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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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龍を殺した者達 その7『ルーネリア・サンデルス・タルガマリア』


 私達は翌日の昼に政庁舎へ訪問し、客室へ通された瞬間に予想を超えた持てなしを受ける事となった。


「サンデルス辺境伯爵家が次女の、ルーネリア・サンデルス・タルガマリアです。以後お見知り置きを、私の護衛となる冒険者の皆様」


 我々にいきなり挨拶を寄越したのは一人の少女であった。明らかに貴族と分かる豪華なドレスの装いと、綺麗に巻かれた茶色の髪、そして洗練された振る舞いを見せる、恐らくは私と同年代程度の令嬢であった。


 彼女は私の顔を見ると少し怪訝な顔つきになったが、直ぐに表情を取り戻し貴族の令嬢らしい柔和な微笑みを讃えていた。


 彼女の持つ、淡い桃色の唇に、凛と整えられた睫毛、爪の先まできめ細やかに整えられ、着飾られた姿はまさしく令嬢に相応しい姿と言えた。


 これには、私は正直に言って面食らってしまった。伯爵という位が何を指し示すのかについては理解が出来ていたが、明らかにこれは辺境魔術師であるガードランド・ヴァイスからの先制攻撃と言えるだろう。会話の主導権を握る為の攻撃ならぬ口撃に他ならなかった。


 私はちら、とガードランドに視線を向けるが、その表情は笑顔が張り付いたままであり、その裏の思惑を見通す事は叶わなかった。


 仕方なく視線を戻し彼女の姿を改めて観察する事とした。彼女は私からの挨拶を待っているようで、怪訝な顔を見せている。


 その時、私は漸く、彼女が先日、教会で会った少女である事に気が付いた。どうして今の今まで気づく事が出来なかったのか――それは恐らく、彼女の見せる立ち居振る舞いが、()()()()()()()()()()()()()()()、今となっては強烈な違和感を覚えさせる物となってているからに他ならない。


 確かに彼女は、昨日、教会にて出会った少女そのものであるのは間違いない、しかし昨日感じた清廉潔白な印象とはまったくの別人かのような印象を今の彼女からは受けている。


『ラクロア様、ご挨拶をした方が宜しいのでは?』


 不意に、スオウから小声で横槍が入り、私は思考を一時中断せざるを得なかった。


「失礼致しました。お初にお目にかかります。中級冒険者『白銀』のラクロアと申します。よろしくお願いします」


 何がよろしくなのか、我ながら仔細分からぬ中で相応の対応をせざるを得なかった。改めて考えてみる、貴族へと面通しを行うという事は今回が初めてであり、私の対応がこれで問題が無いのか訝しみつつ、彼女の顔色を窺っていた。


 しかし、ルーネリアは満足したようで、そのまま優雅に席に腰掛け本題に入る様にガードランドに促した。


 彼女の脇には無表情でありながら漲る殺気を押し殺すアイゼンヒルと、この流れの演出者であろう、ガードランドが護衛として側に立ち、ルーネリアに促されるまま、そのガードランドがしたり顔を見せながら会話の口火を切った。


「先日はすれ違いからご迷惑をお掛けしました。ルーネリア様からのご挨拶があった通り、皆様へ組合経由で護衛の依頼を出させて頂きました。ご存知の通り、中級以上の冒険者は組合を通しての指名依頼については基本的には応じる義務が発生します。勿論、本来は先に双方合意を取るのが一般的ですが、なにぶん時間も無い中での手配でしたので、先んじて依頼を入れさせて頂く形となり恐縮です。今回の護衛任務については基本的に護衛はアイゼンヒルが騎士として役割を果たしますが、何等か問題が起こった際には露払いを皆様に依頼したく存じます。報酬も勿論ですが、何よりもサンデルス伯爵家との繋がりを持てると考えれば、冒険者の皆さまとして、断る理由は無いかと思いますが如何でしょうか?」


 言いたいことを取り敢えず言い切ったようで、ガードランドは満足気に笑顔をみせた。彼の言う通りこの段階で我々に依頼を断る選択肢が無い事は明白であった。


 酷い搦め手であったが、結論から言えば、昨日ガードランドの誘いを受けた時点で私達は彼の術中に嵌っていたと言う事であり、時すでに遅しと言えた。


「なるほど……」


 やられた、という想いが拭えないまま、私は唯々諾々とガードランドの依頼を受けざるを得なかった。


「そうですね……、色々と言いたいことは有りますが一先ず昨日の謝罪として依頼は受けましょう。実際にルーネリア様を護衛するとして、移動は馬車でしょうか? タルガマリア領と言うと、ロシュタルトから三週間程度の道のりですよね?」


