龍を殺した者達 その5『辺境騎士』
「ラクロア様、アルベルト・ランカスターとは何者なのです?」
三人と共に冒険者管理組合を後にし、宿屋へと戻る道すがらにスオウが私へと質問を寄越した。
確かに彼等に対して説明をした記憶は無く、どうしてその名前が出て来たのか疑問を持つのは当然と言えばその通りであった。
「正直なところ、僕もアルベルト・ランカスター本人との面識は無いんだ。ただ、僕の師匠筋の人がどうやら知り合いらしくてね。王都の状況を知るのであれば、彼を訪ねるのが良いとの事だったんだけれど、そもそも何処に住んでいるか何て知らないからね。ただ、高名な剣匠であれば彼が卸す武具について商工会議所が一枚噛んでいてもおかしくは無いと思って、ザンクに依頼してみたんだ。まあ、どちらかと言うと重要なのはザンクに恩を感じてもらうところにあるのだけれどね」
「それにしてもあのザンクという男にそれほどの気骨が有るのかねえ?」
ミチクサは大枚をはたいて雇い入れた形となったザンクに対して彼なりに思うところがあるようだった。
「この砦に見知った人間なんていない中で得た縁なわけで、僕としては大事にしたいと思っているんだ。旅は道連れとか言う言葉があるだろう? まあ、正直なところ僕自身も慣れない中での交渉は苦手でね。スペリオーラ大陸における市場と相場を理解している人間がいれば、それなりに有益と判断した迄だよ」
「確かにその点については俺達はさっぱり分からないですからねえ」
ミチクサは自身もその手の情報については分からないと納得を見せた。
「ただの行商としてだけで無く、仲間として引き入れ、深い交流が出来れば手に入る情報もより一層深まると言うことですか……なるほど、ラクロア様は随分とその辺りの筋道を考えられているようですね」
スオウも私の説明で理解したようで、私を褒めそやしたが、実際のところ、私にとっては他に手が無いだけであり、ザンクとの出会いは極めて幸運であると言えた。
「情報が何もない中で無闇に行動をするのが嫌なだけさ。現に冒険者になったとしても中級冒険者未満の一般市民は王都の城下町にすら入れないなんて事知りもしなかったわけだしね。落とし穴が無いか、先ずは堅実な情報集めが重要と言う事を思い知ったのさ」
「なるほど、ラクロア様の行動にはそうした理由があったのか……。勉強になる」
これまで無言だったザイも得心したようで何度もなるほど、と呟いていた。
三人との会話を楽しみながら人通りの多い商業地区の大通りを抜けようとした時に、不意に辺境騎士達の駐屯所となっている中央塔から此方を睨めつけるような強い視線を私は感じ取っていた。
「みんな、少し下がれるかい?」
私は其方へ振り向くよりも早く反射的に魔法障壁を展開させた。
その刹那、高速で塔の壁面から飛び出した人影を魔力感知に捉え私は全身に魔力を巡らせていた。
数舜後には殺到する魔力的な圧力の塊と共に、魔法障壁へと極めて硬質な物質が衝突し、耳を劈くような破裂音が周囲に響く。
私が其方に振り返ると、獰猛を体現したような圧力を身に纏い、魔力を帯びた軽装の防具と、身の丈を超える魔槍を構えた男が数メートル先で何事も無かったかのように構えを取り直す姿が見えた。
その状況を見た私以外の三人は、一瞬何が起こったかを理解できずに硬直すると共に、一呼吸を置いた後に私が急襲を受けたのだとようやく気が付き、戦闘態勢に入り始めた。
「なるほど、変異種のエルドノックスを殺ったのは魔術師の坊主、テメエだな。俺の魔槍の一撃を受けて全く身動ぎもしない胆力、確かに準上級者クラスの実力と評価されてもおかしくはねえか」
短髪に揃えられた金色の髪に、鋭い目つき、頬に刻み込まれた目元まで伸びる深い傷痕が印象的な人物であった。二十代前半若しくは半ばという印象であるが、帯びる魔力の質は極めて練り込まれており、身体操作における魔力効率も流麗と評価するに十分な練度を誇っていた。
「不意打ちとは頂けませんね」
スオウがこの襲撃者に対して魔力を練り込みながら撃退の構えを見せると、男はその言葉を一笑に伏した。
「はっ、雑魚が口を挟むんじゃねえよ。こちとら丁寧に襲う前に殺気をくれてやったんだ、気付かない時点でテメエらは敵にすらならねえ」
男は真っ直ぐに私を見つめ、明確に私一人を敵として認識しているとばかりに殺気を露わにしながら高らかに名乗りを上げた。
「俺は辺境騎士が一人、アイゼンヒル・ゲルンシュタット。白銀の魔術師よ、推して参る!」
アイゼンヒルと名乗った騎士の体内で高まる魔力、そして全身を駆け巡る魔力によって身体能力が著しく上昇する様が見て取れ私もまた臨戦態勢へと移行する。
私のやる気を見てか、アイゼンヒルは騎士という高潔さを印象付ける言葉とはかけ離れた、愉悦感とすら表現できそうな獣染みた笑みを浮かべ始めた。
「ふむん、辺境騎士がどうして僕に襲撃を? 理由が見えないし、出来るならここで止めて欲しいのだけれど?」
「はっ、強者が目の前に居て立ち合いを求めない理由が無い。こんなクソ辺境で出会えた幸運に感謝するぜ!」
