表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
70/191

龍を殺した者達 その10『冒険者達の歓談』

 

皆と宿屋で合流すると、店主から言伝があると一枚の手紙を渡された。内容はシンプルであり、『西方不抜』の面々が酒場で我々と会合を持ちたいとの事であった。


(確かにそのような事を言っていたな……)

 

 エルドノックスを討伐した際に『西方不抜』の冒険者であるアッシュから打診を受けた事を思い出し、特に疑う事も無く私は素直に酒場へと向かう事とした。


 管理組合に併設された酒場へと訪れると、想像していた物とは違う、思わぬ歓迎を冒険者達から受ける事となった。


 机に並べられた食事の数々、それは討伐されたエルドノックスの肉だけでなく、牛、豚、鳥、等の肉料理の数々、酒はこれでもかと並々に注がれ、粥に似た穀物のリゾットが部屋の中央に、この為に設えられたであろう大きな銅釜で煮られている。


 四十人程度はいるであろう冒険者達は既に酒を酌み交わし、先日の殺伐とした様子とは打って変わって食事に興じていた。明らかに西方不抜以外の冒険者もその輪の中にいる事は明白であり、私は会合という言葉の意味合いをはき違えていた事を理解した。

 

 そのような中で、私達の到着を目ざとく見つけた冒険者達が、酔いどれの様子を隠さずに声高に叫び、私達に注目を集めた。


「おお、『白銀』の連中が来たぞ、ロシュタルト最速で中級冒険者となったルーキーのご登場だ! 皆、乾杯の準備と行こうじゃないか!」


 声を上げたのは私達とは面識のない冒険者の一団であった。彼等は私達を見ると色めき立ち、衆目が集まった。


「不思議そうな顔をしてるな。まあ、龍殺しも、冒険者の昇格も、こいつらにとっちゃ酒の肴でしかねえのよ」


 微妙そうな表情を浮かべる我々に、先日まで私達の素性を探っていた『西方不抜』のアッシュが、彼も既に酒を入れているのか、やけに調子の良さそうな顔で声を掛けてきた。


「『西方不抜』の団員だけじゃなく、こんなに人が集まるとは思って居なかったよ。ロシュタルトの冒険者は余程娯楽に飢えていると見えるね」


「ははは、所詮は最果ての辺境ロシュタルトだからな。危険を犯してエルドノックスをわざわざ討伐しに行くような連中にとっちゃ、そういう考えが重要なのさ。それに耐えきれなくなった奴らはとっくにここを離れて中央で名を上げる為に貴族の顔色を窺う毎日だろうぜ」


「なるほどね、でも同業者相手だろう? 自分の縄張りを荒らされるとは思わないのかい?」


「奴らは日銭を稼ぎながら酒と女とちょっとした刺激を求めて彷徨っているのさ。龍殺しにしたって、お前や俺の様に特異体を狙う訳じゃない。危険過ぎる手合には関わらないのが長生きの秘訣という訳だ。というわけで、あんたらが早々に中央へと向かうのであれば、あいつらのような冒険者は両手を上げて送り出すのが通例という事さ」


「ふふ、冒険者によりけりという訳だ。それで、今日、僕達を呼び出した理由はこれだけじゃないんだろう?」


 アッシュはにやりと笑い、視線を上階へと向け私に合図を出した、


「まあ、そういう事だ。とりあえずは、上に移動するか」


 私はアッシュの促しに従い、階段を上り下のフロアが見渡せる中二階へと移動した。そこには私とアッシュ以外は誰もおらず、ここが会談の場所として確保されていた事は間違い無かった。


「この数日、辺境騎士や魔術師の動きが気になってな。あんたが今回依頼を請け負ったルーネリア・サンデルス・タルガマリアについてだ」


 アッシュはいきなり、ルーネリアの名前を告げ、私の反応を探っていた。


「耳が早いな。こちらとしても疑問は多い状況でね。情報を貰えるのであれば助かるよ」


 私は特に隠すそぶりは見せずに、続きを促す事とした。どこから情報が洩れているかについては勘繰るだけ無駄と言うものだろう。冒険者管理組合にも情報が伝わっているのであれば、他の冒険者達へ情報が伝わるのも時間の問題と言うものだろう。


