ロシュタルト侵入 その3『冒険者管理組合』
冒険者管理組合の中に入ると外観と比べ、古臭さは特になく、ある程度清潔に保たれた室内が広がっていた。
一階には食事が可能なフロアと、冒険者へ仕事を斡旋や、雑務対応の為の受付がそれぞれ同じ空間に存在しており、複数の冒険者と思われる者がたむろしている様子が窺えた。
(これが冒険者管理組合か……内部には幾つかの魔法術式による防御陣は敷いているようだが、先ほどの検問室で見た物は見当たらないか……)
私は城内では冒険者の監視が横行しているのではないかと勘繰っていたが、この場ではそのような様子は見受けられなかった。
内部を更に見渡すと、食事フロアでは複数人の冒険者と思われる者達がテーブルを囲う形で食事を取っており、我々をチラリと横目に見やると直ぐに興味を無くしたかの様に再び食事と身内の会話に戻っていった。
彼等の装いは魔獣討伐の為に拵えたであろう長剣や、胸当て等が目立ち、まさに冒険者らしいと言える出で立ちであった。
立ち上る魔力の様子から、彼等はそれなりに扱えるようであり、私達に対して無関心を装ってはいるが、明らかな警戒心が見て取れた。
(流石は冒険者と言うべきか、見慣れぬ顔には最大の警戒をと言う訳かな)
私達は彼等を無視し、冒険者登録の為に受付を済ませる事とした。受付では制服姿の女性が椅子に座ったまま幾つかの書類を忙しなく確認して業務を行なっていた。
「あの、冒険者登録を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
私達が声を掛けると、書類に目を通すのを止めた二十代と思われる女性が私達四人を見ると「少々お待ちください」と、手続きのための書類を準備し始めた。私は其々の名前を告げ、出身地など一部虚偽の情報を織り交ぜながら、女性の質問に対して丁寧に答えていった。
「念の為にパーティー構成も記載をお願いします。行方不明の際や、死亡確認時に必要な情報となりますので」
嫌な物言いをすると思いつつも、其々の役割をとして戦士三人と魔術師のパーティーである事を伝える事とした。すると、女性は自分の聞き間違えかと、私に改めて確認を行った。
「戦士三人と、その魔術師一人というのは若しかして、貴方の事でしょうか?」
女性の言葉に対して後ろの三人が若干ながら眉を顰めるのを感じながらも、私はそれを気にする事無く、会話を続ける事とした。
「ええ、私は魔術師としてこの三人と組んでいるんです。なので四人で一組の冒険者申請となります」
管理組合の女性は引き続き怪訝な顔を見せながらも書類に記載を進める。
『魔術師だとよ』
『ほう、野良如きにねえ……』
此処に来て先程まで私達を気にも留めていないふりをしていた冒険者達が明らかに様子を変えて此方の声に耳をそば立て、小声で会話を繰り広げているのを魔力感知を通して私は認識し、何事かとミチクサ、スオウ、ザイへと確認を促すが、三人ともわからないと首を振るばかりであった。
「受付を進めたいのですが、魔術師のラクロアさんは魔術師としての真偽確認が必要となりますので別室までお越し下さい」
私は三人に此処で待つ様に伝え、女性に従うまま受付奥にある別室へと移動する事となった。
別室は訓練場と思われる造りをしており、模擬剣や防具、その他幾つかの道具が壁に並んでいた。
「改めて自己紹介を申し上げます。私は冒険者管理組合『アルカディア』の事務員のマルカ・ルードルと申します。第三級の魔術師として組合に所属しており、魔術師の真贋についての判別担当官も兼務しております」
マルカと名乗った女性は、確かにその身体に一般人と比べれば数段高い魔力量を持っており、体外に漏れ出す魔力についても彼女が魔術師である事を雄弁に物語っていた。
「丁寧に有難うございます。因みに魔術師の真贋確認とは、どういった意味合いでしょうか? 何か、承認制度のような物があるという事でしょうか?」
私は村でそのような話を聞いた事も無く、私はマルカへと尋ねた。
「魔術師を騙る詐欺が一時期横行した事を受け、国家的な取り組みとして魔術師に対してその実力によって等級を与え、認定を行なっております。現在の法制度の下では、魔術師に纏わる詐称は罪として裁かれる事となっております。因みにですが成人に満たない者であっても、冒険者への登録については同様に規則が当て嵌まりますので、周りに情報が漏れない形で管理組合で確認を行う決まりとなっております。お手数ですが何か一つ魔法を行使頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
