ロシュタルト侵入 その11『エルドノックス討伐 -Ⅰ』
沼地までの道すがら、私は三人にマルカから聞いたコモドカナドールを捕食するエルドノックスに関する情報を共有した。
ロシュタルト砦周辺までやってくるコモドカナドールは捕食者の手を逃れる為に沼地から移動して来ているとの事で、特に満月の夜から明け方に掛けてエルドノックスの動きが活発になっている様であった。
そういう意味では私達が大森林からロシュタルトまでの道中にエルドノックスに遭遇しなかったのは運が良いとも言えたが、いっその事道中に出くわしていれば、中級冒険者への昇格も容易であったのではと甘い考えが脳裏を過る。しかし、それは余にも虫が良すぎると言うものであろう事は私も十分に理解していた。
その他、エルドノックスの生態についてはザイから二人へ共有してもらい、私達は沼地に潜み、夜に備える事とした。
エルドノックスは龍種と呼ばれる古代から生息する生物の様で、ロシュタルトと大森林を結ぶ湿地帯全域の生態系の上位に君臨しているとの事であった。
マルカ曰く魔獣として格が違うとの事で、過去に、大型のエルドノックスがロシュタルト近郊に位置していた村落を次々と襲い、村民合計六十余名を食い殺し、更に派遣された中級冒険者四組を壊滅寸前まで追い込んだとの事であった。
その当時、変異種として処理されたエルドノックスの危害ランクはA-として格付けされたとの事で、通常の成体とは全く異なる規格外の能力を持っていたとの事であった。そうした突然変異種の存在を冒険者や管理組合はこれまで把握しておらず、当時の被害拡大の一つの要因となったらしい。
今では皆がそうした特殊個体に対する認識を持つようになり、その戦闘能力と被害の甚大さから人間に対する危害性が極めて高い魔獣であると認識しているようであった。
当時の事件があってからは辺境騎士又は辺境魔術師に準じる能力を持つ上級、準上級冒険者であっても、特殊個体のエルドノックスには軽々には手を出さず、発見時には即時に管理組合に報告の上、討伐隊を編成するよう徹底されているとの事で、今後そうした被害を防ぐ為の対策についても力を注いでいる事が窺える。
魔獣による被害を防ぐ為に冒険者管理組合が存在し、騎士団や魔術師協会並びに魔法技術研究所そうした各団体と連携を取る事で秩序を護ると言うのは極めて正しい。
一方で、その変異種がどの程度の頻度で現れるかは未知数であるらしく、エルドノックスを討伐する際にはそれなりに警戒を要するというのが、冒険者共通の認識との事であった。
(とは言え、ロシュタルト近郊でB級以上の魔獣討伐を行う為には、エルドノックスを狙う以外に手立てはないのだろうな)
湿地帯に到着した私達は、エルドノックスの足跡や糞尿などの排出物等が無いかを魔力感知と目視によって注意深く捜索し始め、数時間程経った際に何者かに食い荒らされたコモドカナドールの群れを発見するに至った。
その乱雑に内臓を撒き散らされた姿にスオウは若干顔を顰めていたが、その散乱した肉塊の臭いや腐敗状況を確認したところ、未だ完全に腐乱はしていない事からコモドカナドールが食い荒らされてから未だ時間はそれほど経過していない様であった。
「餌場ですかね? だとするとここを遠目で見張れる場所にキャンプを置きますか?」
私はスオウの提案に同意して、私の詳細な魔力検知が届く三百メートル程離れた場所を観測地点とし、エルドノックスが現れるのを待つ事とした。
「それにしても、監視の奴らは一切手を出そうとはして来ねえな」
「そうですねえ。まあ此方の技量が分からない内から仕掛けるのは愚作ですからね」
「本当にただ監視しているだけなのかも知れんな。冒険家業とはそういうものなのかも知れん」
