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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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ロシュタルト侵入 その13『エルドノックス討伐 -Ⅲ』

 

 団員である、マクーダとランスからの連絡を受け、俺はすぐさま、『白銀』がエルドノックスと相見える湿地帯へと急行した。


 俺はあの魔術師に感じた嫌な予感――何か不吉を呼び寄せるような直感――を払拭出来ず、今回の監視は俺自身も直接行う事としていたのが功を奏したと言えた。


 この不吉さは嘗て死の淵で()と相対した時に覚えた、どうしようもない暴力に対して、自らの生命を握られる感覚に似ていた。


 どうしてそれを唯の下級冒険者、それも幼い魔術師に抱いたのか……それは冒険者としての経験からの直感か、それとも生物的な恐怖を彼に対していだいていたからなのか、この監視を決めてからも俺には判断が付かずにいた。


 しかし、抱いていたこの拭い去れない不吉な予感は、ここに来て見事なまでに的中したと言える。


「エルドノックスッ!! 通常の個体じゃねえ、あれは、特異体だ!!」


 『白銀』が遭遇したエルドノックスは、通常の個体では無く、その王とでも言うべき破格の存在であった。


 岩石のように隆起したその甲殻は分厚く、天を突くように伸びた一本角からは、並み並みならぬ魔力が周囲を威圧するかのように漏れ出ている。


 質量の暴力、その威容に相応しい威圧感を撒き散らしながら、エルドノックスは三人の戦士を翻弄し、彼等が一矢報いるのも束の間、その巨体に似合わぬ俊敏さを以て三人を瞬く間に壊滅させた。


 エルドノックスは最後に残った魔術師を睨みながら特大の咆哮を上げる。残響が凄まじい音の壁となって強かに身体を貫いた。


 一瞬にして血液から温度が奪われるような悪寒が全身を駆け巡り、気が付けば俺は底抜けに身体を震わせている。


(奴は、嘗て俺達を死の淵に陥れた個体と存在を同じにする変異体、だめだ、奴と正面からやり合えば確実に死ぬ事になる)


「白銀!!仲間を連れて逃げろ!!そいつは通常のエルドノックスじゃねえ!! その変異種は――なッッ!?」


 あの白銀の魔術師は俺の声を聴くや否や、超広範囲の魔力感知術式を発動させた。それは、音速を超える速さで周囲数百メートルを範囲対象に巻き込む、恐ろしいほどの魔力を伴った術式であった。


『なるほど『変異種』とは言った物ですね……私の仲間、三人の保護をお願いできますか? ()()()()は私が処理します』


 近距離通信魔法によって残された『白銀』の魔術師から連絡が入り、俺は耳を疑った。しかし、彼の身体に満ちる静謐な魔力、そして絶対的な自信に満ち溢れた背中を見た時、俺の心は何故か落ち着きを取り戻していた。


「アッシュさん、不味いですよ。砦に戻って管理組合に応援を頼むべきです!」


 団員の一人である、グレイが俺に指示を仰ぐ。グレイの言う事は正しい、間違いなく他の冒険者、場合によっては辺境騎士、魔術師の応援を要請するべき状況に違いない。だが、ここで去来する衝動が俺の身体をこの場から離脱する事を赦さずにいた。ここで彼等を見捨てたとすれば、俺はあの時と何も変わらないままではないのか。そんな思いが、内在する魔力を操り、身体強化へと行動を紡ぎ出す。


「グレイ、お前は砦に戻り団員及び、管理組合に報告を上げろ。俺は『白銀』と共闘し時間を稼ぐ」


 何の為に血反吐を吐きながら修練を積み重ね、準上級冒険者にまでなったと言うのか。何故このような辺境を根城にしたのか。


 それは、偏に龍種を殺す為ではなかったのか。


 俺はあの時の屈辱と怒り、涙を忘れない。家を、友を、村を、生きる全てを奪った龍種をこの世から消し去るまで俺は退くことは出来ない。そう心に誓ったのではなかったのか。


 身体が叫び出す、行けと、戦って勝ってみせろと。目の前の下級冒険者を救えずしてどうして、それをやり遂げられると言うのか。


 ここが、己の真価を発揮する時に他ならない。


 それ故に、俺は死地へと足を踏み入れた。



 エルドノックスの突撃を魔法障壁によって一度阻害すると共に、ミチクサ、スオウ、ザイに対し、継続して魔法障壁をによる防御を施し、変異種と呼ばれたエルドノックスと対峙する。


