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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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ロシュタルト侵入 その9『視線は雄弁に意味を語る』

 

 ラクロアの旦那に指示を出された通り、市場で出回る食料の価格や、どういった物品が出回っているか、住民の年齢、性別、様々な情報収集を求められるがままにスオウと共にかき集めるのが今日の予定であった。


 俺としては魔獣討伐に行くものばかりと思っていたものの、昨晩深夜に叩き起こされ共有された情報を基にすると、ラクロアの旦那だけでなく、俺達も周囲を警戒をしながら調査に当たる必要があるとの事で、俺とスオウ、旦那とザイの二班に分かれ敵の出方を窺う事と相成った。


 旦那は監視者の警戒感を意外に思っていたが、俺達三人からすると旦那の力量を考えれば警戒心を抱くのは理にかなっていると言わざるを得なかった。


(旦那は何故か自分の力が人族の中でどれほど希有であるかの自覚が無い。それが育った環境の問題なのか、単純に世間知らずなだけなのか、微妙な感覚のズレが警戒心を増加させる問題の根本になっている可能性が高いと俺は思うのだが……)


 とは言え、ロシュタルトに訪れて一日余りで既に辺境騎士と魔術師に目をつけられているというのは面白くない状況であるのは間違いない。


 俺達が野良冒険者から正式な冒険者となる為にロシュタルトを訪れたという仮初の前提が、砦側の人間に懐疑を持たせるそもそもの原因となった可能性も拭い切れず、どう対応すべきかは注意すべきであった。


「おう、スオウ。そっちは終わったかよ?」


「ええ、一応のところは。しかしこうして流通している品物の基本的な価格感なるものは、これまで余り深く考えて来ませんでしたね」


「そりゃあ俺達はどこまで行っても狩猟民族だからな。貨幣を使った取引なんざ殆ど覚えがない。塩についても魔獣の素材と物々交換だったからな」


「塩の価格についても此方で見ている分には1kgで銅貨六枚程度ですがら、魔獣の換金条件を参照するとかなり損をしていた可能性が有りますね」


「とは言え、俺たちとまともに交易を開こうとする奴らなんざいねえんだ。多少の損は致し方ねえだろうよ」


「ええ、まあ確かにそうなのですが……。しかし、現に今では我々はこうしてロシュタルトで物を買える立場にいる訳です。集落までの物流の問題は有りますが、今後は改善の余地があると言えるでしょうね」


 俺達の集落は魔大陸に属している以上、スペリオーラ大陸側の村々が交易を開きたがらないのは当然であった。そういった意味でタオウラカルという集落に選択肢は狭く、狩猟によって集落民の生計を立てる以外に選択肢が無かった。しかし、もしも、今の俺達のように市井に溶け込むことが出来れば改善の余地はあるという事が俺にも理解が出来た。


「そういう意味でも旦那には感謝しねえとな」


「ぞうですね。どの様な思惑があるにせよ、我々にとって現状は利点の方が多いですからね」


 スオウの言い方に若干の違和感を覚え「どういう意味だそりゃ?」と聞き返すと、スオウは困った様に肩を竦めた。


「森に生きるということは何等か事情があると言うことですよ。我々にもそうした理由が有る様にラクロア様にもね」


「そういうものかねえ。……ところでスオウ、気づいているか?」


 俺は人混みが溢れる路面店の広がる中央通りから枝分かれになる路地側から幾つかの視線を感じ、それをスオウへと伝えた。


「ええ、気付いていますよ。この雑多な動きの中で立ち止まって商品や身近な人では無く他人へとひたすら視線を送るっている者達は酷く目立ちますからね。ラクロア様のように魔力感知が無くても明白でしょう」


「向こうから手を出さない限りは取り敢えずは見逃せってのが旦那からの命令だったが、どうする?」


「今は素直に従っていいんじゃないですか? そろそろ合流する頃合いですから、待ち合わせの場所でラクロア様と合流しましょう」


 スオウの言葉に従い俺たちは食料に買込みや麻痺毒用の仕込み原料を揃え終わると、路面店として開かれ、通りを眺めながら食事ができるテラスのある料理屋で席を取り、旦那とザイが現れるのを待つこととした。



 俺が冒険者となってから既に数えで十二年以上の月日が流れようとしていた。


 元々は貧乏貴族の末弟として生まれ、一応騎士としての訓練を施されはしたものの、近衛騎士は愚か、辺境騎士にもなる事が出来ない才能しかなく、後ろ盾の家に政治を争うだけの力も無い、一介の貴族の末弟が立身出世を望むのは極めて難しいと言えた。


