠唱をしているようには見えなかったが、ほぼ間違い無いだろう。『白銀』は新参の中級冒険者と聞き及んでいたが、まさかそこに近衛魔術師クラスの化物が紛れ込んでいるとは依頼者も思わなかったのだろう」


 話を聞きながらも、ひやり、とした汗が背筋を伝う感覚を拭えずにいた。


 同時詠唱も加えれば、三重の魔力行使ではなく、四重の魔力行使をラクロアは行っていた事となる。王国全土を探したとしてもその領域に辿り着く戦闘特化の魔術師がどれだけいると言うのだろうか。


「やけに饒舌じゃねえか。他人事みたいだぜ?」


「依頼主が死んだ以上は他人事さ。こちらとしても無理に従う必要も無いからな。そいでなければ割り切れんよ」


 今更騒いでもどうにもならん、とでも言いたげな訴え気な目でヴァリスは俺を見据えていた。


「ほう。まるで強制されていたみたいな言い振りだな」


「その通りさ。まあ詳しい事は後程話すとしよう。もう一人の仲間が未だに戦闘を継続中の様だからな。あれを止めてからでも問題は無いだろう?」


 遠目に動き回る姿を見せる戦士とラクロアの仲間の三人が一進一退の攻防を繰り広げている様が見て取れた。『微睡の矛』に属する戦士の動きは明らかに洗練されており、ハ―サイドとは違い中級冒険者以上の力量を見せており、あの三人では荷が重いのも確かであった。


 ラクロアもそれに気付いている様子はあるが一向に戦闘に介入しようとしない辺り、あの三人に戦闘経験を積ませているようにしか見えず、命のやり取りをしている最中でありながらも見え隠れする余裕に苛立ちを覚えざるを得なかった。


「ったく、緊張感のねえ野郎だぜ」


 白銀の魔術師に何が映っているのか、どこか、ぞくりと背筋を凍らせる感覚を抱いていた。


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