ロシュタルト侵入 その8『冒険者の生業』
翌日になると私とザイは管理組合に顔を出し、現在募集されている仕事が無いかを確認する事から始めた。
昨日と同じく受付にはマルカがおり、組合として依頼している仕事と、一般依頼の仕事を幾つか見繕ってもらう事とした。聞き及んでいた冒険者の仕事としては護衛や魔獣の討伐、傷薬等に使用する素材採集等様々であった。
しかし、多くの依頼は冒険者の階級によって受諾出来るものが限られている他にも、冒険者パーティーに直接依頼が出されているものが多く、私達のパーティーが受けられるものはそれこそ馬小屋の掃除だとか、市街の汚水処理であると言った雑務に近いものが殆どであった。
どうやら冒険者のランクは上級、準上級、中級、準中級、下級、準下級の六段階に区分けされ、『現状『白銀』は準下級に分類される駆け出し冒険者との事であった。
下級に上がると漸く一般的な依頼を受けられるとの事であったが、我々としては現状は金策さえ出来れば良いと考えると、正直なところ、割の良いものがあればどの様な仕事でも構わない心積りでいた。
しかしながら、そうした準下級のパーティーが受けられる仕事は一件こなして銅貨五枚から六枚程度とその日の食事程度にしかならないものであった。
一方で先日のコモドカナドールの鱗の取引金額を考えると効率的に金策が出来るのは魔獣討伐と考えるのが良さそうであった。
「なるほど、路銀を稼ぐにしてもやはり魔獣討伐が最も効率が良いと言うわけですか」
「はい。パーティーに対する直接の依頼は貴族からの依頼が多く、一般的な魔獣討伐よりも報奨金が良いので準上級冒険者以上の方達はそうして生計を立てている人達が殆どですね。中級冒険者以下の方々がはそうした依頼と併せて魔獣討伐を行うのが通常ですね。準下級冒険者用の依頼はどちらかと言うと公共事業に近い意味合いですので、魔獣討伐を可能な戦闘技術を持つ方々がこうした仕事を受ける事は殆ど見受けられません」
「冒険者のランクを上げるためにはどの様にすれば?」
「魔獣を十体以上討伐して頂ければ自動的に下級冒険者としてランクが上がります。その後は依頼や魔獣討伐の難易度に応じてランクが上がります。因みに『白銀』の皆様はコモドカナドール討伐の実績が有りますので、もう七頭分の魔獣討伐を頂ければ準中級として認められる事となります」
「ふむ……中級冒険者以上になれば報酬が増えるという事は分かったのですが、ランクが上がる事で他に何か利点は有るんですか?」
「中級以上の冒険者には中央、シュタインズクラード城における城下町及び中央区画への交通許可証が発行されます。男爵以上の貴族階級の方々との謁見も基本的に制限無く可能となります。社交場に出れる訳では無いですが、管理組合を通さない直接的な依頼の受諾や、冒険者としてのパトロンを得られると言うのは利点として皆さん考えられている様ですね。因みに準上級以上の方々には辺境騎士若しくは魔術師としての取り立ての可能性も有りますので、立身出世の手段として捉えている方もいらっしゃいます」
「貴族階級との謁見に、貴族階級への取り立てですか。なるほどですね……」
今の私達にとって確かに貴族連中との渡りを付けようとした場合に、いつかは中級冒険者以上の資格を得る事が必須であるという事であった。目下の問題として、シュタインズクラード城の城下町ですら交通許可証が必要であるという点は初耳であり、この点を解決しなければ情報収拾の妨げになる事は間違いない。
つまりは我々は当面の移動費用だけで無く、中級冒険者としての身分が必要になるという事であった。今更ながらにトリポリ村でもう少しばかり路銀を無心しておくべきであったなと、自分の甘さに歯噛みしていた。
「まあ、これらの情報はラクロア様には不要かも知れませんが」
マルカは私たちがそうした情報を知らない事を訝しむでは無く、知らなくても問題が無いという様な接し方を見せていた。彼女のそうした態度から、もしかすると私達が何等か貴族の出自であると考えたのかもしれなかった。
