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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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魂と魔翼


 ノクタスの家を出ると、集落の中央では我々が持ち帰った獲物を女手が総出で肉を捌き、保存用に加工を始めていた所であった。そこにはサルナエもおり、此方を見つけると手を止めて私に近寄ってきた。


「ラクロア様、お疲れ様でした。それにしても今日は凄いですね。短時間でこれだけ獲物を仕留めてくるだなんて」


 サルナエは心底驚いている様であった。私も褒められて悪い気はしなかったが、この成果はミチクサ、スオウ、ザイの長年の経験に依るところが大きく、私がしたのは精々が魔力感知による索敵ぐらいのものであった。


「あの三人の猟師としての腕前は本物ですね。私がやる事はほとんどありませんでしたよ」


「ふふ、その三人がラクロア様の魔法が凄いと言っていたんですよ。スオウはラクロア様が猟師になるべきだと、しきりに言っていましたし……」


 そこでふと、サルナエとの会話が途切れた。何処と無く彼女は私の様子を窺うかのようであった事で私も察しがついた。恐らくあの三人から冥王に関する話を聞いたのだろう。それに対して私に後ろ暗い事がない事を伝えに来たというところだろうか。


「サルナエさんはあの時、私が冥王と呼ばれる者と対峙していた所を見ていたんですね」


「……はい。お伝えすることが出来ず申し訳ございませんでした」


「いえ、それ自体は気にする程のものではありません。問題はあの存在はあの場にいた私と貴方の二人にしか見えていなかったという点です。あの場は聞く所によると冥界そのものであり、常人が介入する術を持たない空間だった筈。それを貴方が見る事が出来たというのは何か特別な力を貴方が持っているという事だと思うのですが、お心当たりはありますか?」


 サルナエは「はい」と呟いた。


「恐らくはこの目のせいかと思います。私には生物の魂を見る事が出来るのです」


 サルナエは自身の翡翠色をした目を指して私に答えを告げた。彼女の目は一族に代々伝わるものであり、普通人間が見る事のできないものを見る事に特化した魔眼であるとの事であった。巫女として祈祷を行う事に関しても、生物の魂の流れを見る事で吉凶を占っているとの事であった。


「魂、ですか」


 私は魂という存在をもそれほど信じてはいなかったが、自分自身が前世の知識を持ったまま転生している事を考えると強ち存在しないと言い切れるだけの確証は無かった事も有り、実際のところサルナエが見える物について興味があった。


「はい。生物が活動を終えると魂は身体を抜け出し、冥界へと旅立ちます。あの湖はこの辺りでは最も冥界との繋がりが深い場所なのでしょう。魂達が誘われた先に冥王が現れた。あれを見た私はその威容に祈りを捧げざるを得ませんでした。そして冥王を目の前にして、生者として戻ってきたラクロア様に対しても同様に畏敬を抱かざるを得ません」


 タオウラカルの民が信奉する神が冥界の王という事実と、魂の行方が冥界へと向かうというサルナエの言葉を信じるのであれば、魂の循環というものや、人ならざる存在の世界という別次元の話もこの世界においては有り得るのかも知れなかった。


「なによりも、ラクロア様は魔翼を持つ者。魂を統べる者でいらっしゃると言う事が私達の中にある信仰心に近い部分に触れるのです」


 過度な思い込みだと私は彼女を否定するつもりは無かった。他のものから私がどの様に見られているのかを知る事は重要な情報である事もあり、彼女の言葉にもう少し耳を傾ける事とした。


「魂を統べる?」


「はい。魔翼は魂を取り込む事で力を産み出していますよね?」


 サルナエが言う、魂を取り込むという事がどういった意味合いかを私は明確に理解出来なかったが、恐らくはエーテルをマナへと変換する機能の事を言っているのであろうと当たりを付け彼女に確認を行った。


「魂、かどうかはわからないけれど、大気中に満ちているエーテルと僕達が呼んでいる力を取り込む機能の事かな?」


「はい、恐らくそれは魂を形成する為に存在する力の総称なのでしょうね。大気中に満ちる魂の残滓、それがラクロア様の言うエーテルそのものなのでしょう。生命が潰えたときに抜け出した魂が残す力を魔翼は取り込み、自身の力とする事が出来る。そうするのであれば、魂そのものも捉える事が出来るのでしょう。過去にそのようにして力を振るった者が居ると言い伝えられております」


 エーテルが仮に魂の残滓だとすると、確かに魂そのものも、魔翼によって取り込む事が出来るのかも知れないが、それを意識的に行う事は少し恐ろしいことの様に思えた。


 吸収された魂はどのように還元される事となるのか、あまり考えたくはないものだった。第一、魂の残滓が即ち、エーテルであると裏付ける情報は無い。


「なるほど、それで魂を統べる者という事ですか。本当のところ、これまで魂そのものを得た記憶は無いので、実感はないですが……」


 サルナエは私の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げた。


「お気付きでは無いのですね。ラクロア様の中にもう一つ魂の色が存在するのが私には見えるのですが」


 ゾッとするとはこの事であった。私の中にもう一つ魂が存在するというのは一体どの様な状態なのだろうか。じっと見透かす様に私を見つめるサルナエの翡翠色に輝く瞳に嘘はなさそうであった。仮に自分の中にもう一つ魂があるとすれば、何となくではあるが想像がつかない訳ではなかった。


「もう一つの魂ですか……。もしかするとそれが魔翼を動かす者なのかも知れませんね」


 言葉通り、魔翼が私の意思によらず自発的に動きを見せるのは、もしかするとその魂の存在が関係しているのかも知れないと漠然とではあるが思い至っていたが、これまで明確に意思疎通を図れた事は無かった事もあり確かめようが無いと言えた。


「魔翼そのものが持つ意思の在り処、そうなのかも知れません。何れにせよ魔翼は総じて魂を取り込み其れ等を糧にする事で己の力を高め、人知を超えた力を発揮すると伝えられています。いずれ、ラクロア様もそのような時が来るにかも知れませんね」


 誰に対して、何故、という部分をサルナエは語る事をしなかった。彼女が想定する矛先が魔族に対してであるのか、それともスペリオーラ大陸に住まう人族に向けられているのか私にはその場では判断が付かなかった。


「そんな日が来ないことを祈っていますよ。忙しいところ長々とお呼び止めしてしまいすみませんでした。貴重なお話を聞けて助かりました」


 サルナエはいえいえと私からの感謝に首を振ると、引き続き作業に戻ると魔獣を解体する場へと戻って行った。


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