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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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急襲 その1


 しん、と静まりかえった平原の只中でキャンプを張るのは我々だけであった。闇夜を照らす月は、雲間から静寂を引き裂くようにして周囲を照らしている。


 月の光を受ける朝雲の動きは速く、上空での風の動きをはっきりと映し出していた。


 私達はルーネリアとキリシアを先に眠らせた後、私とスオウ、ミチクサ、ザイ、ザンクの五人でゆっくりと食事を取りながら、ザンクの語る、故郷のラトリアについての話に耳を傾けていた。


「ラトリアは観光都市でして、商業としてはそれほど有名では無いんですよ。そうした中で流入民として根付いた私の先祖が商売を始めたみたいで、その流れで脈々と商人家系となっています。ラトリアは渓谷に面した山間の街でして、ラウレシオという季節によって付ける花が変わるラトリア特有の木々に白色の花が見頃を迎えるので、街の至る所で見ることが出来るんですよ。その頃になると地方から様々に観光目当ての貴族やら何やらが続々と訪れてちょっとしたお祭りみたいになるのが毎年の楽しみですかねえ。冬にも花を咲かせるのですが、いかんせん雪が深くなると人の出入りも少なくなりますからね。私としてはその頃に咲く紫色のラウレシオの花が好きなのですが、あれは地元民だけの楽しみですかねえ」


 スオウやザイはその話を興味深そうに色々と質問を投げかけながら聞いていた。大森林でしか生きてこなかった二人にとってはそうした話一つとっても新鮮であったらしい。ミチクサは昨日の酒にやられてか、いつの間にか船を漕ぎ出していた。


 暫く話が続いた後にザンクは明日も早いからと眠りについた。スオウ、ザイ、私でそれぞれ交代で休む事としてザイが先ず初めに休みを取る事とした。


「ラクロア様。不思議な物ですね、集落を出て僅か二週間の間に様々な新しい情報が飛び交っています。とても目まぐるしくて驚きの連続です」


「ふふ。そうだね、僕たちは店で売っているパンの値段すらまともに知らなかったのだから当然だね。ロシュタルトで魔術書や歴史書だけで無く色々な物語を読んだりしたけれど、人の営みの長さと進化の速さ、そして文化の広がりを強く感じたよ」


「私は街の作りに感動してしまいました。城壁の重厚さ、舗装された通りに見上げるほどの中央塔。人の手でああ言った物が作り出せると思うと私達の世界がいかに狭い物であったかを思い知らされます」


「僕は単純に人の多さという点も驚いたな。ザンクの商業用の大陸地図を見たけれど、ロシュタルトは王都からしてみれば本当に僻地の扱いのようだね。それでもあれだけの人がいて十分に栄えている。そしてそれを支えるのは十分な食料とそれを運ぶ物流網が確りとしているという事が見て取れる」


「辺境騎士や魔術師、冒険者組合と言った国家的な組織だけでは無く商工会と言った民間の組合まであると言うのも、統治が行き届いている事を示していると言った所ですかね」


「うん、そうした情報から想像するに、今のシュタインズクラード公国は非常に安定した治世が行われていると言って良い気がするね。もう少し色々な街を見ていく事で生活水準であったり、制度的な面を詳しく知ることが出来そうだね」


「楽しい物ですね、外を知るというのは」


「そうだね。世界が広がればそれだけ自分の選択肢が広がるという事とおなじだからね。それに喜びを覚える事こそが自由の醍醐味なんだと僕は思うよ。そういう意味で何も知らないままであった今までの僕らは極めて不自由な身であるとも言える訳だけれど」


「不自由、ですか。ラクロア様が仰ると、少しおかしな感じがしますね。貴方ほど力を持っていても尚、不自由だとは」


「はは、物理的な力は全く関係無いわけではないけれど、たぶんそれは本質ではないよ。選択肢を得ようとする意志が重要なのさ。その意志の有無こそが人間にとっての自由と不自由さを明確に分ける根拠になる」


「ラクロア様は自由を求める意志がお有りでは無いのですか?」


「難しい問題だね。不自由を選ぶ自由……なんて言うのは言葉遊びでしか無いか。ごめん。今のは忘れてくれると嬉しいな」


「ふふ、本当にあなたと言う人は面白い」


 他愛もない会話を続けつつ、火の番を続けていると、一瞬ではあるが魔力が私の魔力感知を駆け抜けるのを感じ私は意識を集中して周囲を探る事とした。


 その魔力は微弱であり、少なくとも私達を害する物ではない事は瞬時に理解出来た。恐らくは連絡魔法や監視魔法の類いであるのではとも推測は出来たが、構造解析にまでは至らなかった。