 私は組合で購入した簡易地図を思い返し、縮尺とザンクから聞いた王都までの行程を逆算して当たりをつけて確認を行った。


「ええ、その通りです。日数についても大凡その程度の旅程と考えて頂ければ大丈夫です。報酬は前金で大金貨十枚、達成後に大金貨もう二十枚となります」


 麻袋に入れられた金貨をガードランドからスオウが受け取り、一応依頼受諾の形はついた事となる。


「ねえ、依頼の話は蹴りがついたのかしら? そろそろこの暑苦しいドレスを脱ぎたいのだけれど?」


 私達の話が一息ついたと察したルーネリアは、先程から見せていた淑女としての立ち振る舞いを崩し、急に砕けた物言いでガードランドに問いかけた。


 それに対してガードランドは少し焦りの混じった表情で、ルーネリアを制していた。この場にはルーネリアの世話係となる御付きはおらず、あくまでも公式の場としてガードランドは捉えていたのだろうう。それ故に、依頼主としてルーネリアはある程度の態度で臨む必要が有る筈であったが、彼女が見せる言動は極めて幼さが目立つものであった。


 所詮は十歳、貴族と言えどその辺りの考えは未だ幼さが残るという事だろうか、等と考えもしたが、やはり昨日、私が目の当たりにした彼女の姿と今の彼女の様子が結びつかない点に私は引っかかりを覚えていた。


「ルーネリア様、もう少々耐えていただけると助かります。平民の前で服を脱ぐ訳にはいかないでしょう?」


「それもそうね。でもラクロアは凄腕の魔術師なんでしょう? それなら出自は貴族ではないの? そうよ、私先生にその様に習ったもの! 他の三人が付き人なんでしょうから、それなら何も問題無いのではなくて?」


 ルーネリアが言葉を紡ぐ度に、彼女が先ほどまで被っていた仮面が剥がれ落ち、深窓の令嬢然とした様子は既に消え失せ、元々の気質であろう天真爛漫さを絵に描いたような無邪気さが溢れ出ていた。


 ミチクサやスオウは少し辟易した様子でその様子を眺めていた。思いがけず、彼女に付き人呼ばわりされたことにも若干の抵抗があったのだろう。


「ルーネリア様、少なくとも私は貴族では無いですし、何よりも彼等は私の付き人等ではありません。同じ『白銀』仲間達です」


 私がその様に伝えると、彼女は私を見て驚いたように返答した。


「それなら仕方ないわね、なら、もう少し我慢することとするわ!」


 ルーネリアはあっさりと私の言うことに理解を示した。想像以上に素直な反応に少し面食らっていると、彼女は私の顔をまじまじと見つめ不思議そうな表情を浮かべた。


「ラクロアはシルヴィア様に似ているわね……、その銀髪と、碧眼を除けば顔立ちは瓜二つよ!」


 私は彼女の発言に不意を突かれたガードランドとアイゼンヒルの表情に一瞬の動揺が走ったのが見えた。私自身、彼女の唐突な話題に驚いたものの、彼等の反応に思うところがあり、ルーネリアに詳細を尋ねる事とした。


「ルーネリア様。生憎そのシルヴィア様を私は存じ上げないのですが、どの様な御方なのでしょうか?」


 私の問いかけに、ルーネリアは急に不機嫌そうな顔を見せ始めた。


「……ラクロア、貴方、年齢は十歳なのよね? それであれば私と同い年だから私を呼ぶ時はルーネリアで良いわ! いえ、そう呼びなさい!」


「あ、有難うございます……。ええ、それではこれからはルーネリアとお呼びしますね」


 私の質問とは違う部分に対して反応を見せる彼女は十歳という年齢よりも殊更に幼く見えた。しかし、私の返事に満足したのかルーネリアはどきりとするほどに可憐な満面の笑みを浮かべていた。