アイゼンヒルは身に宿る魔力を漲らせ、今にも放たれんとする弦のようであった。正面からの突破を明らかに意識した前傾姿勢に私は辟易しつつ、張り巡らせた魔力障壁の維持に努めた。
「辺境騎士とは余程退屈な仕事と見えるね……。皆もう少し離れていて貰えるかな? 僕としても巻き添えを出すのは本望じゃあないからね」
私が視線を切った刹那、アイゼンヒルは再度私に対し突貫し、張り巡らせられた魔力障壁と正面から魔槍をぶつけ合った。私の魔法障壁に一切の淀みは無く、繰り出される一撃一撃を淡々と、しかし確実に凌ぎ続けていた。
一撃、二撃、三撃、超高速で繰り出される槍撃の嵐を私は見遣りながら落とし所を探していた。繰り出される下段、中段、横払いからフェイントを入れてから放たれる一際魔力が籠った渾身の一撃を偏差的に放つ試みの数々。
魔力操作による身体強化によってアイゼンヒルの動きは人間の動きを容易く凌駕しており、否応なく周囲の人々の目が集まり始め、騒めきが私の耳にまで届き始めていた。
その頃には私はアイゼンヒルの繰り出す攻撃のその全てを魔力障壁によっていなしつつ、徐々に彼の動きを見切り始めていた。
「はっ、ありえねえ! なんつう魔力障壁の厚さだよ。はっはっは、てめえ本当に人間か? だがなあ、根比べなら負けねえがなあ!」
この状態を拮抗していると読んだアイゼンヒルは身体強化に用いる魔力量を増やし、更にその動きを加速させた。
止むことの無い練撃の狭間に聞いた声を私は無視しつつ、一方で中央塔から突如として現れた第三者へと意識を移した。
「そこまでです、ゲルンシュタット。貴方の行いは辺境騎士としての役割から著しく外れています」
新たに現れたのは、金髪を靡かせる、女性とも見紛う程整った顔立ちをした男であった。その顔立ちに相応しい美しい刺繍が刻まれた白いローブに身を包んでいた。魔術師は既にある程度まで構築を行っていたであろう魔法術式を数秒の合間に完全構築し終えた途端、先ほどまで俊敏な動きを見せていたアイゼンヒルが突如として動きを止めた。
「クソったれが! 止めるんじゃねえ、良いとこなんだからよ!」
男はアイゼンヒルの言葉に溜息をつきつつも、その行動について非難をした。
「貴方は分別がなさ過ぎる。相手が彼で無ければ今頃八裂きの死体が生まれていた頃合いでしょう」
「はっ! お高く止まった魔術師よりはよっぽど分別があるってもんだぜ」
減らず口を咎めるようにして男はアイゼンヒルの拘束を強め、これ以上戦闘を継続させないという強い意志を見せた。魔法術式の反応を辿ると、接地した足下からアイゼンヒルに対して魔力抗力が発生しており、対象の身動きの自由を奪う魔法の様であった。
「『白銀』の皆様、失礼致しました。私は国立魔術協会に属する辺境魔術師が一人、ガードランド・ヴァイスと申します。我々の騎士の一人が失礼致しました」
美しい動作でガードランドは非礼を詫びた姿は、何処か泥臭い冒険者と比べ人間としての格が違うような印象を植え付けられる。貴族とは斯くあるべきとでも言うような美麗さであった。
「そうですね。何らか釈明は欲しいところですが今は良いとしましょう。僕達としても辺境騎士と併せて魔術師殿と事を構える気は有りません。折角中級冒険者となったのが転じていきなり手配犯となる、なんて言うのは望んでいませんからね」
「それは何よりです。我々としてもそうして頂けると大変助かります。それでは日を改めて我々の非礼についてお詫びをさせて頂ければ幸いです。明日の昼にでも、改めて政庁舎へいらして下さい。受付に話は通しておきますので」
結局出向くのは私達なのかと、やや複雑な気持ちにはなるが、聞くところによれば騎士や魔術師は基本的には貴族階級であり、私の様に家の名前を持たない者は彼らにとっては赴くに値しないという事なのだろう。
「承知しました。それでは、また明日という事で」
私の言葉に頷くと、それではと、ガーランドはアイゼンヒルを連れて足早にそのまま塔の中へと姿を消した。突然の襲撃に驚きはしたものの、何事も無かったとして処理するのが一番賢い選択であったと納得する事とした。
「あの金髪野郎、一体全体何様だってんだ」
ミチクサは不満げに悪態を吐くと、それにザイも同意を見せた。
「騎士にあの様な野蛮な者がいるとはな」
「ただ、技量としては凄まじいものでしたね」
スオウはアイゼンヒルの動きから何か感じ入るものがあったようで、彼の動きを反芻している様であった。
「しかし、要領を得ないね。まあ、僕達の動きが単純に目についたと言ったところだろうけれど、辺境騎士が突如として出てくるとは、少し動き方が性急過ぎたかな……気を付けないといけないみたいだね……。ふむ、しかし、思ったよりも注目を集めてしまったかな。見世物にしては見どころは無かったように思うけれど」
私の発言に対して、三人は少し何か言いたげな奇妙な目で私を眺めた後、気にしても仕方が無いという風に溜息をつき、宿屋へと向かって再び歩き出した。