マルカの言葉は丁寧ではあったがどことなく冷たい物言いであった。恐らくは私の事を全く信用していないという事なのだろう。今の言葉に私がどのような反応を示すのか様子を探っている事からも「どうせ嘘なんだろう」と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
「ふむん。僕ぐらいの年齢の若者が魔術師を名乗るのは極めて稀という事ですかね。まあ規則であればそれも致し方なしと言ったところですか……」
私は常に魔力感知を発動しており、改めて何等かの魔法行使を求められるというのも奇妙に感じていた。
魔力を扱う者であれば、その内在魔力や対外に漏れ出す魔力の状況からある程度相手の力量を類推する事が出来ると私はノクタスを見る事でそのように見立てていたが、どうやらそれは魔術師であれば誰もが出来るという訳では無いらしい。
更に言えば私の魔力感知に用いる魔力は基本的にはエーテルを用いずに純粋なオドによって抗力を発生させている為、何等か目に見える形で現象を起こしているわけではない。加えて、マルカは魔力感知を発動している様子は見えず、尚の事それに気付く事が出来ないようであった。
エーテルとの結び付きや、害意や敵意と言った感情の動きが無い純粋な魔力と言う物は確かに注意深く確認しなければ感知がし辛く、私の魔力感知についても戦闘用として練り上げられた物と考えれば、彼女が素の状態で気づく事が出来ないのも仕方ない事かもしれなかった。
(しかし、彼女が属すると言う第三級という実力についても、これである程度想像できるという事かな)
私は彼女に請われるまま、目に見える形で分かりやすい現象を発現させる事とした。体内の魔力操作を行い、魔翼を用いる事無く大気中のエーテルに働きかける形で抗力を発生させる。
掌に集中させた魔力を基に、熱を圧縮し更にエーテルを触媒として大気中の酸素とを直接的に結びつけ、拳大の大きさの火球を作り出して見せた。
作り出した魔法術式は、送り込む魔力量によって圧縮率を変化させる事で威力の調整が可能であり、圧縮されたエネルギーが解放された瞬間が最大値の破壊力を齎すように設計された閃光爆発魔法であった。
この『フェルド・バースト』には、少なくとも半径数メートルを容赦なく消し飛ばすだけの威力が込められており、対人用で考えれば申し分ない威力を持つ術式であった。
(無詠唱術式とは言え、魔翼の補助を受けなければやはり、術式構成にある程度の時間が必要となるか……)
オドとエーテルの結びつき、補足する対象の選定や計算等を詠唱無しで行う場合は自身の脳内演算によって書き起こさなければならず、自分の意識との数舜のずれが発生する事は免れなかった。
人族の魔法術式の構築論理は、少量の魔力を用いて、大気中に漂うエーテルを触媒として最大限の抗力発揮を得ると言う、術者の消費魔力量を抑え、尚且つ効果発揮の最大化が目的の運用が為されている。
それは魔翼を通してエーテルを取り込み魔力を精製、消費して魔法を発生させる魔族特有の魔法術式構築工程とは真逆の発想であり、人族と魔族の生物的な違いを強く感じさせるものであった。
しかし、確かに効率という観点で言えば人族の魔法構築方法は持続性及び人族同士における方法論の共有化には優れてはいるものの、魔翼を用いての魔法術式の発動とは異なり、致命的に発動速度が遅くなるのが問題と言えた。数秒の発動までのラグは、戦闘においては明らかに致命的であるとも言えた。
(そう考えると今更ながらにノクタスの実力は明らかに異常だったな。魔翼を用いなければ、ノクタスの魔法術式の構築速度は私を凌駕していたのは間違いない)
私は黙考しながら魔翼を用いない自身の状態を確認しつつ、マルカへと魔術師認定の可否について問いかけた。
「これで大丈夫でしょうか?」
私の傍らで魔法術式が構築される様を、黙って確認を行なっていたマルカは何処か酷く狼狽た様子を見せていた。私はその様子を不審に思い、再び声を掛けた。
「どうしましたか?」
私の呼びかけに彼女は驚いたように、こちらに振り向くと先ほどまで閉ざしていた口を開いた。
「い、いえ……今の魔法術式の構築は、触媒を持たずに無詠唱発動を行われたようにお見受けしたのですが……?」
「それが何か問題でしたでしょうか?」
