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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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ロシュタルト侵入 その2『ロシュタルト砦』


「そろそろ、ロシュタルト砦に到着する頃合いですね」


 スオウが地形の変化から読み取った情報を基に、明るい表情を見せながら休息を取る私に報告を上げてきた。


 私達がタオウラカルの集落から移動を開始し、三日と半日が過ぎた当たりであった。ロシュタルト砦への道のりは本来五日程度は掛かる行程であり、我々の移動速度は上出来と言えた。この短時間で踏破する事が出来たのは偏にミチクサ、スオウ、ザイ三人の素の力量が高い事に起因している。


 三人の地形を読み解く力もさることながら、狩人としての胆力とでも言えばいいのか、長時間行動について音を上げる事も無く、黙々と移動距離を稼ぎ続けて来た結果と言える。


 これまで湿地帯の中では霧に紛れ、空を十分に見る事が出来ずにいたが、湿地帯を抜け出した矢先に霧は晴れ、青々とした空が顔を出した。


 雲一つ無い空には太陽が姿を現しており、燦々と陽光が降り注いでいる。その秋晴れの視界の中、程なくして私達はロシュタルト砦の外観を目にする事が出来た。


「想像よりも大きいな」


「ええ、ロシュタルトは最西端の都市ではありますが、元は砦ですからね。城砦都市では一般的に交易が盛んに行われる物だそうですよ」


 スオウの解説の通り、確かにロシュタルト砦は城塞都市として機能しており、四方をトリポリ村と同様に石塁によって築かれた城塞によって囲われていた。


 砦内部に入るに当たり、城門には商人と思われる者達が荷馬車を引いて列をなしている。その光景は村の外を初めて見る私にとっては、非常に新鮮な姿として映し出されていた。


 今更ではあったが、これまでトリポリ村やタオウラカルでは馬の存在を目にしたことは無く、私が知識として知る動物がいる事に安心感を覚えてすらいる。


(いる、とは聞いていたが、実際にこうして荷馬車を牽引する姿を見るのは不思議な気分だな)


 商人達がここまで来るのに使用したと思われる道を眺めると、荷馬車による轍が延々と続いており、遠くまである程度整備された道が見て取れる。


 その連なりからして、どうやら街道を為している様子から、街と街を繋ぐ交通路等がスペリオーラ大陸内には十分に整備されている可能性が見て取れ私は内心でほくそ笑んだ。これもまた、今後の旅路を考えると我々にとって貴重な情報であった。


「取り敢えず僕たちも並んでみよう。中に入るに当たってどうやら検問があるようだからね。出発前にも話したけど、僕たちは根無し草の冒険者という事でなっている。これから正式な冒険者となる為に冒険者管理組合に行くのが目的だよ。それでいいかな?」


 三人は心得ていると頷き、私に付き従う形で列へと並んだ。


 私達の目の前には何らかの工芸品と食料品荷馬車に積んで運んでいる行商がおり、何をするでもなく、列が進むのに待ちぼうけをしている様子が窺い知れた。


「すみません。どこの街から来られたのですか?」


 不思議なもので、こうした時に相手に話しかける事に躊躇いは無かった。


 一方でそんな私の急な声掛けに、行商は怪訝な様子で私の方へ向き直ったが、私の顔を見るなり、子供と分かってだろうか、すぐに柔和な表情へと変わった。


「ラトリアの街からだよ。定期的な路線便でね。さっさと納品を終わらせたいんだがロシュタルト砦は土地柄なのか検問が長いったらありゃしない。坊やはひょっとしてそこの冒険者の連れ合いか何かかい?」


 行商は私達四人の関係性をそのように推測したようであった。この年齢であれば、確かにそう見えるのも道理と考え私は頷いた。


「ええそうです。一応僕も魔術師として冒険をさせてもらっています」


 そう言うと行商の男は感心したような声を上げた。


「その年で魔術師とは、ゆくゆくは研究所就きの魔術師様かねえ。見たところ管理組合の公証を身に着けてないようだが、とすると今は野良の冒険者なのかい? 」


 『野良の冒険者』という言葉に馴染みは無いが、管理組合に属していない者を恐らくはそのように言い表しているという事なのだろう。


「ええ、ロシュタルトに管理組合があると聞いて来たんですよ。登録すれば公証がもらえるんですよね?」


「ああ、管理組合はどこもかしこも冒険者を求めているから、登録は直ぐにできるだろうよ。ここへ来るという事はあんたら、ひょっとしてハンナバルルの方から来たのかい? 確かにあの辺りは海だけでなく、大森林に近い分、魔獣が多いと聞くからなあ、そうした連中もいるって事かねえ」


