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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第三章 隔絶された世界の行く末は何処にあるのか
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ロシュタルト出立


 冒険者達の宴を終えた翌日の早朝、私達四人が政庁舎の前に集まると、そこでは既にザンクが移動用の荷馬車を用意して私達を待っていた。


「おはよう御座います。また思わぬ縁になりましたな。貴族のご令嬢とはまたどうやって垂らし込んだのですかな?」


 ザンクは私達を見るや否や声を掛けて来た。


 思わぬ縁とは、確かにその通りであった。辺境騎士、魔術師達が持つ警戒感を考慮すると、単純に私達が依頼任務を受けた事については幾つか疑義が生まれる状況にあった。ザンクがその点を理解しているとは思わなかったが、そもそも冒険者に成り立ての『白銀』が貴族から依頼を受ける事自体、稀有な状況である事に変わりはないのだろう。


「そうだね。まさか王都に向かう前に依頼任務をこなす事になるとは思わなかったよ」


「まあ、冒険者としては悪くない事でしょう。私としても一流の冒険者と辺境騎士に守られて移動するのであれば護衛任務であったとしても安心出来ると言うものです。あの貴族特有の豪奢な見てくれは、それこそ襲ってくれと言っているような物ですからね。全く、貴族とはそうした面でも力を誇示するものなのですねえ」


 私はちらりと、ザンクの荷馬車の前に待機しているもう一台の荷馬車に視線を移した。渋い黒茶を基調とした色合いを持つ馬車がその存在感を露わにしていた。


 馬車の素材にはどうやら黒壇に似た樹木によって基礎が作られている様で、重厚感が強調されている。窓枠や泥留めなどの細かな部分にまで細かく彫刻によって紋様が施され、肌触りの良さそうな絹の様な布地で造られたカーテンがガラス越しに見え隠れしていた。窓縁やタラップ、夜道を走る際に点灯する魔石を使用した照明器具、車輪の車軸等、至る所に金細工がふんだんに使用されており、一目で高級さとそれなりの身分を持つ者が乗り込む馬車であるのだと理解できる造りになっていた。


「ああ、なるほどね。確かにあれは襲ってくれと言っているような物だね」


 ザンクが懸念する通り、仮に私が護衛対象であったならば、乗車を拒否させて貰いたい程に意匠を凝らした馬車であると言えた。


 その馬車の前ではアイゼンヒルが魔槍を肩に掛けながら静かに目を瞑っていた。


「アイゼンヒルさんでしたね。本日からよろしくお願いします」


 目を開いたアイゼンヒルは、じろりと私を睨むように見ると共に軽薄そうな笑みを浮かべた。


「ふん、お嬢はどうやらお前の事を気に入った様だからな。精々お守りは任せるぜ」


 お守り、とは随分な言いようだと思いつつも依頼主の手前私は一先ず笑顔で対応をする事とした。


「一応私達の仕事は護衛なんですけれどね、それも報酬の内ですか?」


「大金貨三十枚の報酬に入っていたとしてもバチは当たらねえだろうよ」


 大金貨三十枚あれば数年は遊んで暮らせる金額である事を考えれば確かにその程度は依頼内と考えるのも納得感があるのも事実であった。


「はは、でしょうねえ。精々ご機嫌を損ねない様に致しますよ。途中で逃げられでもしたらたまったものではないですからね……。ところで、道中の警備体制ですがルーネリア様と同じ馬車にはアイゼンヒルさんが同乗すると言うので宜しいですよね?」


「ああ、だが目的地毎に念の為陣容を変える予定だ。先導は基本的にお前等の馬車に任せるが、何か有れば短距離の魔法念話で此方に繋げ。キリシアからも同様にお前達に連絡をさせる」


 魔法念話とは極めて短距離の範囲で魔力を介して一方的に音声を相手に伝える魔法である。正式名称は『セントワード』であると、図書館で読んだ魔術書に記されていた。魔術師同士の会話や戦闘中の指示をこれを用いて使うことがある様で、確かに妨害されなければ使い勝手は良さそうな魔法術式の一つであった。


「分かりました、基本的に私の方で魔法感知は行っておきますので、何か有ればお伝えいたします」


 アイゼンヒルとの会話を済ませて暫くすると、昨日と同じ様な気品を保つ最低限の装飾が施された服装に身を包んだルーネリアが、メイドのキリシアと共に政庁舎から姿を見せた。見送りにガードランドも伴っており、アイゼンヒルへと何らかの引き継ぎを行っていた。


「ラクロア、それでは本日からよろしくお願いしますね?」


 ルーネリアは随分と落ち着いた様子でこちらに挨拶を見せた。また昨日とは違う怜悧さを秘めたような瞳に見据えられ、どこか見透かされているかのような気分を覚えてる。


「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 私はルーネリアに挨拶を済ませ、彼女が馬車に乗り込んだのを見送ると、ザンクが御者として手綱を持つ荷馬車へと乗り込んだ。馬車内は食料品や夜営の準備など、道中に必要となる多くの道具が並んでおり、私達四人のスペースは十分とは言えなかったが、それでも衝撃を和らげる為のクッションの様な柔らかな布が敷かれていたりと、それなりに気を遣っている様子が見て取れた。


「生まれてこの方馬車と言うものに初めて乗りますが、便利なものですね」


 スオウは初めての体験に少し浮かれていたが、三人を観察するとザイも同様に物珍しそうに内部の作りを見ていた。一方のミチクサは昨日の酒が未だに抜けていないらしく、馬車に乗り込むと直ぐに寝息を立て始めていた。


「ザンク、準備が整った。そろそろ行こうか」


「あいよ。これからの長旅どうぞよろしくお願いしますよ旦那方」


 ザンクが手綱を一打ちすると、馬はゆっくりと動き出し始めた。


 私はこれから始まる旅路がどの様な物となるか、スオウとザイと同じく心無しか気持ちが昂るのを抑えられずにいた。見知らぬ土地、見知らぬ文化、見知らぬ技術、ロシュタルトで見知った物以上の世界が広がる事をいつのまにか私は楽しみにしていた様であった。


「さらばロシュタルト。またいつか戻ってくるよ」


 正門を通過した時に、僅かな時間しか過ごさなかったロシュタルトではあったが、異文化に触れた最初の拠点として少しばかり寂しさを抱き、そんな言葉を私は呟いていた。


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