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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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龍を殺した者達 その8『狩人は世界を如何に見るのか』

 

 ラクロア様と別れた後に、私達三人は砦の外で魔力操作の訓練に勤しむ事とした。


 これはひょっとすると無駄な努力なのかもしれなかったが、それでも私達は努力を怠る事を良しとしなかった。


 大森林に生息する魔獣を狩るのと、エルドノックスを討伐する事は根本的な違いが有った。


 これまでは魔力が無くとも罠を張り、毒を使い、正面からでは無く慎重を期した上で一撃で狩を遂行し、糧を得る事を尊んでいた。

 

 だが、今回は狩りでは無く、真正面からの討伐であった。


 魔獣の動きを読み、弱点を観察し、圧倒的な力を持つ者を目の前にしながら、策を弄さずに戦う事を求められ、あえなく惨敗した。


 ラクロア様がいなければ全員死んでいたのは間違いなかった。しかし、今後冒険者として求められるのはその様な戦いである事を私達は強く感じていた。


 昨日のアイゼンヒルの襲撃についてもラクロア様を除いて誰もあの不意打ちに気がつく事無く、即座に蚊帳の外に置かれてしまった。


 いつ何時に魔獣や人間に襲われても良い様にラクロア様は私達を猟師から戦士と変えようとしている。この考え方はタオウラカルには無かった。


 生き残る為に求められる技能と行為、それとは別の、人として生きる為に求められる矜持、在り方に近い感覚は新鮮であり、異なる文化を体感していると言って過言では無かった。


「まあ、やるしかねえよなあ。三週間とは言え魔獣以上に厄介そうな猟犬に付け狙われる訳だからよお。ムカつく話だが、俺達が束になってもあのアイゼンヒルとか言う奴には敵わねえ」


「然り。ラクロア様の露払いにもなれぬのが今の我々の状況だからな」


「ええ、必然的に私達が強くならなければいけないのは明白です。ラクロア様もそれを望んでいるのでしょうから」


 そう、ラクロア様がタオウラカルで過ごした数ヶ月、その間にひたすらに我々に訓練を施した事を通して何か私は予感を覚えていた。ラクロア様はただ私達に魔力の存在を教えたのではなく、更に先を見据えた考えを持っているという予感が有った。そして気が付けば、魔翼を持つ、人ならざる人が見据える未来というものを私はいつの日か、自分の目で見てみたいと強く願うようになり始めていた。


 それであるならば、私たちは強くならなければならない。強者と共に肩を並べて歩む未来に、庇護されるままの弱者である訳には行かない。


 そんな熱に当てられてか、気が付けば三人での訓練は真夜中まで及んだ。魔力操作による身体強化を行いながらの組手、武具強化を行いながらの戦闘訓練、魔力切れを起こすギリギリを保ちながら全身に最大魔力を巡らせ継続する訓練を繰り返し続けて行く。


 精神的な磨耗と、体力の消耗を何度も繰り返し感じながら、自分達が持つ本来の身体的な動きと完全な同期を目指す為に魔力操作の訓練をひたすらに続けていた。


 精魂尽き果てた頃、私は仰向けに倒れ込み、またも夜空に瞬く星々を眺める体制となっていた。限界を迎えた肺は酸素を求めて大きくせり上がり、これでもかと窮状を訴えている。


 上がった息と、身体の隅々まで蓄積された疲労に熱を覚えながらも、冷えた地面に触れる事で僅かなりともその熱が薄れていく感覚が心地よく感じられていた。ミチクサとザイも、最後の組手を終えて、革製の水筒から水を飲み、乾きを癒していた。ザイは私に自分が飲んだ後の水筒を投げて寄越した。


「スオウはロシュタルトを見てどう思った?」


 ザイの質問は要領を得なかったが、彼の言いたい事は、これまでの付き合いから何となくでは有ったが理解が出来た。


「活気があり、人の営みがある。タオウラカルとは違う文化ですが、この砦ひとつを取っても素晴らしい技術を持っています。森の中とはこれほどまでに違うとは思いませんでした」


 そう、私はこれまで物語の中でしか知らなかった城塞と言うものに初めて触れていた。そしてその大きさ、中で暮らす人々の数、そうしたこれまで見た事が無かった新しい物を目にした時の感動はひとしおであった。


「ラクロア様はどう思っているのだろうか」


「……何となくですが、ラクロア様はこうした技術に対して然程驚かれてはいない様でした。恐らくラクロア様のおられた村では優れた魔法技術が培われているのでしょう。どちらかと言うと、人々がどの様に暮らし、その基盤となる生活状況に対してとても興味をお持ちの様でした」


「それを知って何になると言うのだろうか。それを持ち帰ったところで、全てを真似できる訳では無いだろう」


 ザイはタオウラカルの状況と、このロシュタルトの生活を比較して、必ずしもタオウラカルでこのような生活が再現されるわけではないと理解しているようであった。


「ええ、その通りですね。ただ世の中を知るという中で取り入れられる物から吸収して自分たちで発展させれば良いと考えているのかもしれません。全てを手に入れる事など到底出来ないでしょう。ですが知らなければその僅かな進歩もゼロから見つけ出すのは極めて困難な筈です。私達は手掛かりを得れば良いのです。そして自分達なりにそれを活用出来る様になれれば良いのだと思いますよ」


「ああ、それなら何となく分かる。我々に魔翼は無いが、魔力を用いて出来る事は増えた。自分達の持つ力の中で出来る事を増やす事は出来る。だが、そもそも魔力の存在を知らなければこうして訓練すら我々は行う事も出来なかったのだろう」


「ええ、その通りだと私も思いますよ」


「そうか……世界は広いな。我々の知らぬ物が未だ溢れているのだろうな」


「そうですね、王都ではもっと違う何かを得る事が出来るかもしれませんね」


「ふふ、それは楽しみだな。辺境と言われるロシュタルトでこれほどに違う世界が有るのだ。どの様な事があるか検討も付かんな」


 ザイは訓練の疲労以上に嬉しそうな表情を浮かべた。それは未知の物を知る時に彼が良く見せる表情で有り、タオウラカルでは久しく見なかった物である様に思った。


「私達は得難い経験をしているのかもしれませんね」


 こうして外の世界へと連れ出してくれたラクロア様に感謝をすると共に、やはりその傍に立っていたいという気持ちが再び込み上げてくるのを私は抑えられなかった。


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