 行商は勝手に納得したようであったが、我々にとってはありがたい勘違いであった。


「まあ、そんなところですよ。いつかは王都の方へも向かいたいと思っているのですがね。最近、王都の方では変わった事とかは無いですか? 行商であれば、その辺り情報もお持ちでしょう?」


 私の言葉を聞くと、彼は急に笑い出した。私が怪訝な顔を浮かべていると、それを察したのか彼は謝りながら理由を述べ始めた。


「いやあすまんすまん。冒険者ってやつはどいつもこいつも皆王都へ行きたがるもんだからついな。王都は平和その物さ、カルサルド様の治世は至って()()()さ。それこそ十数年前の政変以来は特に表立った動きは無い様に見えるがね。それよりもこれから冒険者登録をする旦那方にとっちゃ、この辺りでの魔獣狩りの情報の方が有益だろう? 湿地帯に住む、コモドカナドールの群れが夜な夜なロシュタルトまで来ては悪さをするってんで、それなりの報奨金が出ると噂だがね。まあ商人としても奴らの鱗が出回るのは有り難い。鉄より硬くて軽いってのは交易品としては中央ではそれなりの値段になるんだよ。私もあやかりたいもんだね」


「ほう……、因みに鱗はどの位の値段で引き取れるんです? 道中で仕留めたのが幾つか有るんだけれど」


 それを聞いた行商はしまったという顔を見せた。私達がこれから冒険者登録をすると聞いていただけに、既に魔獣狩りを行なってきた後だとは思っても見なかったようであった。


「かぁ、こりゃあ報奨金の話なんざするんじゃなかったな。私のとこで引き取れるのは一頭分で金貨二枚と大銀貨八枚がいいとこだな。普段冒険者組合で換金するよりはよっぽど割は良いと思うが、報奨金の程度によっては、大した旨味は無いかもしれんってところだな」


 スペリオーラ大陸における交易通貨は大金貨、小金貨、大銀貨、小銀貨、大銅貨、小銅貨との事であり、小貨幣十枚が大貨幣一枚に当たるとの事であった。


 私にはその価格が妥当であるかどうかは情報が無く客観視する事が出来なかったが、彼の物言いと、背後からスオウが私に送った合図を基に行商の言う事は嘘は無さそうであると判断して、彼と取引する事を決めた。


「じゃあ三頭分の換金を頼むよ。出来ればおまけに夜に後ろの三人に酒でも奢ってもらえると嬉しいんだけど」


 またも行商は笑い出した。


「ははは、その歳でおっさんみたいな交渉の仕方をするな坊主。気に入った、契約成立だ。砦内の風の波止場亭に今日は宿を借りる予定になっている。悪いがそこにコモドカナドールの鱗を持ってきてくれ。念の為に現物を確認しなきゃならないからな。夕方迄には貨物の納品が終わる予定なんで、まあその頃に来てもらえると助かるね。宿には話を通しておく、ラトリアのザンクに言われてきたと受付に伝えてくれ」


「ええ分かりました。引き続きよろしく頼ますね、ザンクさん」


「はは、ザンクで良いっての。ロシュタルトまで来て手ぶらで帰るのもバツが悪いからな、城内に入る前に客が付くとは幸先が良いってもんよ」


 その後もザンクと他愛のない会話をしつつ、列を待ち続け、その後凡そ一時間程度経ったところで漸く検問を受けることが出来た。


 城内の出入り管理を受け持つのは砦に配備されたロシュタルト辺境伯の私兵との事で、基本的には領地から召し上げられた平民上がりの兵との事であった。ロシュタルトに常駐する兵力は数百人程度との事で、領土固有の兵士と、中央から派遣された辺境騎士、魔術師の混成部隊が主だった戦力との事であった。


