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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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シドナイとクオウ、先を行く者達


 警備部隊として駐屯所に詰めているシドナイに会いに行こうとするとそこにシドナイはおらず、今は訓練場にいるとの事であった。


 訓練場に向かうと。そこにはシドナイに稽古をつけられているクオウの姿という、意外な風景があった。


「来たかラクロアよ。そろそろ出立の頃合いか?」


「ええ、村を出る前にに皆に挨拶をと思いまして」


「ふむ、私からお前へと向ける気の利いた言葉は必要なかろう。暫しの別れではあるが、自身に課せられた役割を果たし、引き続き励むといい。そうさな……罰、と言う意味合いに固執せず見分を広めるといい。折角の機会だ、更に強くなれ。そしてここに戻ってくるといい、それこそ私を超えられる程にな」


「ふふ、シドナイは変わらないね。まあ、次はシドナイを地面に転がすぐらいは出来るようになって帰ってくるよ」


「かっかっか、愉快愉快。そうでなくては、私が自ら育てた意味も無いというものよな」


 シドナイは嬉しそうに笑っていた。自分の教え子が育つ姿を見るのがそれほどまでに嬉しいのだろう。積極的に人族との交流を戦いを以て図るシドナイの在り方は、魔族と人族双方から見ても稀有な考え方であるのだろうが、私はその在り方がシドナイの人柄を強く表しているようで好きだった。


「今度はクオウを鍛えているのですか?」


「はは、なかなか此奴も筋が良くてば。人族の成長を見るのは胸がときめく。最早私の生き甲斐の一つと言えるのかもしれぬな」


 シドナイはその爬虫類顔を歪ませ、相変わらずの猛者としての雰囲気を一切損なわずに笑顔を見せた。


「ははっ、シドナイらしいと言うべきなのかな、それは……、っと」


 そんな笑顔の真横をすり抜けるように、唐突に迫る人影は明確な殺気を放っていた。私は魔力障壁を展開させると、槍を構え突進を見せたクオウの一撃を強引に押し返した。


「出立祝いにしては乱暴だな、クオウ」


「俺と立ち合え」


 その目に宿す野獣の様な瞳は私が知るクオウのそれではなかった。何かを追い求め自分を追い詰めるようにした在り方は酷く危うく見えた。


 ちらとシドナイを見るとどうしたものかと思案顔であったが、シドナイは私に「相手をしてやると良い」と頷き、立ち合いの許可を出した。


 私はシドナイから訓練用に刃が潰された長剣を渡されると、クオウを正面に相手取り、正眼の構えで出方を窺う事とした。


 クオウから漏れる魔力の高まりは以前に見た物とは異なり、非常に洗練されたものであった。身体強化の為に効率良く全身を魔力が覆っており、その強度は以前の数倍に跳ね上がっている。


 短時間でよくぞ練り上げた、そう言っても良い程の魔力の力強さに私は感心しながらも、同時に絶対的な内在する魔力量の少なさが今のクオウの限界を表している事も感じていた。


 人族の限界を如何にして超えるのか、効率か、それとも技術か、はたまた武器に頼るのか、それは騎士としても命題であると以前ミナレットから聞いた覚えがあった。そうした意味で、クオウが強くなる中で課題として壁が現れるのは明白と言えた。


 クオウが鼻からゆっくりと息を吸い込むのと同時に四肢に込められる魔力量が一段階上がり、動きを見せる前兆を放っていた。


 魔力の効率化という観点、そして攻防における情報の取り合いの観点からすると、依然としてクオウは発展途上にいるのだろう。それを見抜く相手、という意味では、私は彼に立ちはだかる壁そのものと言えるのかもしれない。


 私は彼が飛び込みを見せる前に、一息で距離を詰めると上段に振りかぶった剣を兜割りよろしくクオウに叩きつけた。


 クオウは不意を突かれながらも槍の柄で受けると同時に器用に受け流し、すぐさま体勢を整え、私の側面に回り込み鋭く連続で槍を打ち込みながら私に懐を取らせないように距離を取り続ける立ち回りを見せていた。