 私が念の為に再度、魔力感知の網に意識を割いている合間に周囲を警戒していたアイゼンヒルが一人で戻って来るのが見えた。


 彼は落ち着いた様子で、何事も無いかのように火の側に腰を下ろし、私達に話しかけてきた。


「恐らく今夜中に襲撃者が現れる。死にたくなければ準備をしておけ」


 確信に満ちた声音に私は違和感を覚えつつ、理由を聞いた。何らか根拠となる出来事があったとしか考えられないが、アイゼンヒルはそれを語る気はないようであった。恐らくは何者かから彼に連絡が入ったのだろう。


「騎士としての勘だ。これでは不満か?」


「……まあいいさ。何れにせよ対処するのは同じだからね」


「ふん、後で吠えずら掻くなよ」


 パチパチと音を立て、煌々と燃える薪を目にしながら私はその時が来るのを暫し待つ事とした。スオウは少し緊張感が高まっているようで若干所在なさ気に弓を手入れしていた。


 周囲は若干の肌寒い風が吹き、闇夜が世界を染めていた。背の低い草原地帯が続く大地は霧もなく凛と澄んだ空気が流れていた。空を見上げると雲は見えず、相変わらずの星空が夜空を覆い尽くしていた。


 突然私の魔力感知の網に干渉する魔力の高まりを感じ、私は立ち上がると同時に二人へと警戒を促した。


「スオウ、念のために皆を直ぐに起こして、いつでも動ける準備を。アイゼンヒルさん、どうやら相手は一発目に長距離からの魔法術式を打ち込む算段らしい。魔力の高まりからして後数十秒もすれば魔法術式の構築が完成されるように思える。詠唱時間の長さに対して魔力の高まりをそこまで感じない辺り、大した魔法では無さそうだけれど、寝込みを襲うなら十分な威力になるだろうね」


「大方魔術師が一発入れて後は戦士が集って来るな。防御若しくは相殺は可能か?」


「勿論。先ずは相手の出方を見るとしましょうか」


 会話の最中に魔法抗力を発生させた大きなエネルギー体が脈打つようにして放たれたのを私は感知し、既に展開を完了していた魔力障壁を以って魔法の一撃を迎え撃つ事とした。


 野営地から東に約1km程の地点から放たれた魔法は『クリムゾンスピア』と呼ばれる遠距離狙撃用の上級魔法であった。


(思った以上に遠いな。この魔術師はそれなりの実力を持っているという事か)


 火炎を纏った槍のような見た目をした魔法抗力が一筋の光と化して超速で闇夜を引き裂きながら狙い違わずに確実に我々に迫ってきているのが目視だけでなく魔力感知によっても確認ができ、すかさず私は魔力障壁に力を注ぐ事とした。


 『クリムゾンスピア』は私の知識の上では、本来は精々が数百メートル程度の距離から放つ魔法術式だけに、この距離ともなれば、術者の手元から離れても尚一定のコントロールを行う必要があるようであった。


 その為、術者が消費する魔力量は通常よりも高く、術者が歯を食いしばりながら狙いを定め続けている様子が魔力感知を通して流れ込んで来ていた。


 仮に魔力障壁も無く、まともに被弾すれば我々は消炭になるどころか骨も残らないであろう威力がこの魔法術式には込められており、アイゼンヒルが言った通り、それなりの実力者であると言えるのだなと察しつつ、術者が一人だけという点が私としては気になるところであった。


「不意打ちと言うには余りに杜撰だな」


 結論として、その炎槍の一撃は私には無力であった。私が張り巡らせた魔法障壁は物理的な壁であると同時に、魔法に対しては相反する魔法抗力を発現させる事で相手の魔法そのものを消滅させる事を目的とした魔法術式であった。そしてこの障壁は私の魔力が切れない限り持続発動可能な絶対防御の壁となる。


