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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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龍を殺した者達 その3『国教会と聖女』

 

 私が図書館で得た情報と己の知識の齟齬を咀嚼しながら理解し続ける事数時間。人の息遣いのみが聞こえる静かな空間で私は、図書館の中でも、通常の書物とは別に区画化された空間を見つけ、おもむろに中に入った。そして、安置されていた本の背表紙を眺め、顔を顰めた。


 それはスペリオーラ大陸における一般的に布教されている宗教に纏わる書物であった。


 聖イグザリオと人物の名が刻まれており、その所属と思われる聖堂国教会の名が同様に記されていた。


(なるほど、確かにある筈とは思っていたが……)


 書物を手に取り、内容に目を走らせる。内容は四百年前起こった人魔大戦を基にした教訓を並べ、一部には明確な国教会としての戒律を定める記載があった。


 そしてそれはこのこの書物が、一般的には信仰における聖典の役割を持つという事であり、この書物が区画分けされて置かれている事も相まって、私としてもそのことは容易に理解出来た。


 トリポリ村において何等か信仰に纏わる話を聞く事は無かった。それが、魔王と言う存在の手前、信仰を持つ事に問題が有るからなのか、それとも、そもそも信仰の内容そのものに何等か問題があるものであるか、そのどちらかの可能性を私は想定していた。


 何が出てくるのかと身構えつつ、更に中身を読み進めるが極めて一般的な内容を網羅した、普遍的な内容のように思われた。


『隣人を愛し、家族を大切にし、日々の生活を満ち足りた物とする為の努力を惜しむこと勿れ』


 といったような、日常的な生活規範、心構え、そうした教説が様々に羅列されており、生活の一部として人々に浸透していると考えると、私自身も良く知る宗教的な側面を十分に感じ取る事が出来た。


 こんな物かと拍子抜けした気分になりながら、念のためと最終頁まで斜め読みに進めると『魔族』と章題が付いたほんの一頁に満たない中に現れた一説を見た時、その文言は私の背中を寒からせしめた。


『魔を滅ぼすは人理なり』


 人理、という言葉に対して私は幾つか考えを巡らせたが、そこに確実な回答を得る事は出来なかった。人にとって魔族は滅ぼすべき存在として明確に定められているとするのであれば、人々の生活の根底にその根は深く張り巡らされているのではないだろうか。


 宗教、信仰、そうした枠組みは一定の社会的構造基盤を作り出す為の、ある種の道具として捉える事が出来る。そしてその効果は世論の誘導という生易しい程度のものでは無く、()()()()()()()()()常識となる基本骨子に他ならない。


「魔族を滅ぼす為に作られた信仰、か……」


 ロシュタルトと言う、人族の世界の果て、そして魔族の支配する魔大陸への入り口、そこで出会った人々の顔を私は脳裏に思い浮かべる。


 お互いが人と人同士として言葉を交わし、理解を深めようと歩み寄る、その間柄に違和感は存在しない。


 しかし、根本的に世界は私にとって、そしてまたトリポリ村の人々にとって彼等は敵である。敵であるという意味は偏に、立場を裏返した先に有る対立構造そのものであった。


(『詰んでいる』とは、そういう意味も含めてか、バニパルス……)


 魔族と共に生きると決めた人族に対して、魔族を滅ぼすと決めた人族の存在を直に感じ取った事は、私にとってこれまでにない危機感を植え付ける物であった。




 

 図書館から離れ、私は市街を確認がてらに散策していると、その道すがら、他の建物と比べ古めかしく、白い石材と色入りの硝子窓が印象的な教会を目にした。


 そこは、聖堂国教会のロシュタルトにおける支部として昔に建設された物のようであった。

 教会内部への礼拝の為に、木造でありながら金細工で意匠を凝らした重厚な扉は既に開かれており、来るもの拒まずと言った体を見せていた。


 誘われるように内部に入ると、先ず天上の高さに目が奪われる。アーチ型に作られたアーケードは奥行きの演出の為に白く磨かれた石柱が等間隔に配置されており、その奥には大きく円形に開かれた祭壇が有り、礼拝の為の長椅子が幾つも設置されていた。


 その先には祈りを捧ぐ聖女と、剣を携える男の姿が象られた巨大な石像が祭られていた。


 石像の背後には教会を現す八角形の車輪のような文様が壁に刻まれており、その部分が透かし彫りとなっていた。そして、それは製作者の意図通り、見事に陽光を教会内に取り込み、石造に対して陽光が降り注ぎ神秘的な印象を抱かせるに十分な程に荘厳さを醸し出させていた。

 私はそこで祭られている石像が七英雄の一人を象る物である事を私は聖典の内容から理解を得ていた。


 『神』、では無く、祭られている者が『人』である事にも何か意味があるのかと考えはするが、私に答えが出せる訳でもなく、半ば観光客のように内部を見て回る気概で私は其の場に佇んでいた。


 祭壇には説教用と見られる講壇が設えられ、その先は立ち入り禁止とされるように柵が設けられていた。内装に目を向けていた為に視線が殆ど上部に向いていた事も有り、即座には気づかなかったが、柵を乗り越えた先で、石像の前で両膝を突き、祈りを捧げる人物の姿が見て取れた。


「聖女……」


 その姿は、正しく祈りを捧ぐ聖女のそれであった。陽光に彼女もまた照らし出され、周りから浮かびあがった彼女の様子は、まるで世界が彼女の存在を誇示しているかのようであった。


 私の呟きに、祈りを捧げていた彼女は、はっ、と振り返り私を見た。陽光に輝く美しい茶色の髪、目鼻がくっきりとした顔立ちであり、歳は恐らく私と同じく十代も前半といったところという印象を受けた。

 気品のある白を基調としたドレスに近い衣服を身に纏い、まるで彼女が何等か天から遣わされた使途であるかのような印象をすら抱かせる。


「白銀の魔術師……貴方が、そうでしたか……」


 彼女はそのはっきりとした二重の瞼を開きは私を見つめていた。『白銀の魔術師』という言葉を私は聞き逃さなかった。彼女も私達の龍殺しを誰かから見知ったのだろうと思ったが、しかし、彼女の瞳に宿る物は好奇では無く、警戒と強い意志であった。


「どこかで、お会いした事がありましたか?」


 その意味を私は理解しあぐねながら、彼女の言葉の意味を探ろうと声を掛けた。


「いいえ。未だ私は貴方を知りません。ですが、また直ぐにお会いできるとは思いますよ」


 彼女は意味深な言葉を私に返すと、祭壇から優雅な足取りで離れると共に、国教会の司祭専用の個室へと向かい、そのままこちらを一瞥もする事なく姿を消した。


 私はそこで何か違和感を彼女から感じ取っていた。彼女の放つ微細な魔力に何かが混じっているかのような不思議な感覚であった。それが何なのか、私は考えをめぐらせつつ、再び石像へと視線を戻し今の出来事を反芻する他なかった。



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