龍を殺した者達 その6『辺境魔術師の思惑』
ラクロアと呼ばれる少年魔術師とアイゼンヒルの敵対的邂逅について、予想ができない訳では無かったが、実際のところ想像以上の結果であったと言えた。
十歳の少年の身体に満ちる尋常ならざる魔力と、騎士であるアイゼンヒルの攻撃を一切受け付けない魔力障壁の強力さ。確かにアーラ家に纏わる魔法を行使可能というのも嘘では無い事を確信させる魔力量と技量の冴え渡りであった。
「貴方の攻撃の一切を防御する魔法技術、凄まじい練度でしたね」
暫く昂っていたアイゼンヒルも戦闘が終わった事でだいぶ大人しく話を聞く様になっていた。
「ああ。あれは唯の魔術師じゃねえな。こと、近接戦闘に於いて微塵もぶれずに、あれだけの魔力を練り込める胆力、そして、速攻且つ正確無比な無詠唱魔法の発動……。極めつけはあの野郎、俺の攻撃を受けながらお前の詠唱の方に常に意識を向けていやがったぜ」
私は後方の塔の中で詠唱を開始しており、塔の防衛機構によって所在を上手く隠す事が出来ている筈であったが、何等か魔力の動きを感知したという事なのだろう。
「貴方がそこまで言うのも珍しいですね……。類稀なる天賦の才能という訳ですか。因みに悔しくは無いのですか?」
私の煽りに対してアイゼンヒルは顰め面を見せながら「ふざけるな」と軽く私を小突く構えを見せる。
「途中で止めておいて何を言いやがる……。だが、あのまま続けていたとしても攻撃が通る気配がしなかったのは確かだ。魔槍の魔法術式を起動して漸く均衡が崩せるかどうか……ちっ、堂に入った魔術師ってのは厄介なもんだぜ」
同様の想いを魔術師も騎士に対して抱いていますよ、という茶々は呑み込みつつも、確かにアイゼンヒルの言う通り、ただの手練れでは済まない白銀の魔術師、彼をどう扱うべきか考えなければならなかった。
彼等の裏に何があるにせよ、今の状況を鑑みるに最大限の警戒を払うべきで有る事にアイゼンヒルと私の間で相違は無かった。
「これからについてですが、彼等の目的がどこにあるにせよ、中級冒険者の肩書を得る以上、我々からの組合要請を断る事は出来ないでしょう。それであれば逆に監視対象として側に置く事もやり易いと言える」
私の提言に対して、アイゼンヒルは確かに、と頷いて見せた。
「活動記録及び足跡を辿る事が出来ない野良冒険者が、正式に冒険者登録をしてたった三日足らずで中級冒険者へ昇格。それもA-ランクに相当する辺境の魔獣を討伐し、何の後ろ盾もないと来ている。しかも奴らが明確にしている目的は王都で名工アルベルト・ランカスターに会う事と来れば、確かにきな臭さしか無いわな。裏で手を引いている貴族連中がいたとしておかしく無い」
そう、現在、我々が危惧する中の一つに貴族内部での政治闘争が挙げられていた。それは単純な権力闘争等では無く、政治と信仰を巡る極めて深刻な対立の一つとって火種が燻り始めているものであった。
「聖堂国教会の内部分裂、ですか……」
「はっ、どうだかな。だが警戒はして然るべきなのは確かだ。お嬢が何を求めるにせよ、な」
アイゼンヒル・ゲルンシュタットが、主人を持つ辺境騎士でありながらにして、現在はロシュタルトという辺境も辺境に身を寄せている事もその懸念事項が関係している。
そうした意味で、主人に危害を及ぼす可能性の有る人間を手あたり次第に正面から確認して見せるアイゼンヒルの手法は決して間違ってはいないものであった。
(しかし、少々乱雑すぎますがね……)
アイゼンヒルのやり方は、あくまでも自分の手に負える実力を持つ者に対してのみ有効であるのだが、それをアイゼンヒルは顧みずに行っている節があり、ところ構わず槍を振るうとなれば、それは厄介な物種とも言えた。
「……案外もっと外の手合かも知れませんよ?」
アイゼンヒルは私の邪推を鼻で笑って見せる。
「それなら、大森林に潜む魔族か? はっ、与太話も良いところだな、あの森に生息する魔獣は確かに強い。ブラッドウルブズやグロウベア、キラーワームと言ったB級、A級クラスの魔獣の群生地帯それ故に過去より踏破者が極めて少ないが、四百年前の話だぜ?」
