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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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ロシュタルト侵入 その12『エルドノックス討伐 -Ⅱ』


 アッシュの命令通りに『白銀』の連中を監視しつつ、奴等が交流を持った者達を中心に片っ端から情報収集を試みたが、素性に精通している奴は見受けられなかった。


 管理組合の受付嬢のマルカや、行商のザンクから唯一出身地の情報を得る事は出来たが、これまでの経歴、足跡については一切が謎だった。 


 ともかく、先ずは現地調査と早馬でハンナバルルへと偵察の為の人員を送ったが、早くとも帰ってくるのは四日後と言ったところだろうか。


 そんな俺達の状況を気づいているのか、それともいないのか、何食わぬ顔で『白銀』の連中はそそくさと砦から出て、湿地帯と沼地へ向かって行った。


 マルカが話していた通りエルドノックスを討伐しに向かう様子であり、冒険者申請を行ったばかりの新人パーティーの行動としては常軌を逸していた。


(頭がいかれてんのかこいつら?)


 そんな正直な感想を抱いたのも束の間、奴らは数時間もしない内にエルドノックスの餌場と思われる明らかに不穏当な狩場を発見し、エルドノックスが活動を開始する時間までじっと身を潜め続けていた。


 彼等が身を潜めている間、俺達も同様にエルドノックスの出現を待ち続けていたが、内心は穏やかではなかった。


 本当にあの魔獣と交戦に入った場合、被害が此方にも及びかねない事もあり、俺とバディを組んでいたマクーダにどうするかと相談したが、任務をこなす、という極めて淡白な回答を得るだけであった。


 湿地帯で待機を初めて数時間の後、おどろおどろしい叫び声を発しながらエルドノックスは奴らの前に姿を現した。


 その岩石を思わせる巨体は明らかに通常のエルドノックスとは異なり、中級冒険者はおろか準上級冒険者さえも苦戦する特殊個体である事は間違いなかった。


「冗談だろ……本当に出やがった」


 マクーダがその出現に対して呆然とした様子で言葉を何とか紡いだ。俺も全く同じ意見であり、まずは安全確保含め、逃げる算段をつける必要があった。


「ありゃあ、やばいぜ。四人でやりあえるレベルの魔獣じゃない」


「俺達も手助けするべきか?」


「馬鹿言うな、犬死にしてえのか? あんなん逃げるのが定石だろうに」


 ここ最近、コモドカナドールが追いやられてロシュタルト砦の間近にまで出現するようになった理由がこの個体のせいである事を俺は直感的に感じ取り、今すぐにでもこの場を離れたかったが、『白銀』の連中はそうではなかった。


 覚悟を決めたと言わんばかりに、『白銀』の中でも前衛となる戦士三人が突出し、それを見守るように魔術師の少年が背後からそれを眺める形で本当に討伐を開始してしまった。


『全滅』の文字が脳裏に過るが「俺の知ったこっちゃあ無い」と、強く自分に言い聞かせ、全滅を確認した際には速やかに管理組合へと報告を上げる事を考え始める。


 一先ず、其の場で通信魔法術式を刻んだ魔石を用いて別の場で待機を行うアッシュへと状況を報告する事とした。




 私は三人の顔を魔力感知で後方から確認すると、三人共に緊張感はあるが既に覚悟の決まった表情を見せ、静かな呼吸と共に各々が武器を構え眼前に迫る巨躯を見据えていた。


 エルドノックスはその縦長に見開かれた黄土色の瞳で三人を見遣り、完全にそれぞれを敵として認識した様子であった。


 エルドノックスはおもむろに後ろ足と尻尾で身体を支えて上体を逸らす様に身体を持ち上げると、人を容易く丸呑み出来そうな口を開くような姿勢を見せた。


 その大きな顎が、かぱっ、と開くと同時に耳をつんざく様な金切り声を放ち、三人に対して明確な威嚇を放ち始める。


 先ず初めに動いたのはエルドノックの背後に位置を取ったミチクサであった。


 ミチクサは鉄の塊と形容するのが正しいのか、太く鈍色に輝く鉄製の大剣を肩に担ぎ上げながら、魔力操作と共に地面を蹴り相対する巨躯の足元へと果敢に突貫した。


 ミチクサはすれ違いざまに、その勢いに任せてエルドノックスの甲殻に覆われた足の関節部分へと一撃を加えるが、その岩石のような硬質な表皮に弾かれ、剣線からも細かい火花が散るのが見えた。


 圧倒的な質量に対してミチクサは表情を歪めながら、その弾かれた衝撃に蹈鞴を踏んで動きが止まった。


 エルドノックスはそれを身逃さずに自由自在な動きを見せる尻尾を持ち上げ、鞭にように身体をしならせながら、その圧倒的な質量と膂力に任せてミチクサへ一撃を放った。


 その動きを目にしたミチクサは全力で魔力を自身の身体に張り巡らせ、数瞬後に迫る衝撃に備え武器の腹這いを盾に構えを見せた。


 ごりっ、という鈍く硬質な音が周囲に響くと同時に、暴力的な破壊力がその場で待ち構えていたミチクサに炸裂する。


 その直撃を受けたミチクサは一瞬たりともその場で耐える事は出来ず、衝撃もそのまま台地の外へと吹き飛ばされ、回転しながら放物線を描いて宙を舞い、岩盤が突出していた別の台地に強かに身体を打ち付け、漸く動きを止めた。


