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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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トマム・エルオノーレの役割

 

 初夏が過ぎ、秋が深まりを見せ始めた頃、数ヶ月に渡ったタオウラカルの整備と、冬に備えた幾つかの仕事に目処を付け終えた私は、ようやく出立の為の準備を終える事が出来る段階に至っていた。


「ふむ、ようやくひと段落ですか。ラクロアも村で準備を済ませ次第、出発しなさい。冬になると移動が制限されますから…… 東西の要所となるガイゼルダナン辺りまでは秋の内に行けると良いですね。ロシュタルトでは冒険者管理組合を利用する手はずでしたね?」


「ええ。残念ながら今の僕には王国において身分が有りませんからね。ロシュタルトで冒険者管理組合で登録を済ませ平民としての身分階級を手に入れる事が出来れば、スペリオーラ大陸内である程度の自由が確保できると考えています」


「そうですね、その辺り、詳しい事はミナレットに聞くと良いでしょう。彼はかつては近衛騎士として数多の冒険者とも接触を図っていた筈ですので、参考になるでしょう」


「ありがとうございます。一度伺ってみます」


 ノクタスの言葉に従い私は一旦トリポリ村へと帰り、しばらくの間外界を見聞して周る旨を皆に挨拶がてら報告する事とした。



「ただいま、母さん」


 そこには家事を淡々とこなし、その傍で何やら報告書にようなものを書き上げているトマムの姿があった。彼女はトリポリ村の様子だけでなく、人族の集落の様子を定期的に魔都にいる何者かに送っている様であった。それは彼女も体系化された組織の一員という事の証左でもあった。しかしながら私はその相手が誰かについて聞く事は無かったし、トマムも私に対してそれを話すつもりはない様であった。


 トマムは私の声に反応して手を止めると、私へと向き直り、久しぶりに見た私をまじまと眺めながら羽をバタつかせていた。私は彼女が急激な感情の変化を隠す時の癖を見て、彼女に変わりないことを確認すると居間に据えられた椅子に腰を下ろした。


「あらあら、元気にしていたのかしら? ラクロアの顔を久々に見れて嬉しいわ」


 トマムは引き続き羽をパタつかせながら、朗らかな笑顔を見せた。美しい黒髪に映える柔和な微笑みと母性を覗かせる慈愛の篭った眼差しもまた、私にとってはいつもと変わらぬ、ありふれた日常の出来事の一つであったが、暫くぶりにこうして目にして見ると少しばかし新鮮に映った。


「うん、至極無事だよ。母さんも変わり無いようで良かったよ。近日中にはタオウラカルを出てロシュタルトへ向かう予定だから、出発の前に皆に挨拶をしておこうと思ってね」


 それを聞いたトマムは残念そうに再び羽をパタつかせた。


「ラクロアも遂に人間界をその目で見る事になるのね。母さんとしてはもう少し魔族について良く学んでもらってからにして欲しかったのだけれど、こればかりは仕方ないわよね。くれぐれも気をつけていってらっしゃいね?」


 トマムは心配そうに翼を小刻みに震わせながら私を抱き寄せると、私の頭を撫でつつ、暫しの別れを惜しんでくれた。


「はは、大袈裟だなあ」


 トマムの柔らかな身体に抱きしめられると共に仄かに香るバラの匂いが幼き頃の記憶を僅かに刺激する。十年間、トマムと共に過ごした時間は気が付けばそれなりの期間となっており、決して短い時間ではないと改めて気づく。


 どのぐらいの期間に渡って村を離れる事になるのかは未だ不明瞭であったが、少なくとも王国の王都までは片道で三ヶ月程度の旅程となるとの情報もあり、冬を挟めば往復で最短でも一年以上が掛かる長旅となる可能性が大いに有り得た。


(長い旅か……)


 トリポリ村への定期的な連絡手段がスペリオーラ大陸側からは無いことから、仮に旅先で私が死ねばこれが今生の別れになるという事実が私の脳裏を過ぎった。


「次に会うときはひょっとしたら、成人を迎えているかもしれないね。その時は、魔大陸にも行ってみたいものだね」


 彼女を心配させまいと、私は彼女に笑いかけた。それは彼女の息子として出来る最大限の優しさであると信じていた。


「ふふ、そうね。レイドアーク様にもその旨をお伝えしておきますから、準備して待っているとするわね?」


 我ながら目ざといとは思いはしたが、不意にトマムが口にした人物の名前が引っかかり、彼女の美しい瞳を見つめながらその意味を問うた。


「レイドアーク様、って魔都にいるいつも手紙を送っている方の事?」


 トマムは口を滑らせたと少し困った表情を浮かべた。いつものうっかりなのか、わざと私に情報を与えているのか……トマムは私の育ての親であると同時に魔翼を持つ人間の監視者である事を私はどこかしらで理解していただけに、この点においては穏やかではない部分があるのも確かであった。


 思い返せば今回のタオウラカルの騒動においても、トマムは私が何をしているか、何をするのかを把握しながらあえて泳がせていた節があった。


 村長のトリポリからは今回の失態について、カイセンと共に叱られていた様子であったが、それもまた、魔都にいる人物と何等か関係があるのではないかと私は疑っていた。


「そうね。そのお話も貴方が帰ってくる頃には改めてしなくてはならないわね」


 やはりトマムは現時点ではそれを私に伝えるつもりは無い様であった。


「ふふ。母さんも大変だね。そしたら、次に会う時を楽しみにしておくよ」


 私は彼女を改めて抱きしめて別れを告げると共に家を後にした。


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