ロシュタルト侵入 その1『大森林を進む者達』
バニパルスとの深夜の密会を経た翌日の早朝、集落民に見送られる形で私達はタオウラカルを後にする事となった。
ミチクサ、スオウ、ザイの三人は、民族衣装からスペリオーラ大陸における一般的な市民服とされている綿で編まれた服に袖を通し着心地を確かめていた。
腰回りは皮のベルトで留め、その上から秋冬用の外套に身を包むと、はたから見ればどこにでもいる冒険者四人組のようであるとノクタスの評価であった。
「思ったよりも快適ですねこの服は。湿度が高い場所では換気性が高そうです。まあ、耐久性は旅路の中で確認しないと何とも言えませんが」
スオウは服装を気に入った様子で、歩きながら身体の動きを確認していた。他の二人も弓や小刀を装備し、その他荷物を背負いながら一様に状態を確認していた。
「先ずは、スペリオーラ大陸側に侵入するに当たり、ロシュタルト砦を目指す予定だよ。第一の目的としてはあの場に置かれている冒険者管理組合だね。先ずはあちら側での身分を手に入れる事から始めよる事になるかな」
「なるほど、それは悪くない考えですねえ。魔獣狩りを生業にしている連中ですから、俺達としても話としても合わせ易いでしょうねえ。俺達としては基本的に旦那の決めた方針に従わせてもらいますよ」
ミチクサの言葉にスオウ、ザイも頷いていた。
「それでは、進むとしようか。人族の世界がどのようになっているのか、楽しむとしようじゃないか」
タオウラカルの集落から、平野に建てられているロシュタルト砦までの道のりはさほど険しい道のりでは無かった。大森林からは基本的に下りの道のりとなっており、五日もあれば平野に降り立つ事が可能な距離となる。
私一人であれば、半日もかからずに砦まで着く事も十分に可能であったが、四人行動である以上はある程度の時間が掛かる事は仕方のない事であった。
(大森林も秋になると色鮮やかだな……)
秋が深まり、森の中でも一部の木々が大きく実をつけ、食料についてはさほど消費する事もなく移動する事が出来たのは僥倖であると言えた。旅路において食料の確保は最優先で行われるべきであり、荷物の大半は長期保存に適した食材が主であった。
今後ロシュタルト砦から先へと進むに当たって、どのような交通手段が存在するのかによっても旅の仕方も変わる事もあり、自分たちの持つ食料についてはなるべく減らさずに現地調達を繰り返すという話を四人で取り決めていた。
歩き始めて三日ほど経つと、徐々に見える景色にも変化が付き始めていた。
「ラクロア様、木々が低くなってきましたね。そろそろ森を抜けて足場の悪い道のりとなります。ロシュタルト砦までには湿地帯を通る必要が有りますので、足元に気を付けて下さい」
スオウが先頭を歩き、三人に合図を出した。
そこから先は、霧が立ち込める中、ぬかるんだ道を歩き続け、時に方角を確認しながら進んでいった。私は魔力感知を広げ、魔獣の存在有無を確認しながらひたすらに歩き続けた。
湿地帯には背の低い草木が生え並び、水溜まりが目視で確認できる範囲でもいたるところに見えていた。地表に見える岩石を飛び飛びに進む中、もう少し歩きやすい道が無いかと、私自身も目を凝らして周囲を観察するように努めていた。
一見すると、背の低い花が生え揃う地面かと思われる箇所をよくよく観察してみると、実は泥沼に浮くような形で草が生えており、踏み抜くと容赦なく底無し沼に足を取られる事になるようであった。
この辺り、ミチクサ、スオウ、ザイは見知った様子であり、そうした怪しげな足場を避けながら遅くもなく、早くもないペースを守りながら湿地帯を走破する事となった。
「三人とも止まって。数百メートル先に魔獣の群れがいる……。私がこれまで見たことのない種類の魔獣のようだ。爬虫類、それも蜥蜴を大きくした様な造形だね。沼地の中を泳いで此方に近づいてきている」
私の話を聞いて、スオウがその造形から思い当たる魔獣を口にした。
「この辺りに住う魔獣としてはコモドカナドールの可能性が高いですね。奴らの鱗は交易品としてもそこそこ良い値段で引き取ってくれる先も有ります」
「ふむん。金策も兼ねて戦うのも一つかな? 特徴は何かある?」
私が三人に尋ねると代表してザイがコモドカナドールの習性について詳しく語ってくれた。
「あいつらは基本番で行動する。だが産卵期には複数の番が集まって子供を互いに守る習性がある。凶暴性が増している可能性が高い。縄張りに入る者を見境無く襲う傾向があるのも特徴の一つだ。陸上よりも水中での活動が活発で、基本的に獲物を水中に引き摺り込み捕食する魔獣だ」
「詳細にありがとう。戦闘するにしても地形上余り良い情報ではない様だね。弱点のような部分は有るのかな?」
