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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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ロシュタルト侵入 その14『夜空を見上げて我思う』


 私が特異体を始末した後、加勢をしてくれたアッシュは別個体のエルドノックスを討伐するや否や、休憩も程々に足早にこの場を離れようとしていた。


「管理組合への報告義務がある。俺達は先に砦へ帰らせて貰うぞ。砦に戻った際にはお前とも別席を設けて話をさせてもらいたい、あんたも俺に対して聞きたい事があるだろうからな」


 とだけアッシュは言い残し、監視者として私達を見張っていた他の者達と共に、彼自身が討伐して見せたエルドノックスの亡骸を連れて、踵を返しその場を後にした。


 私は呆気にとられつつも、その彼の潔さに清々しさを感じていた。


「冒険者稼業、ね……」


 私は独り言ちながら、どことなく今回の成果に対して満足感を覚えていた。それは別に命のやり取りを楽しんでいたという訳ではない。


 この感覚は一人の冒険者として魔獣を討伐し、成果を出す、その行為に対する充足感であったように思う。


 ミチクサ、スオウ、ザイという三人の成長を促しながら、王都へとたどり着くために中級冒険者としての身分を得ると言う最中、魔獣討伐は勿論その目的を果たす為の手段にしか過ぎない。


 しかし、それが唯の目的を果たす為の手段にとどまらず、私個人としての冒険者と言う生業における視野を広げる事に繋がっているように感じ、何故かそこに不思議な感覚を抱いていた。


(ひょっとしたら、そこに楽しさを見出しているのかもしれないな)


 空は夕暮れから徐々に薄暗さが増し始め、空が藍色に変わり始めていた。


 周辺を魔力感知で探るが、エルドノックスの亡骸が転がる台地に近付く生物はおらず、天然の魔獣除けとして機能しているようであった。


 台地の上で火を起こし、私は満身創痍の三人を見守りながら食事の用意を始める事とした。


 三人の様子を見るに、それぞれ既に呼吸は落ち着いており、消耗が最も激しいミチクサも、今ではすやすやと寝息を立てている。


(今回の戦いを通して彼等にとって何等か収穫が得られると良いのだが)


 等と思いながら、私は霧の晴れた台地で、ゆっくりと夜空を眺める事とした。



 目を開けると、空は暗く、既に星が瞬く夜闇に覆われていた。


 大森林から見る空とは違い、何処までも広がる星の海がそこにはあった。嘗て母親が枕元で語ってくれた言い伝えでは、星々は全て魔石の光であり、魔力が尽きると消えてしまうとの事であったが、それが本当であるか否かを知る術を私は持ち合わせていなかった。


 満身創痍の果てに、あの巨大な魔獣の目の前で力尽きた私が未だに生きていると言う事は、最後にザイが放った一撃が効果があったのか……いや、恐らくはラクロア様が始末を付けたに違いなかった。


 それが事実を知らずとも分かる程に私達は、あのエルドノックスと呼ばれる魔獣に圧倒されていたと言って過言では無かった。


「スオウ、起きたか」


 横にはザイが胡座をかきながら座っており、まんじりともせずに今の私と同じように星を眺めていた。


「無事でしたか」


「ああ。ラクロア様のお陰だ」


 やはりそうか、と私は未だ消耗激しい小刻みに震える手に喝を入れ、拳を握った。


「スオウ。俺達は弱いな」


「ええ、どうしようもなく弱いですね」


 諦観では無く、それは私達が居る場所に対する正しい認識であった。


 そうだとしても悔しさが溢れ出し、奥歯を噛み締めながら私は大声を上げて喚き散らしたくなるような底無しの無力感を抑え込もうと必死であった。


 悔しい、ただ悔しかった。強くなったと思っていた自分が何も出来ぬまま魔獣に蹂躙されたという事実がどうしようもなく突き付けられていた。


「だが、強くはなり始めている」


 私は横目でザイを見ると、その表情は私のものとは異なり、先を見据えた覚悟を持った表情のように見えた。


「俺達は強くなれる。今は未だラクロア様に遠く及ばずとも、必ずだ」


「そうですね。強くなりましょう、あの方の強さに少しでも近づけるように」


 私は再び空を見上げた。星々は何も語らない。けれど、その輝きがまるで私達の行末を祝福しているかの様に力強く、明滅を繰り返していた。


「ところで、ミチクサはどうしてます? 彼が一番重症なのでは?」


 それに対して、ザイは気難しそうに顔を顰めながら答えた。


「向こうで剣を振っている。魔力操作を絶対に覚えると息巻いていたな」


 その言葉を聞いたときには、私もザイと同じような微妙な表情を浮かべざるを得なかった。


「ミチクサらしい体力をしていますね。ただ、そうすると私もこうしてはいられませんね」


 身体を起こすと、少し遠くでラクロア様が火を焚いて夕食の支度をして下さっているのが見えた。


「どうやらエルドノックスの影響でコモドカナドールは近寄って来ないようだ」


 火を焚くことでコモドカナドールが嗅ぎつけてくる心配があったが、ザイは私のその心配を先読みして、巨大なエルドノックスの亡骸が放つ魔力が魔獣除けとして機能している事を教えてくれた。


「二人とも、体調に問題は無いかい?」


 ラクロア様は私が起きた事に気がついたのか、用意の出来た食事を運んできてくださった。


 倒したエルドノックスの肉を焼いた物と、湿地帯に生える食用の植物を幾つか見繕い塩で味付けを加えたスープに、携行用の黒パンという、殆どが現地調達での食材であったが味付けもしっかりしており、疲労が溜まった冷えた身体に暖かさを取り入れるには十分な食事であった。


「二人とも今日はお疲れ様。エルドノックスを無事に討伐できて良かったよ」


 ラクロア様は何も言わずに支度を済ませていた食事を私達に振る舞ってくれた。

 

 その優しさは今の私には少し痛い。


「いつか、私達だけで討伐できるようになるでしょうか?」


 ラクロア様から受けったら食事を口に運びながら、気が付くと私はそんな質問を投げ掛けていた。


 それを聞いたラクロア様はその言葉に対して静かな口調でありながら、確かに力強く私の質問に答えて下さった。


「そう遠くない将来には出来るようになるさ。適切な魔力操作、効率的な運用、そして魔力量の底上げによって戦闘継続時間を伸ばす事が出来れば、今と比べて単純にやれる事が増える。三人なら大丈夫さ」


 ラクロア様は笑ってそう言った。それは言葉程に容易い道のりではない事を私達は分かっていたが、今はただそれを信じて進むしかない事も分かっていた。


 この先の旅路で私達がその結果を見せるその時が来ることを、今は心に誓う他に何も出来ずにいた。


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