「そうして頂戴! そう、シルヴィア様の事だったわね。シルヴィア様は王都のベルディナンド家のご子息様よ。とても聡明で、文武共に優れた方なのよ。すでに王立学院へお通いになられていると仰っていらしたわ!」


 ルーネリアは興奮気味に私の質問に答えた。王都、ベルディナンド家、似通った顔付き、それだけで断定は出来ないが、ただの他人の空似では無く、何らか私の出生に関連する可能性の一つとして検討しておいても良いかも知れない。


 ガードランドとアイゼンヒルも私がベルディナンド家の当主の愛人の子だとか、その様なことを邪推している可能性は十分に考えられた。


(しかし突拍子もない事を言う。彼女に裏が有るとは思いたくないが、この奇妙な感覚は一体何なんだ……)


 私は、この一連の流れに何処か白々しさを感じつつ、引き続きルーネリアと会話を続けざるを得なかった。


「そうでしたか、世の中には自分に似た人間が三人は居ると言いますから、何かの機会に是非一度お目に掛かりたい物ですね」


「私は十二歳になれば王立学院や社交界でお会いする事が出来るわ。次にお会い出来るのを楽しみにしているのよ! 王都へ行く機会は滅多に無いでしょうから、それまでは噂話を聞くぐらいしか無いのだけれど」


 彼女の情報が正しいとするのであれば、王都で情報収集を行う傍に時間を見つけてその辺りを探ってみるのも良いのかもしれない。


「そうでしたか、王立学院へは貴族の皆様がお通いになるのですか?」


「ええ、貴族だけでは無く魔力の才能がある者は国中から集められる事になっているの。とは言え平民で学院に来る者はそう多くないわね。若くして才能を持つ者は既に何らか手に職を付けている者も多いでしょうし。それこそ貴方のように冒険者になっていたりね」


 それもそうだと私は納得感を持った。裕福で時間のある平民など中々いないのだろう。


「皆様、そろそろこれからの予定についてお話しさせて頂ければと思うのですが」


 冗長な会話はこれまでと、ガードランドが話を巻き戻そうとすると、ルーネリアは明らかに少し不満そうな顔をしたが、「これから長旅だもの、お話しする時間は沢山あるわよね」と自制心がそのまま言葉となって漏れ出していた。


 一見すると、良い子、という分類には入るのだろうが、貴族としては色々と家元含め気苦労しそうだと、なんとなくではあるが私はそのように察するほかなかった。


「出発は明後日を予定していますので、皆さまご準備の程よろしくお願い致します」


 ガードランドは何事も無かったかのように、私達に明後日の出発を告げた。私としてはもう少しロシュタルトに腰を据えて一般的な情報を調べたいという気持ちもあったが、主導権を握られている以上、私達に選択肢は無いのだろう。


「分かりました、移動時の編成等は後ほど話し合うとして、移動の為の業者に当ては有りますかね? 実は入れ違いで王都に向かう為に行商を抑えていまして、彼を採用してもらえると有難いのですが」


「ああ、それであれば問題ありません。ラトリアのザンクと言う行商でしたよね。今回の先導は我々も既に彼に依頼しているのでその点は困らないでしょう」


 ガードランドはご心配なくと、既に先回りして動いていることを明らかにした。完全に囲い込まれている当たり、ガードランドは情報収集や周囲との関係性含め極めて有能な人材と言えるのだろう。辺境魔術師として魔法術式に精通しているだけでは無く、彼の意思が通るように組合とも繋がりを構築していると考えて間違いは無いのだろう。


「であれば結構です。……それでは、そろそろ私たちは失礼させて頂ければ幸いです。準備もありますので」


 私はスオウに目配せし、出口の扉を開かせるとルーネリアに改めて別れの挨拶を告げて、逃げ帰るように政庁舎を後にする事とした。



「ラクロア様、宜しかったのですか?」


 スオウは大通りに出ると、不満そうに私に確認を求めた。


「良いも悪いも、逃げ場が無かったと言うしか無い。彼等の言う通り、貴族と関係性を持つのは情報収集の観点からも悪いことでは無いし、依頼内容を考えると報酬も破格である以上、逆に断る方が不自然だよ。彼等は相変わらず此方の出自や目的を探ってはいるけれど、それもある程度は仕方ない」