 急速に迫る炎槍は野営地を球体状に覆い尽くす障壁に衝突し、次の瞬間にはまるで何事も無かったかのように虚空へと掻き消えていた。


「ちっ……えげつねえ野郎だ」


 アイゼンヒルはその結果を見ると舌打ちをしながら一言呟いた。


「それは仲間に対する感謝には聞こえないように思えるけれど?」


「ふん、てめえが敵に回った時を考えると怖気が走るぜ。そら、残りが来たぜ。四人か、二人はこっちで受け持つ。後はてめえらで何とかしてみな」


 アイゼンヒルの言う通り、二方向から其々二人ずつの人間が大地を滑るような猛烈なスピードで突っ込んで来るのが感知出来た。


 アイゼンヒルは戦士二人を迎撃に向かい、私達に残されたのは魔術師と戦士のペアであった。一方で、遠距離に位置するもう一名の魔術師は先程の一撃が不発に終わったと理解するや否や、再び魔法術式による一撃を放たんと詠唱を開始しようとしていた。その魔法構築及び、再射出までの時間を試算するに、少なくとも四十秒程度は猶予があるように見え、私はその間に三人へと指示を飛ばす事とした。


「スオウ、ミチクサ、ザイ。僕が魔法で彼等を分断するから、戦士の方を三人で頼むよ。最悪殺してしまっても止む負えないと思う。気を引き締めるように」


 スオウによって叩き起こされたザイとミチクサも既に私の元に戻ってきており、当初の手筈通り彼等三名で一人を任せる事とした。


 私は迫る二名の襲撃者に対して私は魔力操作によって魔法の複数同時発動を試み、先ずは無詠唱での閃光爆発魔法の『フェルドバースト』を発動させると、敢えて二人を分断させる様にして二名の襲撃者の間に叩き込んだ。


 目を眩ます閃光に合わせけたたましい爆発音が空間を引き裂き、同時に爆発の衝撃が振動となって大地を揺らした。


 その周囲を灰塵に帰する爆発の威力と、目を眩ませる閃光にたじろいだ魔術師と、それを顧みずに突貫を試みる戦士との間に距離が開き、私の目論見通りに分断に成功した。


 その合間に遠距離で詠唱を唱え続ける魔術師が再度照準をこちらに定める為に多量の魔力を注ぎ込む様が私の魔力感知によって捉えられる。


「悪いけれど、それはさせないよ」


 私は一度目のフェルドバーストを構築するに当たり、遠距離の魔術師に対抗する為に同時に平行詠唱を行い、既に構築を終え待機をさせていた『フェルドバースト』を発動させた。


 放たれた爆炎は二秒と掛からず私の魔力感知によって位置特定がなされていた魔術師の下で寸分違わずに炸裂し、魔術師が抵抗する間も無く、跡形もなくその命を散らした事を確認した。


(残るは、こちらの魔術師か)


 私はフェルドバーストの閃光によって視界を潰され、その場で動けなくなっていたもう一人の魔術師へと向かう事とした。


「ふむ。魔術師同士、素直に投降して貰えると助かるのだけれど。どうかな?」


 私は身魔力障壁を展開させつつ携えた長剣を引き抜き、その魔術師に対して投降するように圧力を掛けて見せる。


 既に間合いであり、目の前の魔術師の実力からして、魔法術式の発動を試みようとした瞬間にはその首を跳ねるのに十分な距離であった。


「わ、分かりました。素直に従いましょう。私とて命は惜しいですから」


 想像とは異なり、その声から魔術師が男性では無く、女性である事が理解出来た。


「いいでしょう、それであれば触媒を捨てて下さい」


 彼女は黒いフードを被り顔を隠したまま、素直に私の言葉に従い、魔法発動の触媒として使用する魔石仕込みの杖を私に投げて寄越した。


「まさか、特級魔法をこんな辺境で見る事になるとは思わなかった……。触媒も無しに、あれだけの魔法を一瞬で発動するとは、何者なのですか貴方は?」


「知らぬが仏というやつだよ。死にたくなければ今は黙っている事だね」


 仏、という言葉に疑問符を浮かべる彼女に対して私は特に説明するでもなく、彼女に手を翳し、魔力を強制的に送り込んだ。


 これは『スリーピードーズ』と呼ばれる拘束魔法術式の一種であり、強制的にその場で彼女を昏倒させる事に成功した。『スリーピードーズ』は拘束魔法術式の中でも直接人間の神経系に魔力抗力を発生させ、意識を遮断する魔法術式であり、戦闘下における無力化にはうってつけと言えた。


「さて、他がどうなっているか観察させて貰うとするかな」


 私は魔力感知を再び広げながら、周囲の様子を伺う事とした。


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