私はその時、昔にノクタスが私に語った言葉を思い出し、無詠唱による魔法術式の行使と言うものが一般的にあまり認知をされていない可能性に思い至った。だが、こちらとしては結果を出した以上これ以上問答をするのは面倒という事も有り、判断を下して欲しいところであった。
「ラクロア様、貴方は一体……」
私はそれ以上は彼女の質問を許さず、改めて冒険者登録作業を進めるように促した。
「それで、真贋は如何でしょうか? 問題が無ければ公証の発行を行なって頂きたいのですが」
「あっ、はい、失礼致しました。検査は勿論合格ですので直ぐに組合の公証発行に移らさせて頂きます」
マルカは慌てた様子で訓練場から受付へと戻り、登録作業を進めるとの事であった。私も彼女の後を追い、受付近くで待機していたスオウ達と合流する事とした。
暫く、待合所で腰を落ち着けていると、少し急いだ様子でマルカが我々の下に再び姿を現した。
「最後に、パーティー名が必要となるのですが登録名を頂いてもよろしいでしょうか?」
パーティーの識別の為の呼称という意味合いのようで、私は三人に意見を求めたが特に妙案は内容であった。
「因みにどういったパーティー名が多いのか、少し教えて貰っても良いでしょうか?」
マルカは喜んでと、幾つかのパーティー名を私に提示してくれた。ロシュタルトを根城にする上級冒険者集団として、『黄昏の館』、『沼地の蛇道』、『紅の燐光』等があるとの事であった。
随分と浮いた名前だと私は思ったが、どうやら冒険者として名声を獲得しようとした時に、何か偉業を成し遂げた際に、物語として箔が付く様な仰々しい名前等、奇抜で印象に残り易い物が好まれるようであった。
実際に『紅の燐光』などは、街の吟遊詩人にその活躍を詩にされているとの事で、各地で宣伝にも使われるとの事であった。
そうした意味で言えば、私達の名前については按分が難しくはあった。必ずしも目立った名前である必要は無いが、貴族等の目に留まる名前である方が情報収拾や渡りを付ける上では確かに有意ではあった。そうして見ると、我々だと認識は出来るが、それほど目立ちはしない、ある意味で分かり易い名前が必要であった。これは未だ感覚値でしかないが変に浮いた名前で目立ち過ぎると、それが原因で面倒に巻き込まれる可能性も有り得ると考えていた。
私は前髪を弄りながら、ふと自分の髪の色が目につき、四人の中で唯一白髪であった事から、もういっその事、これを名前にしても構わないのではなかろうかと結論付けた。
「じゃあ、名前を『白銀』としておいて下さい」
「白銀ですか。承知致しました」
マルカは何を納得したのか「なるほど……」と呟きながら私達のパーティーの名前を登録簿に記入しているようであった。
「旦那、『白銀』とは中々に洒落た名前じゃないですか」
「洒落にもなっていないさ。まあこの砦に入ってから白髪の若者なんて見やしなかったし丁度いいと思ってね」
「ははっ、短絡的ですがパーティーの主軸が誰かが分かっていいんじゃないですか? 見た目で舐められる事もないでしょうしね」
ミチクサが気に入ったと言ったのは私が他者から見下される事が気に食わない事に起因していたようで、パーティー名に私の身体的特徴が入る事に意味を見出したようであった。
その後、私達は公証の発行を暫くの間待つ事となった。どうやら公証の発行には一、二時間程待たされるようで、私達はその時間を利用して魔獣から取れた素材の買取が出来ないかをマルカへ確認する事とした。
「ああ、そう言えばコモドカナドールの討伐に報奨金が出るって本当ですか?」
マルカは書類の後続処理を別の者に任せ、引き続き私達の応対を続けてくれるようであった。
「はい、現在、コモドカナドールによる農作物の被害が多くなっており、ロシュタルト辺境伯からの要請もあり、通常の相場の二割増で鱗を買い取らさせて頂いております」
「相場の二割増か。道中に何体か狩る事が出来た分があるんだけど、合わせて査定して貰ってもいいかな?」
「はい、勿論です。この受付の隣が素材換金の窓口になりますので、申請をお願いします。本来は公証発行が先になりますが、査定にも時間が掛かりますので先んじて手続きを頂ければ後は内部で処理を致します」
先程迄の冷たい対応とは打って変わり、物分かりが良くなったマルカを私以外の三人は怪訝な表情で見ていた。
相手が真っ当な魔術師と分かって魔獣まで討伐しているのであればその変わり身も分からなくはないと言え、私は人の心変わりの早さに呆気にとられつつも、苦笑をうかべていた。