「ここ最近、やけに辺境騎士、魔術師がざわついているのも、そのご令嬢のせいという訳さ。彼女が何者か、あんたは知らないようだがな」


「残念だけれど、世相には疎くてね。彼女に何か問題があるのかい?」


「彼女は名前の通りサンデルス家の人間だ。そしてその父、ゼントディール・サンデルス・タルガマリアは聖堂国教会の筆頭支援者ということさ。サンデルス家は元々、国教会の教皇を輩出する名家として君臨してきた連中だからな。先の政変で侯爵位を剥奪され、今では辺境伯に落ち着いているが、相変わらず信仰心の篤い連中にとっては台風の目になり得るという事さ」


「それで? 聖堂国教会に何か動きがあると?」


「その通り。小耳に挟んだ限りでは、ただの政治闘争でしかないが、厄介なことに、これまで聖堂国教会の教皇は、国教会の大司祭が歴任してきた。それが前回の叙任時に、カルサルド国王が教皇権を求め、今ではその座位に納まっている点が引き金になっているようだな」


「ああ、なるほど。それは確かに問題でしょうね」


 国教会と言う題目があるにせよ、見かけ上は政教分離が行われている事が健全であるのは間違いない。それを名目共に国王が教皇を名乗るという事は、それまでの内部制度が大きく変わる事になるのは間違いない。


「当然、聖堂国教会は大荒れ模様という訳だ。新教皇である国王派閥、そして教皇権の返還を求める大司祭派閥がそれぞれ内紛を繰り広げているらしい。その辺りの余波を懸念して彼女はロシュタルトへ逃がされたと言うところだろうな」


「だが、ここに来てルーネリアは再びタルガマリアへと戻る事となる訳か。大規模な戦争でも始まるのかな?」


「近からず、遠からずというところだろうよ。ルーネリア嬢が、サンデルス家の血統として担ぎ出される、なんて事もあるかもしれないな。道中は十分気を付けた方がいい。辺境騎士が護衛にいるとは言え、あんた等に火の粉が降りかかる事もあるだろうからな」


「貴重な情報助かるよ。なるほど、僕達のような輩が目に就くのも仕方が無いという訳か……それにしてもアッシュさんは面倒見がいいんだね」


「なに、同じ龍殺しを行う同業としての好さ。何れまたここで会える事を楽しみにしておく為の布石とでも思ってくれ。ま、それまでは俺も酒浸りの生活を優雅に送るとしようかね」


 アッシュは照れ隠しをしながら、酒を呷って見せる。


「口ではそういうが、努力の跡と言うものは隠せないものさ。それは貴方の魔力が物語っている」


 私はアッシュの内在する魔力や、先日の身のこなしを見て私は彼が怠惰に日々を過ごすようには見えず、思わず笑ってしまう。


 アッシュは、まったく、と呆れたような表情をしながら、手元に持った酒をもう一呷りした。


「相変わらずガキの癖に目が良過ぎるな。まあいいさ、今日はあんたらが主役だ、後は好きにやってくれ」


 ひらひらとアッシュは手を我々に振ると、自分たちのパーティーメンバーの元に戻って行った。



 私が、暫くして階下へと降りる様子を見ていた冒険者組合の職員であるマルカが、グラスを片手に私達へ挨拶をしに来てくれた。既にだいぶ酔いが回っているようで彼女からは果実酒の甘ったるい匂いが漂っていた。


「ラクロア様は本当は何処ぞの貴族の繋がりを持った方なんじゃ無いかって専らの噂になっていますよ!? ただの野良冒険者に変異種のエルドノックスを倒すなんて芸当が出来る訳が無いですからね! 私からはちゃんとガードランド様に皆さんの実力をお伝えしておきましたから、今回の組合要請の依頼も私が一枚噛んでいる事をお忘れなきようお願いしますね!」


 彼女が意気揚々と捲し立てる内容は、私にとっては傍迷惑極まりない情報流出でしかなかったが、彼女にとっては辺境魔術師のガードランドと私達の間に繋がりを持たせるという、有益な役割を果たしたという認識でいるらしい。


「ありがとうございます。この縁を有用に使わせて頂きますね……」


 当たり障りない言葉で濁すと、マルカは嬉しそうに笑顔を見せた。


「そう言えば聞いていなかったけれど、マルカは何でロシュタルトで働いているのですか? 出自は貴族なんでしょう?」


「そうですね、私はボルディモア家の三女として生を受けた身ですので、確かに社交界へ赴き丁度良い家柄の御子息と婚約する道もあったとは思います。ですが、マルシア様に師事を仰ぐと決めた時に私は魔術師として生きるのを決めたのです。確かに才能はそれ程有りませんし、辺境魔術師にはなれませんでしたが一人で生きていくには十分な力を持っていると自負しています。そうした中で先ずは王都から離れ、自分自身で生活をしてみたいと思ったのです。今はこうして管理組合で働く傍で魔法術式構築の論文を執筆していますから、これはこれで良い生活だと思って居ます」