私とて、そのような物語に出てくる魔族の存在を本気で危惧しているわけでは無い。しかし、ロシュタルトはあくまでも魔大陸とスペリオーラ大陸の結節点であり、いつ何時、そうした手合いが紛れ込んだとしてもおかしくはないというだけの事であった。
「ふふ、しかし大森林の調査が進んでいない事は事実。人類が四百年に渡って足踏みしている間に何が起こっているかは何一つとして理解が進んでいないのですよ?」
「まあ、そうだろうよ。戒律に従い、従順に暮らしていりゃあ、態々危険を冒して大森林へ赴こうとする奴らはいないだろうからな。だが、過去にはクライムモア連邦には魔石鉱山として栄えていたのは事実。俺も地図上に気視された魔石採掘の為に作られた坑道に繋がる道の数々を確認しているしな……。しっかし、折角の宝の山が目の前にあるにも関わらず、誰も手出しをしようとしないのは、所詮は未だに魔族の脅威に震え、目の前の宝に手を伸ばす事が出来ない人間共のしみったれた被害妄想だろうよ」
「人魔大戦から優に数百年、過去の王侯貴族は一度たりとも大森林を越えようとはしなかった。魔族との盟約を守ることで自分たちの身を守るために。ですが、我々は連綿と続く営みの中で技を磨き、力を手に入れてきたと言うのに、いつになればその恐怖を払拭出来るのでしょうね」
「ははは、負け続けたままでは何も変わらねえよ。だが、勝てばいいのさ、そうさ、勝てば誰しもその考えを変えるってもんさ」
私はアイゼンヒルの言葉に思わず得心がいってしまった。
「……単純ですが案外そう言うものかも知れませんね」
「勝利ってのは人の考えを容易く変える。俺たちが騎士や魔術師として存在し得るのもそう言う事だろうよ……。そろそろ言葉遊びは止めにして本題に入るとしようぜ。俺達にとって重要な事は目先の危険だろうがよ。それで、あいつらをどうするつもりだ? 辺境騎士と魔術師共で寄ってたかって拷問にでも掛けるか?」
「ふふ、まったく……。まあいいでしょう、確かに少し話が逸れました。拷問等、そんな事したところで誓約魔法術式が行使されていれば意味が無い事ぐらいあなたであれば十分に理解できるでしょうに……。『白銀』の扱いですが、私としては敢えて御令嬢の護衛を任せようかと思います」
「あ? 奴らにルーネリア嬢の護衛を? はっはっは、俺に監視の役割を持たせる腹積もりかよ。そりゃ、ただの子守だぜ」
「他に聞こえると後で障りますよ。ラクロアとルーネリア嬢は同年齢でしょうから旅の良い話役になるでしょう。第一、これは貴方にとっても主君の意志に基づいた、理に適った状況でしょう」
「……俺としては未だに半信半疑ではあるがな。とは言え、俺はあくまでもルーネリア嬢を護る騎士であればいい。それ以上でも以下でもない。必要な事を必要なだけ実行するまでだ」
アイゼンヒルは冷徹な眼差しで私を見据えていた。お前であっても裏があれば確実に殺して見せる、そんな底冷えするような言葉を目で語って見せている。
「全く、人の信頼を得るのは難しいものですね。私に裏はないですし、何より女性の我儘とその身を守るのは常に騎士の仕事でしょう? 私は引き続きロシュタルトで他愛も無い日々を過ごさせて頂きますよ」
「はっ、言いやがるぜ。まあ、俺もこんなクソ詰まらねえ辺境よりは中央の方がよっぽどマシだからな。いいぜ、お前に良い様に使われてやるよ」
アイゼンヒルは其の場で決めたとばかりに私の提案に対して承諾を見せた。そう、何れにせよ、ルーネリア・サンデルスの身柄をいつまでもロシュタルトに置くわけには行かない事もアイゼンヒルは理解していた。聖堂国教会における聖女として彼女は何れ担ぎ出される運命にあるのだから。
「では、明日の政庁舎にて、ルーネリア様と『白銀』のメンバーを引き合わせましょう。移動の為の業者は既に選定済みですから、ご心配なく。明日はくれぐれも彼等に突っ掛からないようにお願いしますね」
「何、暫く同行するのであればいつでも機会はあるだろうからな。明日ぐらいは静かにしておいてやるさ」
「全く、貴方と言う人は……」
明日以降、『白銀』の身に降りかかる不幸を思い、私は彼等の行く末に幸多く有らんよう、ささやかながらに心の中で祈りを捧げる事とした。