 エルドノックスは私を繁々と観察するように、焦らす様に、その巨体の中で魔力を練り込みながら私を見据えていた。


 奴が動きを見せない理由は単純明快であった。この個体が従えている別のエルドノックス数体がこちらへ向けて高速で移動をしている事を魔力感知が捉えており、間もなく一頭目がこの場へとたどり着く。この変異種はそれを待っているのだ。


 私の後方からは、私達を見張っていたアッシュと呼ばれた冒険者が単身で剣を引き抜き参戦する構えを見せている。彼に三人を任せる前に、高速で接近し、明確にミチクサの方へと接近を始めている特異体と比べ一回りは小さい別個体を先ずは処理する必要が有りそうであった。


 ミチクサと共に吹き飛ばされ、地面に突き刺さった大剣を引き抜き、肩に担ぐ。そして、間髪を入れずに一足飛びにミチクサを餌とばかりに嚙み殺そうとする別個体のエルドノックスへと身体強化の速度を以て接近を試みる。


 数秒も掛からずにこの魔獣を真正面から見据えると共に、魔力を大剣に注ぎ込みながら全身を捻転させながら横薙ぎに振るい、顎から上を一撃で吹き飛ばす事で行動の余地を奪い去った。


 すれ違いざまにミチクサを回収し、私は魔力感知によって特異体に魔力集中を感じるや否や、すぐさま特異体へと意識を向けると共に横っ飛びに回避を試みる。


 視界の先には、顎を悠然と開き、その口腔に魔力を漲らせ、明らかに私へと狙いを定めていた魔力の一閃が今にも放たれようとしていた。


(なるほど、武器強化と同じ原理を用いて、魔力をこいつらも使用すると言う事か)


 エルドノックスが僅かな時間差で放ったのは、()であった。それは、エルドノックスが体内に取り込んだ水を、魔力を伴って超高速且つ高圧で放射する事で水刃と化す破壊の一撃であった。


 目にもとまらぬ速度で放たれた水刃の一閃は草葉を刈るかのように容易に地面を抉り、岩場を切り裂く威力を誇っていた。


 その殺傷能力は言うまでもなく、仮に直撃を食えば、魔法防御を持たないものであれば紙屑のように一瞬にして切り裂かれ、絶命するのは間違い無かった。


 しかし、魔力感知によって攻撃が見切れる以上、私がその直撃を受ける事など有り得ない。


『そちらに倒れている弓矢と双剣を持つ者の保護を頼みます。そしてもう一つ、二十秒もすればエルドノックスの別個体がこの場へ到着しますのでそちらもお願いできますか? 私はそれまでにこの特異体を駆除します』


『いいだろう、もう一頭は俺に任せろ。特異体でなければ俺一人でも十分に殺しきれる。それまで耐えられるか?』


『勿論です』


 ミチクサを戦闘の邪魔にならないよう、私の後方へと即興の風魔法を用いて移動させつつ、私は特異体に対して睨みを効かせる。


 この巨躯を誇るエルドノックスからしてみれば、こちら等は唯の羽虫やそれこそ彼等の餌であるコモドカナドール程度にしか映ってはいないのだろう。だが、魔獣の中でも最上位種である龍種であろうとも、私の魔法障壁を破るのは容易ではない。


