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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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ラーントルク家と姫と騎士、そして


「なに、外の世界を見るのはお前にとっても良い機会になるだろう。存分に見分を広めるといい。何れにせよ、ここに帰ってくる事にはなるさ」


 次にミナレットの家に挨拶に向かうと、ミナレットは自分の腕を試して見る良い機会だと激励をくれた。


「そうですね。先ずは自分のできる事をして見るつもりです。とは言え、悪戯に力を振るうと悪目立ちしそうですから、魔翼は隠して行動した方が良さそうですが……」


 力を振るうにはそれなりの前提条件が必要である。つまりは自分達がその力を振るっても問題ない素地が必要と言う事であった。それは、騎士団に所属しているだとか、王国の中でも高名な魔術師に師事した、といったような相応の力を持つだけの根拠である。

 

 この村でもそうだが、『魔翼』という存在が決して人の目から良いものとして見られないのであれば、私の出生が魔大陸と紐づけられた時にどのような面倒が降りかかるかは想像に難くない。力の使い方は考える必要がある。


「王国の目があるのは確かだな……。一方で、強力な力を持つ者を騎士団や魔法技術研究所は大陸全土から掬い上げる為に監視者として人員をある程度割いている事も事実だ。上手く取り入るのであれば、ある程度の力は示さなければならんだろう。勿論過剰な力の行使は避けるべきだがな」


 ミナレットのいう事は最もであり、そのバランス感覚は私が周囲を観察しながら身に付ける必要があるものであった。


(一先ず、オドのみを用いてどの程度まで王国の者達とやり合えるのかについては、検証する必要があるか)


「それと、忘れないうちにこれを渡しておこう。王都に寄るのであれば魔剣の剣匠であるアルベルト・ランカスターを訪ねてみると良い。俺の名前を出せば悪い扱いはされないだろう。情報を得るにせよ剣を調達するにせよ、間違いの無い人間だ、役立てるといい」


 ミナレットはそう言うと、自分が身につけていた黄色に淡い輝きを放つ魔石が嵌め込まれた細やかな装飾が施されたネックレスを私に託した。


「これは昔、俺が奴から預かった物でな。これを見ればアルベルトにも意図が伝わるだろう。バニパルスの爺さんからの依頼についてもそれで果たせばいい。魔剣の調達がどれほど意味を持つかは俺にはわからんが……まあ、無いよりはマシだろうからな」


 ミナレットの持つ魔剣の威力を思い返し、それを大した意味は無いと事も無げに言うミナレットの言葉にやや驚きを受けたが、それは彼なりにこの村の平和を思っての事だと言う事は理解出来た。不要な武力を持てば、不要な不和を生む可能性は否めないというのもまた一つの真実であろう。


「有難うございます。王都に辿り着いた際には必ずお渡しします」


「ははは、そう気張るな。お前の力があれば王都に行くことぐらい訳ないだろう。お前が王国の人間に対してどの程度通用するのか見てみるいいさ」


 ミナレットは笑いながらその様に戯けて言ってはいたが、アルベルトの名前を出した際は少し寂しそうな表情を浮かべていたのを私は見逃さなかった。それは恐らく、自身が手放した過去の繋がりその物なのだろう。


「因みにノクタスとの会話で議題に上がったのですが、今の王国の軍備や冒険者管理組合について幾つか聞いても良いですか?」


 ミナレットはちらと家の中で家事を続けていたオリヴィアを横目にするとオリヴィアはそれに気づいたのか「お構い無く」とミナレットに合図を送った。


「少し話すとするか……。俺達家族が元々シュタインズクラード王国から流れてきたという事は以前話した通りだ。俺は元々、国立近衛騎士団の団長を担っていた。建前上、俺達は護国の騎士であり政治闘争には関わらないというのが不文律だった。一般的に騎士という者は自身が騎士に任命されるに当たって己が定めた者に対して剣を捧げるのが通例となる。騎士の中でも、辺境騎士と呼ばれる役割までは国と自らの主君、その二つの護るべき存在を両立する事を許される。しかし、近衛騎士は、個人では無く、国に対してのみ剣を捧げる存在となる。それこそが近衛騎士であり、それ故に騎士の中でも何者にも縛られない存在として、国の絶対的な守護者としての名声を得ることが出来る存在だった」


 そこでミナレットは区切ると、優しげな眼差しをオリヴィアに向けた。


「俺は近衛騎士になる前はオリヴィアの騎士だったんだ。平民であった俺を従者として取り立て騎士にまで導いたのはオリヴィアだった……」


 王国からの流浪の民が、どういった経緯でトリポリ村へと流れてくるのか、ある程度は聞いていたものの、その張本人たちから明確な経緯を聞くことが出来たのはこれが初めてであった。


