ロシュタルト侵入 その7『魔術師の影を踏む者達』
真夜中に突如として目が覚めた。
目蓋を開けると目の前には木造のベッドの底板となる木組みが映し出されている。私達の部屋は一部屋に二段ベットが二つ置いてある、それ以外は何もない狭い部屋であった。
しかし、寝る為だけの部屋である事を考えると十分な作りではあった。宿泊を決めた際には既に人数分のベッドがある部屋の空きが他に無かった事を考えると、寧ろこの宿を取る事が出来て運が良かったと言えた。
私は静かに身体を起こし、部屋に存在する三人が睡眠状態である事を確認する。
季節柄特に寝苦しいという訳でもなく、過ごしやすい秋の夜であった事もあり、私以外の三人は深く眠りについているようであった。
有り体に言えば私が目が覚めたのは魔力感知が何者かによる意識的な障りを検出した事が原因であった。その魔法が何処から放たれたのか、若しくは何者かが宿の周囲に存在したのか、残った感覚を辿る為に私は、大きめの黒いローブに身を包みフードを被り顔を隠しながら、音もなく宿屋を出ることとした。
宿屋が面する大通りから一本脇道に入った路地は完全に無人であり、人の気配を感じる事は無かった。先程感知した何者かの足跡は大通り沿いを経由して街の中央に聳える塔へと繋がっている様であった。
その速度から人間の速度ではなく何らかの魔力行使による痕跡を無意識化で感知したと考えるのが妥当であり、恐らくは砦に入ってから感じていた『目』とやらが再び此方に何らかの監視系の魔法を使用した様であった。
これまでは指向性を持った魔法行使を敵意や害意として認識するように術式を調整していた事は危機管理的には間違いでは無い。しかし、この『目』とやらが常に行動を監視し続けるという事であれば、私の魔力感知の度合についても一考する必要が有ると感じていた。その為に私は就寝時に術式を調節し、害意が無くとも魔力行使全てを検出するように魔力消費量を高め、精度を上げる事でそれを可能とした。
(まさかこんなにも早くちょっかいを出されるとは、相当な警戒度合と捉えるべきか……厄介だな)
私はこの砦内の戦力について数は凡そ分かれど、どの程度その戦力が出来るのかという事については未知数であり、今の内に可能であれば確認しておくべきであると言えた。そしてそれが、トリポリ村だけではなく、私自身にとっても決して無駄な情報では無いことも理解していた。
私はそれらを勘案した上で、今回私へと魔法術式を放ったその行使者を探す事に決めた。まだ相手側が此方を見定めている間に我々としてもある程度の情報を得ておくべきだと判断した為である。
大通りには砦の衛兵が巡回を行なっている様で、それ以外に目立った人影は見られなかった。所々で篝火が焚かれており、寝静まった通りを僅かながらに照らしていた。裏通りを抜け、私は中央の塔へと近づく事とした。
塔は石材を用いられて建築されており、目算にて大凡三十メートル程度の高さを誇っていた。幾つか警戒用の魔法術式が塔内外に張り巡らされており、物見の役割も果たしているようであった。
塔を観察する中で、市街戦となった際に迎撃用と見られる窓が見て取れ、高所に位置していたものの侵入自体は身体強化を行えば容易に思えた。
塔の入口には衛兵がおり、所在無さげにうろうろとしながら警備に就いていた事もあり、正面から中に入るのは躊躇われた。彼等を不意打ちする事は容易であったが、事を荒立てる事は避けたかった。
私は念の為に魔力感知によって塔の内部の把握を試みたが、外部からの魔力感知に反応して発動する魔法陣が塔には刻まれている事が見て取れた。どうやらその術式はある程度の出力の魔力感知術式を阻害する役割を持っているようであった。
恐らくは私が更に魔力を込めればこの術式を破壊する事は可能であるが、それ以外の防御魔法術式が発動する可能性も有り、こちらについても強引な突破は躊躇われた。
(流石はロシュタルト砦という訳か。舐めてかからない方が良いだろうな。とすると物理的に内部を探る必要があるか?)