 検問に際しては二、三の事務的な内容と併せ、何の目的でロシュタルトを訪れたのかを聞かれる事となった。


「ふむ、冒険者希望か。しかし最果てのロシュタルトにわざわざ訪れるとは。我々としては戦力となる者は常に歓迎しているが、中央近辺の魔獣掃討の方が身入りは良いだろうに……まあこの辺りは龍種も出やすい分、浪漫はあるがな。魔族退治なんて事を謳う輩もいるしな、あんた等もその口かい?」


「ええ、我々としても王都へと赴く前にある程度の経歴は欲しいですからね」



 私はスオウが対応を済ませている間、魔力感知を通して、この場に滞留する第三者の魔法術式の行使を感じ取っていた。


(魔法術式……害意は無いようだが、この張り付く様な視線……この検問は何等か監視されているのか?)


 巧妙にその発生源は隠されていたものの、私の魔力感知から隠し通すのは不可能であり、検問室の内部を確りと観察すると天井の隅に魔力溜まりの様なものがある事に気がついた。念の為に私の方で同等の魔力を注ぎ込み、魔法術式を解除させる事とした。


 それに対して、兵士は反応を示す事は無い。とすれば、この魔法術式を行使している者は別にいると考えるべきだろう。私は引き続き、周囲を警戒しつつ、スオウと兵士のやり取りに引き続き耳をそばだてる事とした。


「若い魔術師を筆頭とした冒険者であれば、名を売るために此処まで来ると言うのも一つか。まあいい、いずれにせよ冒険者は歓迎している。君達を我々も歓迎しよう。砦への通行許可証だ、滞留中は無くさぬ様にな」


 門番となる検閲官が特に質問するでもなく、私達の評価を下すと、特に障害もなく城内に入る事が出来た。





 検問所を抜けると城内には想像以上に活気がある光景が広がっていた


「ははっ、こりゃ思った以上の賑わいですねえ旦那」


 ミチクサの感嘆も最もであった。城門から続く露店街が軒を連ね、食材から武器、防具、旅路に必要となる様々な道具が取り揃えられ、通りを行き交う人々も繁々と物品を眺めては盛んに価格交渉を行なっていた。


「ああ、凄いね。確かに想像以上だ」


 ロシュタルト砦が魔大陸との緩衝地帯となる事を考えると目の前に広がる賑わいは不思議であった。


 魔族に対する脅威を本当に感じているのであればこれほど人が闊歩するだろうかと、純粋な疑問が浮かびつつも、得手して政治的な事情と商売的な事情が一致するとは限らないのは世の常であるのも確かであった。しかし、それでも尚、私にとって目の前の光景は意外であった。


「ラクロア様、いかがしましょうか? 先ずは冒険者組合へ向かう事としますか?」


 スオウも少し興奮気味な様子を見せ、私を急かした。ミチクサ、ザイも同様に周囲をきょろきょろと観察しており、興奮を隠せない様子であった。


 三人ともハンナバハル等の漁村への訪問経験はあるとの事であったが、こうした城塞都市を訪れるのは初めてとの事で完全に圧倒されているようであった。


「そうだね、まずは用事を済ませるとしようか」


 門番に話を聞くと、冒険者管理組合は城壁内の中央市街地に位置するとの事で、我々は先ずは登録を済ませるために組合へと訪れる事とした。


 砦内部は主に石、モルタル、木材、及び煉瓦造りによる建築物が多く見られ、基本的には砦の城塞よりも低い背丈で揃えられている様であった。一方で恐らくは伝令用の高台として用いられる中央に聳える塔のみが周囲と比べて明らかに突出した高さを誇っていた。


 城壁に近い建物の殆どは民家であり、区画を隔てて教会、図書館、集会所、その他商業地区等が砦の中央部に配備されており、砦、と名のつく通りの戦いに備えた形での街並みが広がっていた。


 城内を歩く中で、構造物を彩る為のレリーフなど華美な装飾は見て取れなかったが、流石は砦と言うだけあり街並みの至るところに軍旗と思われる旗が掲げられており、国に対する忠誠心をこれでもかと示している様であった。


 冒険者管理組合は建築物としては然程目立った外観では無かったが、入り口付近に『冒険者歓迎』と書かれた貼り紙が掲示板に貼られており、分かりやすい目印として機能しているようであった。


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