三者三様の意見を聞きながら、私は念の為に魔力感知に神経を傾け周囲の変化に即座に反応出来る様に、警戒はそのままに夜が訪れるまで彼等の会話を傾聴する事とした。
「旦那、エルドノックスはどの様に仕留める予定何ですかね? いつも通り遠距離から魔翼の一撃ですか?」
「いや、監視がいる以上出来れば魔翼は解放せずに仕留めたいかな。良い機会だし、三人が主軸として牽制をしつつ可能であれば仕留めて見て欲しい。エルドノックスは大型魔獣との事だし、連携して斬り崩す事を考えると良い経験になるんじゃ無いかな」
「私達の訓練も兼ねてという事ですか。腕が鳴りますね」
「しかしそれも命懸けだな。だが、逃げるわけにも行くまい」
「はは、全くだぜ。実地訓練で死んだら洒落にならねえが、強くなる為には仕方ねえ」
三人は何処となくエルドノックスの討伐に自信を覗かせていた。魔力操作による身体強化の恩恵を受け、コモドカナドール相手にも上手く立ち回った経験がその自身へと繋がっている様であった。
そして夕暮れが近づき始めた頃、私の魔力感知に突如として反応が現れた。大きさにして十二メートル程の全長を持ち、全身を岩石に似た甲殻で覆われた一頭の生物であった。
その表皮には年月を感じさせる緑色の苔が生え広がっており、湿地帯に溶け込む為の擬態化に一役買っていた。しかしその巨体は外見上の硬質さからは想像出来ない程に滑らかな肢体の動きを見せ、水生生物らしさを醸し出している。
一方で感じられる魔力の濃度は明らかにこれまで出会った魔獣とは異なり、生物としての完成度を窺わせる程であった。
エルドノックスは先程の餌場のすぐ側に広がる泥水の中からその岩石に似た頭だけを出し周囲を警戒する様な仕草を見せつつ、一方でその視線は明らかに餌場に散乱するコモドカナドールの肉塊に注がれていた。
泥水から飛び出たエルドノックスの額には一本の砥石で磨かれたような鋭い角が生えており、口を開くと同様に鋭い牙が見え隠れしていた。
ゆっくりと水中から這い出るようにして餌場となっていた台地に身体を晒すと、視覚的な巨大さと力強さを改めて感じさせられる全身像であった。
その身体には飛龍とは違い翼は無いが、その巨躯と爬虫類系の顔立ちから、この魔獣が龍種と呼ばれるのも直感的に十分に理解出来た。
「来たね。しかし想像以上に魔力濃度が高い様に見える。相手の様子を見つつ弱点の推察を行い戦い方を探ってみようか」
私の言葉を聞いていたミチクサは額に汗を浮かべながら、緊張を隠せていなかった。
「しかし、旦那これは……凄えな……」
三百メートル程離れた距離であるにも関わらず確りと感じる魔力にミチクサは敏感に反応した様で、今回相手にする魔獣がどの程度の脅威であるかを肌で感じた様であった。スオウとザイも同様に緊張した面持ちを見せていた。
「そうだね、先ずは魔力による身体強化を優先するように。無防備に下手な一撃を喰らうとそれだけで行動不能になりそうだからね」
敢えて『死』という言葉を用いなかったが、私の言葉に含まれる意味合いを悟った三人はより一層緊張した面持ちを見せる。
「それでもラクロア様なら、奴とやり合えると理解していいのですか?」
「そうだね、立派な魔獣だけど、魔力量で考えれば僕の敵にはならないよ」
ザイは私の言葉に生唾を呑み込みつつも頷いた。
「はは、そりゃ頼もしいぜ。なあ?」
ミチクサはスオウに同意を求め、スオウは「そうですねえ」と頷いていた。
「ふふ、それじゃあ行こうか」
私が言葉と共に歩き始めると、それに合わせて三人も同調して動き出し真っ直ぐにエルドノックスへと接近する事となった。
それを途中で見送り、私はエルドノックスが確認できる距離で魔力を抑えながら身を潜めた。
その一方で三人は台地に近づくと円で囲う様に陣形を組み、エルドノックスの逃げ道を塞ぎ、龍種エルドノックスと三人は戦闘を開始した。