 そう、ガードランドの嵌め込みに対して、私はあの場で対処する事は不可能であった。これに関しては忸怩たる思いがしたが、決して私達に不利益がある内容では無く、寧ろ情報収拾の面を加味すれば十分な利益が有る依頼であった。


「『僕達は政略的な目的は何も持っておらず、ただ今のシュタインズクラード王国がどの様に運営され、人々がどの様に生活をしているかという生の情報が欲しい』なんて事を素直に言ったところで、彼等が信じてくれる訳も無いだろうしね。そんな事を口走れば余計に僕らの素性が怪しくて仕方ないだろうね。冒険者管理組合の性質上仕方ないとは言え、シュタインズクラード王国における身分を得るのと引き換えに此処まで私達の情報が辺境騎士、魔術師に共有され、管理されるとは思いもしなかったよ。ただ、大方針として今の方向性に大きな問題は無いよ。ルーネリアから貴族社会と言うものをある程度学ぶ事も出来るだろうしね」


「なるほど、そこまでお考えで有れば私から言う事はありません。ただ、あのガードランドという男、かなりの切れ者ですね。裏に何を考えているのかに気を付けた方が良いかと思います。彼の良い様に事を運ばれているように思いますので」


 スオウの懸念は最もであった。私も同様の理解をしており、彼等が我々に依頼を寄越した経緯含め、確りと事実確認を行う必要があった。


「眉目秀麗、臨機応変、彼も貴族の出自なのだろうから騎士や魔術師と言う者はやはり優秀な人材が多いと見える。これはある意味で階級社会の良いところかも知れないね。平均的な能力を持った人間では無く、突出した能力を持つ者を育て易く、それでいて彼等が持つ特権的な身分故に重用しやすい。逆もまた然りとも言えるけれど……まあ、今のところは僕達が貴族社会や階級社会という中で育てられた人材がどの様な者であるのか直接感じられただけで良しとしよう」


「けどよお、あのアイゼンヒルとか言う騎士と同行するのは厄介だぜ、毎度襲われちゃ溜まったもんじゃねえだろう」


 ミチクサはアイゼンヒルの剣呑な雰囲気を感じ取り、その危うさを指摘していた。私も彼が抑えがたい殺気を孕んでいた事に気が付いてはいたが、ルーネリアの前でそれを発散させる様な動きはなかった事から、初見の印象よりはだいぶまともな人間ではないかと考えていた。


「まあ、彼一人であれば何かあっても僕が対処するから心配しなくて良いよ。何よりルーネリアの前では騎士としての役割を果たすつもりの様だから、昨日のようないきなりの襲撃は無いと思うけれどね」


「本当にそれなら良いんだけどよ。俺には騎士って輩が戦闘狂にしか見えんね」


「はは、まあその節はありそうだけれどね。ただ、騎士が皆そうでは無いとは思いたいところではあるね。ところで、僕はこの後はまた図書館に行こうと思っているんだけど皆はどうする? 明後日の出発までやる事は特にないから、好きにしてても構わないよ」


「それであれば私達三人は少し用が有りますので、一旦失礼致します」


 スオウは他二人に視線を送ると、ミチクサ、ザイ共に頷いていた。


「分かった、そしたら明日の夜には一度合流する様にしよう。くれぐれも根詰めすぎないようにね」


 私は恐らく三人が魔力操作の訓練を行うにだろうという当たりを付けていた。エルドノックス討伐以降、以前よりも更に力を入れるようになっていた。


 昨日のアイゼンヒルとの遣り取りも良い刺激になったのかも知れなかった。タオウラカルの集落民は潜在的な魔力はやはりロシュタルトに存在する一般的な人々よりも高い。効率的な魔力配分と効率的な魔力操作を覚えればそれなりの強さとなる可能性は十分に高く、この旅を通して三人が大きく成長する事を私としては望んでいた。


 そしてまた、それがタオウラカルの今後の為になると私は信じて疑わなかった。


 魔族と人族は何処まで行ってもその力量差は甚だしい、しかしその差をただひたすらに恐怖として捉えるのでは無く、克己心を持つ事が出来れば、また違う関わり方を持つ事が出来るのでは無いかと私は考えていた。


 トリポリ村で、魔族が当たり前に存在する中で育った人間とは違う者達がどの様にして魔族と相対する事が出来るのか、この旅を通して何らかの切っ掛けを見つけられる事を私は願っていた。

 


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