 もしかすると父親のつてで、なんとか中央の事務屋として働く事ぐらいは出来たかも知れないが、領地の無い中で結局は歯車として働くだけで人生の上がりを体験する事は不可能だと早期に悟っていた。


 そうした中で、最低限の力量を以って冒険者となるのは良くある話であり、身入りも悪くは無かった。中級冒険者となる際には親父の口利きで上納金も半額程度に負けて貰い、食うには困らないだけの生活を手に入れる事が出来るようになっていたことも俺を堕落させるには十分な理由であった。


 準上級冒険者の様に皆から認められる英雄を目指している訳でも無く、魔獣を討伐し、時に貴族の依頼を受ける楽な生活であった。何よりも自由が冒険者には存在していた。


 だが、あの日から俺にとって全てが変わった。くだらない生活、それでも幸せを満喫していたあの頃、妻と子供とそして仲間と共に過ごしたあの日々をぶち壊した魔獣の襲撃。俺の住む村を、家族を、仲間を蹂躙し消し去った龍種の魔獣。生きたまま喰われる友の顔を俺は今でも夢に見る。あの惨たらしい惨劇を俺は知っている。


 だからこそ、俺は今こうして龍種を駆逐する為にロシュタルトに留まり、来たるべき日を今か今かと待ちわびている。


今のパーティーである『西方不抜』を立ち上げた際も、そうした龍種に対して因縁と復讐心を持つ仲間を次々と呼び入れる事で冒険者としてそれなりの規模感を持ち、気が付けば準上級冒険者として幅を利かせられる程度の力を手にしていた。


 そう言った意味で、今回ロムニスが俺達に依頼を持ち込んだのも、そうした影響力が効果を現した、順当な結果であると言えた。


「あいつ等、『白銀』に所属するラクロアって魔術師を俺達に探って欲しいと?」


 俺が近衛魔術師のロムニスに呼び出された際に依頼を受けたのは、元々どの程度の腕前を持つか試そうとしていた新しい冒険者パーティーの調査であった。三人の戦士と一人の魔術師の混成パーティーとの事で決して珍しくは無い構成であった。とは言え、十歳の魔術師というのは些か悪目立ちをするのも確かであった。


「そうだ。お前達には彼がどこの出自であるのか、背後に貴族がいるのかどうかを調べてほしい。手荒な真似はするな。ただの出奔した貴族の末弟であればそのまま放置する予定だからな。くれぐれも頼んだぞアッシュ」


「俺達としては駆け出しの同業者が悪戯に魔獣にちょっかいを出した結果、色々と被害が出るのも困るんだが、その辺りはどうだい?」


「お前達の流儀に口出しするつもりは無いが、此方に火の粉を振り撒くなよ。あくまで私達が依頼するのは身辺調査のみだ。それ以上は必要無い。受けるのか、それとも受けないのか?」


 辺境魔術師からの直接の依頼を断るという選択肢は冒険者である俺達にとって存在していなかった。


「勿論受けますよ。俺達にその選択肢は無いでしょう。魔術師様の心象を損ねるわけにもいかないのでね」


「ふん。根城としてロシュタルトを選んだツケだな」


「寧ろロシュタルトを根城とする恩恵とも言えますけどね。使いやすい冒険者は重宝するでしょう。特にこんな辺境領地では特に」


「嫌なことを言わせるな。さっさと行け」


「お互いに上からの圧力が激しいですねえ」


 俺はロムニスとの会話を切り上げ、直ぐに仲間へと指令を出す事とした。


 伝令を出しながら、たかが冒険者に混じった一人の魔術師の為に何をそこまで、と思わない事もなかったが、国にとって騎士や魔術師は重要な戦力であり、支配の象徴とも言えた。


 その中で野良であったとしても強力な者がいた場合、まかり間違って求心力を得た場合は確かに厄介な物種となりかねないのも確かであった。


 かつて諸侯が別れ権勢を競い合っていた時代は如何に戦力を確保するかに奔走していたと言う。そう考えると、辺境も辺境、ロシュタルトに現れた特異な魔術師と言うものが注目の的になるのも致し方ないと言えた。


 十歳の少年に何が出来ると言うのか甚だ疑問ではあったが、引き受けた依頼である以上は確りと仕事をこなすのがそれこそ準上級冒険者らしい在り方と言えるだろう。


 とはいえ、俺達の邪魔さえしなければさほど気にするまでも無いと、俺はこの時は高を括っていた。




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