一旦塔の周囲へと魔力感知を広げ、周囲に人影が無い事を確認した後に、私は魔力操作によって、外部にマナが漏れぬ様にオドのみを通して結晶体の一つを操ると共に、勢い良くけれど音を立てぬように塔へ向けて放ち、内部を探らせる事とした。
一体の魔力結晶体は警戒用の魔法術式の網目を掻い潜り、難なく塔の窓から内部へと入り込む事に成功すると、周囲の情報を魔力感知を通して明確に私へと伝えてくれた。
塔の内部構造として、塔の各階へと至る為に螺旋階段が設置されており、更にその螺旋階段の内部には階ごとに区画化された部屋が設けられていた。内容としては衛兵の待機部屋や、武器庫、食糧庫等、屯所として必要な道具が保管されており、砦内の一つの拠点となっている様であった。
塔の内部で時折発動される魔法を結晶体が検知し、解析を行い始めるとどうやら私に向けて放たれた魔法と同質のものである様であった。
塔の最上層で魔法が行使されている事が分かり、一度窓から外へ結晶体を外へ出し魔術師が居ると思われる階層の外壁へと結晶体を密着させ魔力を流し内部の状況を更に詳細に探る事とした。
部屋の内部には想定通り人影があり、二名の魔術師が魔法術式を構築しつつ、何等か報告書を作成しているようであった。
「ガードランド様、本日冒険者管理組合へ新たに登録された四人パーティーの者達ですが、やはり物見の魔術が上手く起動しません。恐らくはその中の一人が探知魔法術式の妨害を行なっているものと思われます」
ガードランドと呼ばれた魔術師は美麗な金髪を肩まで伸ばし、高い鼻と深い目尻が特徴的な好青年と言った相貌をした男であった。白いローブに袖を通し、落ち着いた様子でもう一人からの報告を聞いていた。
「ありがとうロニムス。市内に入る際には彼等の動向を探る事は出来ましたから、恐らくはその際に気付かれたと考えるべきですね。組合から上がっている情報でも一人は野良の冒険者にしてはかなりの手練れである可能性が高いとの報告が上がっていますしね」
ロムニスは黒い髪を短髪に揃えた、背の高い魔術師であった。ガードランドよりも歳が若く見え、立場的にもガードランドの部下として仕えているようであった。
「コモドカナドールを既に何体か討伐して組合で換金している様ですし、魔獣狩りには慣れている様ですね。しかし、過去この四人がロシュタルトに入場した形跡はありませんし、『白銀』という冒険者名も他の冒険者と違って飾らない名前ですし、何らか意図がありそうな気もしますが」
「うん少なくとも既に準中級若しくは中級冒険者並の実力はあると考えておくべきだろう。しかし、野良の魔術師なんてものがそもそも珍しい上に、この冒険者名は明らかに一般的な冒険者と違って名声を意図したものでは無いだろうね。中央を追われた貴族の末弟とか、何か訳ありでは有るのかもしれない。マルカの話が確かであればアーラ家に連なる者である可能性が高い。ただ、そうするとわざわざロシュタルトの管理組合に冒険者登録を行う理由が見えないという疑問は残されるけれどね」
「そうですね。案外あの少年の見た目から『白銀』と名付けただけかもしれませんからね……。しかし私には本当にあの少年が魔術師だとは思えませんね、年齢もまだ十歳になって半年といった所ですよ」
「マルカはああ見えて優秀な魔術師ですから、彼女の目に狂いは無いとは思いますよ。とは言えもう少し彼等の状況を探るとしましょう」
「分かりました。今後の彼等の動きにも注意を払うよう手配します。市街での動きも衛兵に見張らせるようにしましょうか? 場合によっては冒険者を使ってもいいかもしれません」
「衛兵に関してはロシュタルト辺境伯の私兵ですから、悪戯に活用するのは避けたい所ですね。我々中央の者達に心は開いていないでしょう。冒険者についてはくれぐれも彼等を刺激しないように伝えて下さい。ルーネリア様にとってすら、まだ『白銀』を名乗る彼等はあくまでも観察対象でしか無いのですから」
「承知しております。お任せください」
壁越しに聞こえる会話で十分に情報を得ることが出来たと言えた。彼等が中央から派遣された辺境魔術師であり、ロシュタルト砦を治める辺境伯との確執、私達に何らか直接的な監視が付く可能性があると言えた。
私は彼等からの情報収集を早期に切り上げ、宿へ戻ると未だ睡眠を貪る三人を静かに起こし情報を共有して明日以降の動きを気をつける様にと先手を取ることとした。