 ミチクサの魔力操作を見るに、確りと前面の防御は出来ていた様であったが、足元の強化が足らずに踏ん張りが効かず、質量に押し負ける形で容易に吹き飛ばされる格好となったようであった。

 

 ミチクサは苦悶の表情を見せつつも、よろよろと立ち上がる構えを見せていたが、見かけ以上に損耗が激しい様で、それ以上は身体を動かす事は叶わなず、糸が切れる様に意識を失っていた。


 エルドノックスは吹き飛ばしたミチクサには既に興味を無くした様で、気炎を吐くように再度鳴き声を上げ、今度はスオウを睨め付けた。


 スオウとザイは、エルドノックスがミチクサへ攻撃した際に弓矢による射撃を何度か試みていたが、矢尻は容易に外皮によって弾かれ、エルドノックスは引き続き全くの無傷であった。


 単純な武器による攻撃ではエルドノックスの装甲を貫き外傷や矢毒による昏倒等を狙うのは難しい状況と言えた。


『二人とも、武具に対して確りと魔力付与を行わなければ恐らくエルドノックスの装甲を貫くのは難しそうだが、出来るかい?』


 手詰まりを見せる二人に魔力感知の術式を応用し、思念を飛ばしながら助言を与えると、二人はちらりとお互いを見つめ、アイコンタクトを瞬時に済ませると、既にエルドノックスによって狙いを定められていたスオウが弓を納め、代わりに双剣を引き抜くと共に、全身の魔力濃度を高め、可能な限り高速で撹乱を目的に動き回り始めた。


 エルドノックスは煩わしそうに横薙ぎに尻尾による攻撃を繰り出すが、スオウはそれを掻い潜り時間を稼ぐ様にして回避してみせた。


 その間にザイは矢尻に自身の魔力を集中させ、スオウへと向かうエルドノックスに狙いを定めた。


 ザイは十秒以上の時間を掛けて十分に魔力付与を行うと、エルドノックスがスオウに対して三度目の攻撃を加えようと前脚をスオウへ向けて繰り出した瞬間に引き絞った弓矢を正確無比に放って見せた。


 凄まじい速度で直線的に進む矢は吸い込まれる様にしてエルドノックスの硬い首筋を覆う外殻を貫き、深々と内部にまで達し、その傷口からエルドノックスの燃えるような赤い体液を撒き散して見せた。


 その様子を視認したザイは二の矢を番えようとした際に、不意に取り出した矢を地面に落とし、彼自身もミチクサと同様に地面へと突っ伏す事となった。


 ザイは自身の全力の魔力を込めた一撃によってエルドノックスへ手傷を与える事に成功したものの、身体操作に回していた魔力と、矢尻に込めた魔力によって残存魔力を使い尽くした様でありピクリとも動くことなく失神している。


 僅か二分に満たない戦闘で魔力切れとなった二人であったが、ザイが放った毒矢はエルドノックスにも有効であったようで、僅かに動きが鈍くなっている様であった。


 しかしながら、その巨体を動きを完全に止めるには至らず、エルドノックスに活力が戻り始めているのが見て取れる。恐らくその巨体に対して毒の量が十分では無く、魔獣の動きを奪うには至らなかったという事なのだろう。


 その間にもスオウはエルドノックスの注意を惹く為に動きを止めず、双剣を再び構え攻撃に移ろうとしていた。しかし、その矢先、エルドノックスは頭を揺らしながら徐に先ほどまでの鳴き声とは比べ物にならない大音量の咆哮を発し、その音圧と衝撃によってスオウの動きが完全に止まったのが見えた。


 残存魔力も既に尽き掛けていたスオウは肉体強化を保持出来ず、咆哮の一撃で意識を奪われ其の場で膝から崩れ落ちる。


 エルドノックスは悠々と、その身体を見せつけるようにして、目の前に倒れているスオウに前脚を振りかぶると、確実に敵の息の根を止めようとしていた。


「ふむ、ここまでか」


 私は魔力障壁をスオウとエルドノックスの間に展開し、スオウを襲う一撃を防ぎつつ、身を隠すのをやめ戦闘の場へと降り立つ事とした。


 エルドノックスは自分とスオウの間に突然発生した障壁に困惑しながらも幾度か攻撃を試みたが魔力障壁はびくともせず攻撃を阻み続けていた。


 エルドノックスは突如として現れた魔力を検知してか、スオウに固執するのを辞めて、私の方へと振り返り三度獰猛な鳴き声を発しながら私へと突進を開始した。




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