「先ずは力比べといこうか」


 もう一体のエルドノックスが到着するのを待とうとする特異体に対して、私は突貫を開始する。


 ミチクサの大剣を担ぎ直し、一気に距離を詰めようとするが、エルドノックスはその巨大な尾を鋭く振るい私を牽制し距離を開こうと試みる。


 巨大な質量から繰り出される凄まじい風圧と、擦れただけで抉れる地面の様から、その威力は容易に推し量れる。


 しかし、私はその攻撃を意に介さずに突き進む。幾度と無く迫る質量の暴力に対して、その動きを見切り、躱し、確実に距離を詰め、身体を回転させ膂力に任せる様に魔力を通した大剣の一撃を見舞う。


 轟ッ――――


 という硬質な物体がぶつかり合う衝撃音が響くと共に、火花と共にエルドノックスの尾が弾け飛ぶ。その勢いに押されエルドノックスの胴体が浮き上がり、たたらを踏みながら後退を見せた。


(もう一撃……ッ!!)


 私が止めの一撃を放つ構えを見せた矢先、特異体は既にその体内に魔力を滾らせ、先程とは比べ物にならない威力を予想させる水撃の準備を整えている事を察知した。


 私が魔法障壁に魔力を注ぎ込んだ矢先、その首を突如として私では無く、スオウとザイを護るアッシュへと向け始めた。


『不味い、そちらに照準が向いている』


(流石にこれは二人を逃がしながらの回避は間に合わないか)


 思考と共有、その僅かな逡巡の狭間。私が駆けだそうとした次の瞬間、すれ違うように高速で放たれた一本の矢が、特異体の肩口を貫き、エルドノックスの魔力集中が僅かに鈍くなる。


『こちとら、伊達に準上級冒険者やってねえよ。だが後は頼むぜ、白銀の魔術師!!』


 ザイが持っていた弓を用いてアッシュは的確に特異体の行動を阻害して見せた。私はそのその意図を瞬時に理解し、身体強化と共に今にも放たれんとする水刃の射線へと強引に身体をねじ込んでみせた。

 

 その直後、超圧縮され放たれた水刃の圧倒的な質量と衝撃を、寸でのところで私は魔法障壁によって受け止める事に成功した。

 

 魔力障壁に阻まれ、四方へと拡散された水刃は容赦なく地面を穿ち、周囲を切り刻み続ける。その威力に魔法障壁は問題なく持ちこたえるものの、じりじりと足場が崩され、徐々に後退を余儀なくされていた。


『白銀、俺も新たなエルドノックを視認した。まだ凌げるか? こっちが済み次第加勢するぜ』


『ええ、問題ありません。次で終わらせます』


『ったく、とんだ魔術師だな……だが、この龍殺し、お前に任せるぞ』


 アッシュは私の無事を確認すると共に、にやりと笑みを浮かべながら私に発破を掛ける。彼は私の返事を聞かぬうちに、長剣を握り締め直すと、正面に迫るエルドノックスの別個体へと突撃を敢行し始めた。


 エルドノックスが放った水刃の放出に耐える事十秒、特異体のエルドノックスは体内に蓄えた魔力の大部分を消費したようで、先ほどの俊敏さからは想像が出来ない程に動きは緩慢となり始めていた。


 後方では、アッシュが果敢に別個体のエルドノックスと切り結び、確実に手傷を与える様子が感じ取れ、私は特異体を仕留めるべく、魔法詠唱を開始した。


 ものの二秒に満たない時間、無詠唱にて構築された魔法術式は確実に生物に死を齎す断罪の爆炎となって顕現する。そして、放たれる時を今か今かと私の掌の中で待ちわびていた。


 慈悲は無く、欠片も容赦はない。我々はただ殺し、殺される。魔獣と人間は双方ともに互いの利益の為に命を奪い合うだけの関係でしかない。


「だが、お互い昂るものは確かに有ったな」


 かつて、魔石坑道で見た、美しいエルダードラゴンの姿を私は思い浮かべていた。あの威容とは比べるべくも無いが、それでもこの特異体と呼ばれたエルドノックスもまた龍種としての威厳を保った魔獣であった。


『フェルド・バースト』


 鋭い目つきをした、凶獣は瞬きすら許されない速度で放たれた、目の眩む爆発と共に静かにその命を刈り取られた。


 


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