「当時の王、つまりはオリヴィアの父君が弑逆され、王位継承権を持っていたオリヴィアにも追手が掛かった。権威の独立を守る騎士団長として俺は王侯貴族内部での反乱、反逆に手を貸すのは御法度であり、本来であれば傍観するべきであった。しかし、オリヴィアの側にいながらにして彼女を見殺しにする事は俺には不可能だった……。だからオリヴィアを連れて逃げた。追手を交わし、彼女との安寧の地を求めた結果、行き着いたその果てがこの村という訳だ」


(近衛騎士としての役目を果たす為に、王侯貴族の内紛を見過ごすのか……政変を些事とするのが近衛騎士とは、因果な役回りだな……しかしそれよりも問題はオリヴィアさんの出自か)


「……つまりオリヴィアさんは王族の末裔という事ですか?」


「ああ、そういう事だ。ただの貴族では無く弑逆された王族の末裔が生き残りと分かれば現在の王政は叛逆の芽を摘むために取り得る限りのあらゆる手段を用いて俺達を抹殺しようとするだろう。その事をよく覚えていて欲しい」


 ……人族の世界から爪弾きにされ、魔族にもなり切れず魔大陸の村へ逃げ込んだ者達。それがこの村に住まう人々だとすれば、この村は、この村の人々は行き場の無い袋小路に入り込んでいる事となる。


「それで、現在の国王の名前は何というのです?」


「当時、新しい王に就いた男の名前はカルサルド・キニアス・フォン・ブーゲンビッヒ・シュタインズクラード、今もなお王国に君臨するという、オリヴィアの叔父に当たる人物だ」


 シュタインズクラードという名を聞き私は瞠目した。当時の王から王権を奪ったのはその身内であったのだ。


「完全に身内同士の争いだったという事ですか」


「ああ、カルサルドは王位継承権第四位。順当に考えるのであれば王位につく事は叶わなかった人間だ。シュタインズクラード家において王位継承権を持つ者が現王に対して起こす反逆は先祖代々に渡っての認められた権利となっていたのが実情なんだ。その反逆における武力行使も規律が有り、伝統に則った方法が定められている。国立近衛騎士団と国立魔法技術研究所に所属する魔術師の介入を除いた範囲において、後継者達は武力行使が認められていた」


「そんな歪な政治体系が成り立つのが、今の人の世という訳ですか」


「そんな在り方だから魔族の恐怖に怯えながら生き抜いてこられたとも言える。常に人族は外敵に怯え、力を求め続けてきた。王が無力であれば民草は死に絶える。そんな強迫観念が今の王族の在り方を決めたのかも知れない」


「政治闘争と外憂を一緒くたにするのは、明らかに悪手だと私には思えますが」


「結局、こうした慣習が始まってから魔族と人族が争う事が歴史上一度も無かった事がそうした悪循環を形成するに至った原因だろう。直接的な脅威であった魔族がいつに間にか、日々の生活の中において最早歴史の一部として風化してしまっている。けれど建前として、権力闘争に身を置く者達は嬉々として魔族を敵として想定し、己の欲望を満たす為に動くのだろう。過去、魔王バザルジードは数十年単位に一度、人族の王と会談を設けていたようだが、それも数十年前を最期に途絶えてしまっている様だからな。人も世代が変われば当時の記憶は薄れて消えて行くというものさ」


 かつてバニパルスの話を聞く中で、魔王と人族の面会は魔族に対する悪感情を増幅する形で、極めて悪い方向へと向かったという認識を私は持っていた。その為、ミナレットの物言いには若干違和感を覚えた。その辺りの実態は私自身で探る必要がありそうだった。


「そうですね、何か向こうに行くに当たって、私が気を付けるべき事は有りますか?」


「そうだな。やはり階級制度の面については気をつけておくべきだろう。お前がタオウラカルの者と王国の村や街を回るとして、各地域の支配階級の動向は常に気を配っておいた方がいい。貴族社会がどの様に根付いているのかを理解しながら、貴族連中に対しては波風を立てぬ様に行動するべきだろうな。そうした意味で、重要なのは王国における身分をどのように取得するかだが、何か案はあるのか?」


「聞くところによると冒険者管理組合なるものが各地域に存在し、そこに所属する事が一つの身分になると伺ったのですが、如何でしょう?」


「ああ、俺もそれを薦めようとするところだった。冒険者組合は根無し草の流浪民に対する対策と、スペリオーラ大陸における人口調査、及び租税徴収と魔獣討伐といった幾つかの観点から採用された比較的新しい制度という事もある。そうした意味で言えば冒険者組合側がお前たちを受け入れる公算は高いな」


「ありがとうございます、ではまずは冒険者としての身分を手に入れ、そこから調査を始めようと思います」


「ああ、体調には気をつけるようにな。分かっていると思うが引き続き鍛錬も怠るなよ」


「勿論です、帰って来た時はシドナイにもう一歩届くように鍛えておきますよ」


 それを聞いたミナレットは笑って私を送りだしてくれた。

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