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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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魔族的宥和政策

 

 出立の前夜に私は密かにバニパルスに湖の畔に呼び出された。


 既に、夏は過ぎ月下草は鳴りを潜め、穏やかな湖面と半月が映るばかりであった。


(月という概念が果たして、今見ている物にそのまま当てはまるのかどうか……)


 私は前世の知識と、風景を結び付けて情緒を感じると共に、一つの疑問を抱いた。しかし現に星は夜空を照らし、月が存在しているという事は間違いの無い事実であった。そしてまた、その夜空を美しいと思う私の心もまた、本物であった。


「夜分にすまんのう。英雄の出立を想起するのであれば、爺では無く、本当はカトルアと訪れたいところであったかな?」


 月夜の中で、私の魔力感知が捉えたのは、忽然と移動魔法によって姿を現したバニパルスであった。


(いい腕をしている……)


「出発前夜に、長老と話をする。それも英雄譚の冒頭には相応しいと思いますよ。まあ、内偵が英雄譚になるかは別ですが」


「ふぉっふぉ。それもそうじゃ、儂らは魔族と人族の狭間に生きる者であれば、英雄譚には程遠いと考えるべきじゃな」


 バニパルスが私を呼び出したのは今回の調査内容及び、その根幹に関わる内容を知らせる為、との事であった。


 前日であったのは可能な限り情報流出を防ぐ為という建前であった。しかし、それにしても、もう少しやりようはありそうなものだと若干不満が私の中で燻っていた。


「さて、ラクロアよ。お主はこれより内地に赴き情報収集の任に就くことになる。その目的を種族会議にて取り決めた」


「僕に出来る単純な任務だと良いのですが」


「一つは今のシュタインズクラード王国の状況確認じゃな。王が変わってからの民の暮らし、王周辺の動き、騎士団、魔法研究所の主だった動きを探る。そして可能であれば廃絶され得る人材の接収とわしらの存在が表立たない程度に王派閥、又はその逆の立ち位置を持つ貴族連中に取り入ることを儂らは求めている」


 私はそれを聞いて思わず本気か? と口から漏れそうになるのをどうにか堪えた。それは調査等という生易しいものではない。純粋な敵状視察並びに現地における協力者の取付けという、敵地における内部工作に他ならない。


「随分な任務ですね。僕一人でそれを全て?」


 バニパルスは柔和な微笑みを浮かべながら頷いた。本来は好々爺に映る姿が、今の私には無理難題を吹っ掛ける悪魔染みた何か別の生物に感じられる。


「無論。その為に危険度の高い内地にお主を送るのじゃ。それなりの見返りが無ければ、我々とて今回の処罰に収めはせんかったよ」


「……それは僕に対して譲歩したとも聞こえますが?」


「その通りじゃ。今回の騒動の中心人物がお主で無ければ、カトルアの魔大陸への追放処分は免れなかった」


 要するにカトルアは私に対する人質という言い方も出来た。私が従わなければ、又は期待に沿えなければそれなりの用意があるという事を指し示している。


 それはトリポリ村長に対する言い繕いとは別の、この村における人族という種族長としての考えを示していた。


「本来であればこの様な姑息な手を使いたくは無いのだが……」


 バニパルスの言葉に嘘は無い様に感じられた。手の内を明かす事で自らの苦境に対する理解を求めようという事なのだろうか。


 しかしこれは明確な脅しである事に変わりは無い。そうでありながら、私に対して理解や同情を求めている様な言い草に対して、私は態度を硬化させざるを得なかった。


「其処までしてでも僕をこの村に留めておきたい理由があるという事ですか?」


 バニパルスは僅かに動きを止めたが、何処か観念した様に静かに頷いた。


「そうなるのう」


 私と他の者との違いを端的に表すとすれば、それが私の身に宿る魔力機構『魔翼』であるのは間違いない。

 

 しかし、それがどの様な意味を持つのか……、私自身はこの魔翼を力の象徴としてしか見ていなかったが、それ以外にもなんらかの価値があると言うのか、それはこれまで私の理解が及んでいなかった核心であった。


「この魔翼に()以外に何等か人族にとって意味が有るという事ですか」


 バニパルスはやれやれと言った体で、どうしたものかとぽりぽりと髪の薄くなった頭を掻いた。


「察しが良すぎると言うのも困り者じゃが、さりとて此処は既に偽る段階にはないのう。本来はお主が成人を迎えた時と考えていたが……まあ、いいじゃろう。過去の話、それもこの村を築くに当たって魔王と我々が結んだ盟約の一つが事の発端であり、今の我々にとって全てと言っていい」


(魔族とこの村の人族の盟約……)


「我々人族の中で魔翼を持つ者が現れた際には、その魔翼を持つ者に連なる人族も魔都への登城を許されるとされたのじゃよ。この盟約はお主が成人を迎える二年後に実行される。それ故に、わしらはお主に拘らざるを得なかった。それはこの村に住う二百名余りの生殺与奪を握るに等しい価値を持つ。聡明な御主ならばその意味が分かるであろう。我々人間は閉ざされている。魔大陸という魔族が治める巨大な領域に隣接した人族の世界は、魔族にとっては無数に存在する種族の一つが持つ、僅かな縄張りに過ぎないのじゃよ」


 私はかつて、ヒナールとジナートゥに諭された、魔族における魔翼の価値について思いを巡らせていた。


「……魔大陸及び、魔都へと至る為の権利、ですか。それほどまでに、魔翼は魔族にとって象徴となっているという事ですか」


「魔都に赴けば、魔族の在り方をより深く理解することも出来るのだろうが、我々が得られる情報は思いの外少ない。こうして魔族と共同体を構築しているが未だに彼等の中で我々は敵性種族である事に変わりはない。この点を打開する一手が儂らには必要なのじゃよ」


 宥和を目的に作られた村の成り立ちと、人族にとっての魔翼を持つという意味を明確に突きつけられた途端に、胸中に僅かなしこりが生まれ、息苦しさを覚えたのは気のせいでは無い。


 恐らく、私が持たざる者であれば当然ながらに抱く感情が、バニパルスの言葉を通してこの場に渦巻いていた。


 しかし、それを良しとするかどうか、それは別の問題であった。


 脳裏を過ぎる村に住う人々の顔。それを思い浮かべた時に果たして私が彼等の期待を裏切ることが出来るのかどうか、この場で即座に出せる答えは無い。


 これは極めて個人的な、それも感情的な問題であった。


「ラクロアよ、御主には負担を掛けることになる。じゃが、それは力を持つ者の責務と理解して貰えると良いのじゃが」


「……自由にはなれないものですね」


「御主も、儂らも同じじゃよ。皆、平等に人間なのじゃよ」


 私はバニパルスから視線をそらし、水面を眺めていた。


 湖面に揺れる半月が、何故だか急に寒々しく見え始めたのは唯の見間違いではないように思えた。


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