私はその返答に対しては曖昧な返しをしておきながら、中級冒険者になる為に必要な条件を確認した。
「中級以上の冒険者になる条件としては二つです。脅威度合としてB級以上の討伐ランクを与えられている魔獣の討伐実績と、大金貨五十枚の寄付が必要となります」
大金貨五十枚というのは、身分を金で買う感覚に近いという事を意味している様に感じられた。腕っぷしの強い冒険者であればコモドカナドールであれば約百七十頭、それよりも上級の魔獣であればより効率的に金策が出来る可能性が高い。中央に近づく道すがら、魔獣討伐が可能であれば私達としても不可能な金額では無い。一方でB級クラスの魔獣が対象としてどれほど脅威であるかは判断が付かなかった。
「因みにコモドカナドールは脅威レベルはどの程度なのですか?」
「D-相当です。一般的にB級クラスというのは単体で集落を壊滅せしめる程度の脅威となります。ロシュタルト周辺では大森林を根城とするブラッドウルブズの三十体以上の群体などがこれに該当します。滅多に砦側に出てくることは無いので、討伐は中々に難しいかと思いますが……」
「そうするとこの辺りでB級クラスの魔獣討伐は難しいと言うことですかね?」
「単純に遭遇するという意味合いでは沼地に生息するエルドノックスがB級に該当します。コモドカナドールがロシュタルト方面に進出している理由の一つの可能性としても考えられています」
「……それは、エルドノックスはコモドカナドールを餌とすると言うことですか?」
「はい、その通りです。霧が立ち込める沼地でエルドノックスはコモドカナドールを捕食するのですが、脅威度としてB級に認定されているのはコモドカナドールが捕食者から逃れるために我々の領域にも逃げ場を求めて進出してくる事と、個体によってその脅威度が異なるのが理由となります。平均した単体の脅威度で考えれば精々B-といったところなので、熟練の準上級冒険者であれば問題なく討伐可能なレベルとなります」
「なるほど、それであればコモドカナドールを狩りながらエルドノックスの討伐を並行して試みるのが最適解という訳ですね」
マルカは私がエルドノックスを討伐する意向を見せると、少し慌てた様子で追加の情報を与えてくれた。
「但し、一点だけお気をつけて頂きたいのが、エルドノックスは変異種と呼ばれるその中でも特別な個体が存在している事が報告に挙げられています。その際の脅威度はA-、準上級冒険者パーティーの複数の集団で漸く割に合うレベルとお考えください。発見及び、討伐には特別報酬が管理組合から支払われますが、くれぐれも単体での接触及び討伐は行わないように気をつけてください。過去にその特殊個体によって集落が二つと、七組の中級冒険者が壊滅に追いやられた事があり、新たに個体が発見された場合は組合から正式に準上級以上の冒険者へと討伐依頼を出される予定となっております」
「ありがとうございました、討伐が終わり次第また顔を出す事とします」
マルカとの話を終えて私はザイと今後の方針について打ち合わせる事とした。
「やはり魔獣討伐を行う事で先ずは金策を行う必要があるようです。中央へ進出しようにも身分として資格が必要というには盲点だったな。ミチクサとスオウの調査が終わり次第、みんなで方針を決めるとしよう」
ザイは私の事に頷きつつ、それとなく私に注意を喚起し周囲に対して警戒を求め始めた。
「ラクロア様。どうやら、何者かに見られているようですね」
管理組合内に設置された食事場において、私達を見張るような視線がある事をザイは気がついたようであった。私もそちらに視線を送ることはせず、ザイへ頷き返した。
「ここまで露骨であれば寧ろありがたい。変に手出しをしてくれる方がこちらとしてはやり易いのだけれどね。取り急ぎは目的を果たすとしよう。一先ずは市場で道具の物色でもしながら動きを観察しておこうか」
「了解です。必要があればすぐに指示を下さい」
「ふふ、そうならないことを祈っているよ」