 私は都合四度、繰り出される槍を剣で弾き、いなし、 直線的になった一撃を大きく跳ね上げると、その間隙を縫うようにクオウの懐に潜り込み、彼の脇腹に横薙ぎの一閃を加えた。


「がぁッッ……!」


 私は剣に魔力をまとわせる事はせず、身体強化によって跳ね上がっていた膂力を以て、単純に鉄塊をクオウに叩きつけた事になったが、その威力は想像以上に高く、クオウは身体をくの字にして地面を数メートル転がる事となった。


 クオウはすぐさま立ち上がると、痛みを魔力によって紛らわせ、獣のような眼をこちらへと向けながらに、今度は自ら私へと突貫を図った。


 私は彼の想像以上のタフネスに驚きつつも、目算五メートルの間合いを瞬時詰める機動性を奪う為に、彼の着地際に放たれる槍の一撃の出頭を狙い、剣の腹ばいを叩きつける事で完全に封殺した。


 驚愕に目を見開くクオウを正面に見つめながら、私は攻撃の為に彼の魔力防御が手薄となっていた鳩尾に向けて蹴りを放った。その衝撃にクオウは槍を手から放し、先ほどよりも強い衝撃を受けて意識を失ったようであった。


「短期間で、だいぶ強くなりましたね」


「そうさな。お前には敵うまいが、その成長は目を見張る程だ」


「私と立ち合わせたのは何故です?」


「お前がクオウにとっての目標だから、という答えでは不服か?」


 それは私にとって以外な回答であった。


「それはまた何故です? 彼が私を倒したいと願っているのですか?」


「人の心は複雑故、私も読み切る事は出来ぬが……。先の湖での出来事がクオウに影響を与えているという事は紛れもない事実だろうよ。あの後に、直接私に懇願して来たのだからな……。その心意気は本物であったが故に、無碍にも出来ずこうして鍛えているわけよ」


 そうして話をしている間に、大の字で仰向けに倒れていたクオウが起き上がった。腹部を抑えながら、周囲を見渡し状況に気が付くと悔しそうな顔を浮かべていた。


「くそっ、こんなんじゃ全然駄目だ……もっと強くならないと……」


 呻くようにクオウは呟くとよろよろと立ち上がり、槍を手に取ると森へと歩き出し姿を消した。


「ふふ、奴の気持ちは折れていないようだな。ラクロアよ、人族とは本当に面白きものよな……。お主の旅路が幸多からん事を祈っておるぞ」


「ありがとう、また会える時を楽しみにしておくよ」


 私はシドナイと握手を交わし、クオウを追うシドナイを見送った。


 その後は村長のバニパルスや、シンラ、魔族のグリム等と会い、夕方には一通りの挨拶を終える事が出来た。


 シンラは私が外に出る事を知らなかったらしく、酷く寂しそうにしていたが、私が一つ頼み事をすると、彼はすんなり受け入れてくれた。


 グリムと会えなくなることで、暫く彼の柔らかい毛並みを楽しむ事が出来なくなるのが非常に寂しかったが、グリムは魔族らしく数年程度大した時間ではないと笑っていた。ジナートゥやヒナールも同様に「罰がその程度で良かったじゃないか」と私をからかうように笑っていた。


 人が別れを惜しもうとしている出鼻を挫かれる事態ではあったが、魔族からしてみれば、大したことの無い出来事であると知れたのは新鮮だった。


「まあ、何百年と生きるうちの数年会わなかったからと言って僕達の関係性が変わる訳じゃないしねえ?」


 ヒナールの言葉は、旅立つ私にとっては寂しさを紛らわす、友から送られる最上の言葉であった。


 私は翌日にはタオウラカルへと戻り、ノクタスとスートラと最後の打ち合わせを済ませ、二日後には出立する旨を伝えた。


 ミチクサ、スオウ、ザイも既に準備は済んでいるようで、いつでも旅路に付く事が出来るとの事であった。この先に何があるのか、新しい世界に触れられる事に、私は心の隅で、寂しさとは別に、僅かな興奮を覚えていたのは間違いなかった。



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