「外皮は硬く矢尻は通らない可能性が高い。だが腹部の肉質は柔らかく刃物で有れば容易に引き裂く事が出来るだろう」
「なるほどね。一先ず奴らの姿が視認できて、尚且つ戦いやすそうな台地を探さない事には戦闘は避けたいな」
「私も賛成ですね。一旦は遠回りをして魔獣を避けましょう。狩場を見つけられれば狩ると言った具合にしましょう」
スオウの纏めに皆頷き、コモドカナドールの縄張りを迂回する事とした。迂回路を探りながら二時間ほどすると湿地帯の中でも四人が十分に距離を取りながら動き回れる台地を発見する事が出来た。
「旦那、この辺りならあいつら相手でも十分に対応出来そうですぜ」
「うん、確かに十分な広さはあるね。この辺りを捜索してみて、コモドカナドールがいる様であれば此方に誘き寄せて何匹か狩ってみようか」
「それであればここで一旦休憩としませんか? 奴等は温度変化に対して酷く敏感なので、火を焚いていれば自ずと近寄って来ると思います」
「良い案だね。じゃあ、沼地際で火を焚いて待機してみようか」
私は湿地帯に生える水生植物を取り敢えず集め、纏め魔力を集中して熱抗力を発生させ一気に乾燥を促した。スオウが着火材として持ち歩いていた穂口に火を付けて其処に投げ込むと一気に火が拡がりを見せた。
「持ち合わせの炭が幾つかあったよね? 勿体無いけど少し中に入れて暫く待機しようか」
ザイが懐から拳大の炭を二つほど取り出し、火中へ入れるとパチパチと火花を散らしながら熱せれられた炭に徐々に火が移り煌々と炎を吐き出して周囲を照らし始めた。
私達は暫く周囲を警戒しながら休憩を取っていると、三十分もしないうちに私の警戒網に大型生物が引っ掛かり、水中と泥沼を意気揚々と火元を目指して直進する姿を捉えていた。
「みんな、来たみたいだ。今検知しているのは……三匹だね。最悪は僕の魔法で吹き飛ばすつもりだけど、鱗を綺麗に取るのであれば綺麗に仕留めたいところだね。もう直ぐ此方に到着する、皆構えて」
三人の警戒心が一段階上がった事を確認しながら、私もまた沼地から這い上がってきた魔獣を見据える事とした。
つるりとした鱗は鈍色に光り、泥水を滴らせながら四足歩行の身体をくねらせながらゆっくりとコモドカナドールは沼地から姿を見せた。
ぎょろりとした目、金蛇に似た風貌と、針の様なトゲを無数に持つ長い尻尾が特徴の魔獣は台地に身を乗り出すと我々を見定め、獲物として認識した様であった。
一頭目が這い出すのに合わせて残りの二頭も後を追う様にして姿を見せた。
「手前のは僕が取り敢えず相手にしてみるので、三人に後ろの二頭を任せても良いかな?」
三人は頷くとスオウとザイが弓を構え、ミチクサが腰に背に携えた大剣を引き抜いた。
私は魔翼を展開し、私に向かって真っ直ぐに私に突っ込んで来る魔獣を見据えた。
魔獣はチロチロと舌を口から覗かせながら私へと突き進み、間合いに入ると同時に身体を旋回させると、横なぎに尻尾による一撃を繰り出そうと動きを見せた。
私は結晶体に魔力を送り、その一撃を余裕を持った距離感で受けさせると、流れる様に結晶体を操作し、そのまま後ろ足を刈り取った。一瞬の出来事に反応が出来ぬまま身動きが取れなくなった魔獣へと私は近づき、その勢いで腹部を垂直に蹴り上げた。
コモドカナドールの軟らかい腹部に強かに蹴りが突き刺さり、回転しながら地面に落ちると綺麗に仰向けとなって台地に横たわった。上手い具合に急所に一撃が入ったのか、ピクピクと痙攣しながら、魔獣の口元からは紫色の長い舌が力無く飛び出していた。
私は魔獣の首を念の為に斬り落とし、直ぐ様三人の状況を確認した。
三人はスオウとザイ二人の弓矢によって牽制を行いつつ、二頭の魔獣を取り囲む陣形を形成していた。スオウとザイの正確な弓術により、二頭共に眼球を射抜かれており少しずつ体内を巡る麻痺毒によって動きが鈍くなってきている状況であった。
ミチクサはそれを好機と、特に動きの鈍い一頭に背後から近づき、装甲の薄い足下を狙って何度か斬りつけ足を切り飛ばす事で更に動きを奪っていった。完全にコモドカナドール二頭の動きが停止したのはそれから更に三十分後の事であった。
正面切っての戦闘ではその鉄並みに硬い鱗によって剣戟も矢尻も弾かれてしまい、一見すると近接戦闘はリスクが高く、結果としては毒による衰弱死を狙うのが最も確実な手法と言えた。
(実践となると未だまともに魔力操作は難しいか。今後の課題だな)
その後、迅速かつ丁寧に三頭分の鱗を剥ぎ終わると直ぐにその場を離れ、我々は再び湿地帯を突き進む事となった。
湿地帯を進む中で、その後も私の魔力感知に引っかかった沼地から現れるコモドカナドールを幾度か撃退する内に漸く湿地帯を抜けて確りとした大地に降り立つ事が出来た。