「そうでしたか。それでは時が来ればまた王都へ戻られるのですか?」


「はい、論文が書き上がったら王立学院へ提出し可能であれば研究者の道を目指したいと考えています」


 王立学院は国立魔法技術研究所に併設された養成機関であり、実態としては国立魔法技術研究所がシュタインズクラード王国に於いて中心的な魔法術式構築や技術転用において権威を持っているとの事であった。


 魔法技術の基礎研究の論文などは砦の図書館で見つけることが出来なかったが、どうやらこれは原本の保管を基本的には王都内で行なっており、地方都市に論文や研究結果が出回るのは稀のようであった。


  一部の街には外部研究所として論文の複製が保管されている場合もあるとの事であったが、どうやら一般人がそれ等を入手する事は『魔術書』と同様に難しい様であった。貴族と言えど、そうした情報に触れる為には魔法技術研究所の許可が必要との事で、この技術の保持の観点がどうやら騎士や魔術師という存在の権威性を高めている様であった。


「私も機会があれば王立学院やそうした研究機関に寄ってみたい物ですね」


「寧ろラクロア様であれば、訪問するどころか、今すぐにでも入学が許されると思いますよ? 建前上は平民でも才能を持った者を受け入れる方針のようですから」


 マルカはその後、王立学院時代の経験談を幾つか語って聞かせてくれた。中等学院、高等学院共に三年間の学業が有るとの事で、その後は家柄によって進路が異なるとの事であった。マルカの様に在学中に三級魔術師としての資格を受けると、卒業後四年の間に研究論文を作成する事で王立魔法研究所に勤務の資格を手に入れる事ができるとの事であった。


 進路として最も誉高いのはやはり、辺境騎士や魔術師として進む事のようで、名家の子息であっても一度軍役経験をこなす習わしがあり、聞くところによるとガードランドやアイゼンヒルも、今後は王都勤めの近衛騎士、魔術師となるか、若しくは家を継ぐ為に領主の親に倣い、領主代理として経験を積むのが通例らしいという事が分かった。


 こうした情報の一部はトリポリ村での教養でも齧る事はあったが、その詳細が伏せられていたのは恐らくは意図的なものであるとふと思い至る。情報の制限によって、スペリオーラ大陸における人族の生活に感化されない様に教育を行なっているのだろうと、何となくではあるが想像が付いた。


 その後も一通り酒場に居た冒険者達と軽く会話を交わし時間を取られたが、二時間程経ったところで漸く『白銀』四人で席につき、改めて食事を囲む事が出来た。


「皆さん馬鹿騒ぎですね。こうした光景は久々に見た気がしますね」


 スオウは少し懐かしそうな表情を見せつつ、確りと酒を口に運びながらそう話を始めた。


「ああ、集落でもこうした酒会は久しく開いていなかったからな。昔を思い出すな」


 ザイも同様の想いを抱いていたらしく、何処と無く嬉しそうな声音であった。


「おれは、まだ飲めるぞお……」


 一方のミチクサは他の冒険者に誘われるがままに酒を飲み続けていた様で、既に呂律が若干怪しくなっており、視線が定まっていない。機転を利かせた誰かが酒の代わりに水を入れたであろうグラスを飲み干しては豪快に笑っていた。


「ミチクサは顔に似合わず酒には弱いですからね。我々も泥酔する前に帰るとしましょう」


「そうだね。明日は出発だし、早めに身体を休める様にしよう」


 勘定はどうやらアッシュが支払ってくれていた様で、本当の意味で私達に対しての龍殺しと出立祝いを兼ねての宴であったようだった。


いつも本作をご覧いただき誠にありがとうございます。


第二章、ロシュタルト侵入編が終了となります。

次回からは第三章、ガイゼルダナン編が開始となりますので、何卒よろしくお願い致します。


また、本作を少しでもいいなと思っていただけた際は、ブックマーク、ご評価をポチっと押していただけると大変励みになりますので、何卒よろしくお願い致します!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