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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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ロシュタルト侵入 その5『幼き魔術師と私』

 

 銀髪と深い青瞳をした美しい少年を見た時に、私は彼をただ、彼の後ろに控える屈強な戦士達の従者か何かかと思いっていたが、その考えに反して彼は柔和な微笑みを浮かべながら、自分は魔術師だと名乗った。


 書類には年齢は十歳と記されており、私はタチの悪い冗談だと最初は思ったものの、冒険者管理組合としての義務を真っ当する為に、彼の実力について真贋を見極める必要があった。


 近年、大なり小なり魔法が使える者は自らを魔術師と名乗る風潮が蔓延っていたが、本当の意味で戦闘レベルで役に立つ魔術師との能力の乖離は甚だしいものと言わざるを得ないのが通例であった。


 もしかするとラクロアと名乗ったこの少年も、何らかの魔法を使用できるのかもしれなかったが、そうは言ってもこの年齢で使用できる魔法等大したものはない筈であると私はたかを括っていた。


 私は魔術師という存在が如何に高みに存在しているかを良く知っている。しかし、それは残念ながら私が有能であるという事を意味していない。非才の身であるからこそ、見える景色が存在するという事に過ぎない。


 思い返してみれば私も十歳の頃は優れた魔術師になるのだと家で訓練をしながら、成人したあかつきには、高名な魔術師に師事する事を夢見ていた頃であった。それから更に十年経った私は極めて平凡な魔術師となってしまったと言わざるを得なかった。


 三級魔術師は魔術師として国に召抱えられる能力を満たしてはいるものの、王宮の近衛魔術師を務めるには能力足らずであり、こうして辺境の冒険者管理組合に収まることになっているのが現実であった。


 魔術師として大成するのは生半可な努力では足りない。魔法教育には相当な金銭が掛かる上に生来から保有する魔力量によって行使できる魔法の強さはある程度決まってしまっている。


 アーラ家のように技術体系を発展してきた家系であればいざ知らず、ただの貴族と言うだけで魔法を学ぶ者からすれば血と汗が滲む努力を繰り返し、その先には才能というどうしようもない壁が存在している事実に、容赦なく叩きのめされるのが大概の魔術師であった。


 しかし、そんな私の想いを裏切って目の前の少年は易々と魔法を構築し完全にその力を管理下に置いていた。フェルド・バーストはそれこそアーラ家の固有魔法として代々引き継がれる伝承魔法の一つであり、アーラ家の代名詞とも言える。この魔法は一般にも名を知られ、その殺傷能力の高さから特級位の爆発魔法として分類されており、並みの魔術師程度では絶対に使用不可能な代物であった。


 しかしその一族、縁者でなければ魔法陣や詠唱を知る事すら叶わない魔法を、目の前の少年は瞬時に構築し、あまつさえ無詠唱で発動を行った事実が、私の自信を打ち砕くには十分な破壊力を持ち、私にとって驚愕以外の何物でもなかった。


 今目の前の少年の掌の上で迸る煉獄を封じた魔法が解き放たれた時にどれほどの効果を発揮するのか――少なくとも私が跡形もなく消し飛ぶほどの威力が込められている事は容易に想像がついた。

 

 目を見張るのは威力だけではなくその構築速度についても恐ろしい程に熟達した速度を誇っていた。私が目の前にいる少年の魔力を感知してから数秒、少なくとも三秒以内で魔法が抗力を発揮する状態まで練り上げられているのは、それこそアーラ家に伝わる高速詠唱よりも更に熟達したものではないかとすら思えた。


 少年の表情には一切の奢りも見られず、その冷静沈着さは薄寒さすら覚える物であった。


 それは天才という言葉では片付けられない程の卓越した才能であり、恐怖すら覚える程に常軌を逸していた。


 こうした存在を人は怪物と呼ぶのだと、この歳になって初めて感じた感覚に肌が粟立つのを抑える事が出来なかった。


「マルカちゃん、あの新入りは、少しは骨のありそうな奴等だったかい?」


 少年一行を見送った私に意気揚々と声を掛けてきたのはロシュタルトを軸に活躍を見せる準上級冒険者のアッシュであった。


「そうですね……。彼等が何者なのか気になる程度には、というところですね。実力はそれなりに高いと思いますよ。恐らくは野良で冒険家業を何らか行っていたのでしょう。登録と同時にコモドカナドールの鱗を換金しに来ていましたから、魔獣狩りにも幾らか覚えが有るようです」


 アッシュは私の評価を聞くと目を細め「なるほどねえ」と呟いた。新人がどの程度の力を持つのか、同業者としては仕事の取り合いにも関わるため重要な情報とも言えた。


「あの少年は本当に魔術師なのか?」


「ええ、私が認める範囲で、ではありますが」


「であればこの砦の『目』がどんな評価を下すのか、楽しみではあるな」


 ロシュタルト砦を防護する結界と、それを操る中央から派遣された辺境騎士と魔術師の事を砦の中では『目』として呼称していた。魔獣討伐等、何らか大規模な動きが見られる際には冒険者管理組合にも協力要請を掛ける事ができる、かなりの裁量を持つ者達でもあった。それほどに騎士と魔術師の力は大きく、領主にとっても使い勝手の良い管理代行者であり、一方で中央からしてみれば辺境領主の謀反を抑制する監視者としての役割も担っていた。


「気になるのは結構ですが、ちょっかいを出して揉め事になるのは控えてくださいね?」


「マルカちゃんは厳しいねえ。まあ、それでも彼等が相応の実力を持っているのであれば問題無いと思うけどね」


 飄々とした様子でそう答えるアッシュは用事は済んだとばかりに私に雑に手を振りながら、酒を飲む仲間の下へと戻って行った。


 冒険者達の一種の癖として彼我の戦力分析を行わずにはいられないのが常であることも鑑み、何らか当初は少年達一行に危害が及ぶ危惧もあった。


 しかし、少年の力を垣間見た私自身が彼等の本来の実力を見てみたいという好奇心に似た気持ちもあり、アッシュに対して不正確な情報を与える事となった。


 ラクロア、彼がそれこそ、近衛魔術師クラスの実力者だと知った時にアッシュ達は後悔する事になるかも知れなかった。


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