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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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人族の秩序と管理について


 私はタオウラカルにおける食料の備蓄を粗方終えると、出立へ向けて準備を開始しなければならなかった。 


 集落に戻ると私は幾つかの疑問を解消すべく、ノクタスが現在詰所として逗留している集落の外れに建てられた家へと足を運んだ。


「おや、ラクロアですか。どうかしましたか?」


 ノクタスは変わらぬ灰色の長い髪を後ろに束ね、ローブを身に纏った姿で私を出迎えてくれた。


 部屋の内装はタオウラカルで見られる一般的な物であったが、作業用の机だけが不似合いに部屋の端に置かれており、その上には幾つかの資料と、明かりとして燭台が置かれているばかりであった。


「スペリオーラ大陸側での情報収集の前に、抜け落ちている情報を幾つか補完したくて来たのですが、時間はありますか?」


 ノクタスは笑顔を見せながら、「勿論」と私を土間へと招き入れた。


「先ず一つに、タオウラカルの者達と会話を交わす中で、魔法を使う者が人族の中でも特殊な事例であると話題が上がったのですが、それは彼等が単純に魔法技術について疎いだけなのか、それともスペリオーラ大陸においても同様に考えるべきでしょうか?」


 ノクタスは思いがけない質問であったのか、ふむ、と考え込みながら私を見据えた。

 その様子から察するに、答えを持たない、と言うよりもどこまで説明すべきかを考えているようであった。


「それを話す為には幾つか追加で情報を開示しなくてはならないね。村での講義では意図的に省かれていた部分でもある。ラクロアはそれが何かわかるかい?」


「シュタインズクラード王国における民軍事力及び、それに関連した情報統制と言ったところでしょうか?」


「ああ、その通りだよ。彼を知り己を知れば百戦危うからず、なんて言葉があるけれど、私達はそれに反し、村の子供達に対して、そうした王国の軍事的要素の面について大人になるまで情報を与えない方針を取ってきた。それは単純に我々という立場から見た視点のみで王国を見てほしくないという事でもある。当然、悪戯に不安にさせても仕方がなかったからだね」


「ふむ、我々の立場として、トリポリ村とシュタインズクラード王国は相容れない関係にある、という事が前提条件となる訳ですが、そこから考えられるのは、それほどに王国の軍事力がトリポリ村の()()()()()()は強大であると言う事でしょうか?」


 ノクタスは頷くと、シュタインズグラードに関する一部の資料を何もない空間から取り出して私に寄越した。魔法術式によって村にある管理室から資料を取り寄せたようであったが、無詠唱で精密に術式を発動する当たり、流石の実力と言ったところであった。


 彼が私に見せた資料は、兵力についてノクタスやミナレットが纏めた情報であった。それはともすれば、王国内の中枢に居なければ入手が不可能と思われる程、情報としては纏まりを持っており、私はそれを眺めながら目を細めた。


「そう、重要な点は、人族の中で言えば、という事にある。歩兵部隊、騎馬部隊、騎士部隊、魔術師と幾つかの編成に分かれて軍隊が存在し、それを王が統帥権を持って支配している。練度はかなりのもので、約三十万からの兵士が常備軍として存在している」


(常備軍で三十万、明らかに多いな……。貴族制を敷いているのであれば、各領土の貴族が独自に兵力を保持していそうなものだが……。それほどまでに国内の内乱が多発しているのか、或いは魔族に対して王国は危機感を持ち続けているのか……人魔大戦が終わって四百年間に渡って、と考えるよりも、三十年前の魔王との会談を皮切りに警戒を続けているとする方が自然だろうか?)


「こうした部隊の中でも、一般的に騎士と魔術師と名乗る者が魔力を十全に操作する事が出来る者達だね。数としては常備軍全体の約五%といったところかな。ラクロアもよく分かっている通り、訓練された魔力使用者が一般的な歩兵の二十から三十倍の戦果を出すと言われているから、それだけでどれだけ魔法という物が重用されるかは理解ができるね?」


「ええ、騎士と魔術師だけでその他一般兵士を凌駕するだけの力を持っているという事ですからね」


 仮に、ミナレットやノクタスがそうした魔力を扱う事の出来る一般的な騎士や魔術師であるとするのであれば、それだけの戦力を持つ王国は確かに脅威と言えるだろう。


 しかし、それを統帥権を以て運用しているからと言って、軍隊の力が強ければ当然反乱の可能性も十分にあり得る。管理に際し、何等か抑止力も当然ながら存在していると考えるべきだろうか。


「そうした中で、一般的に魔力や魔法という技術は多くが秘匿されるべき物として取り扱われています。生活に使われるような基礎魔法すら何らかの公的機関、若しくは軍の管理下に置かれていると言っても過言では無い状況です。その脅威は彼らが一番分かっている訳ですからね」


「転用方法によっては軍事力として反映されるような力を闇雲にのさばらせておくわけにもいかないという訳ですか」


「その通り、魔術師の出自は大概が貴族の出が多いのもそのせいだね。管理という面において例を挙げれば私が王都から逃亡を図った際に執拗に狙われたのは、技術的な流出を恐れての事だろうね。まあ、追う方も命がけだったとは思いますがね」


 ノクタスは何事も無かったかのように語るが、実際にそうした管理下に置かれた者を封殺する為にどれだけの追手が用いられたのかは想像に難く無い。


 それを笑顔で語るノクタスもノクタスである。


「市井において魔法を学ぶ方法は限定的と言う事ですか。禁止では無く、制限が掛かっていると考えた方が良さそうなニュアンスですね」


「ええ、冒険者のような軍属でないアウトロー達も存在は確かに存在しますしね。とは言え、国民の中のほんの一握りですけれどね。市井で魔法塾なんかをやろうとするとそれなりの申請と許可が必要だったりしますし、そうした情報の供与と言う観点では方法は限られていると言っていいと思いますよ」


「ふむん、それは騎士も同様と考えていいのでしょうか?」


 私はノクタスの話を聞きつつも引き続き資料に目を落としながら質問を続けた。


「ええ、騎士についても同じように出自が貴族である事が殆どで、一子相伝やら、家独自の技術体系やらを持っている事が多かったりするね。結局貴族同士はどこかしらで血筋が繋がっている事が多いから剣の技術体系や、魔力を使用した身体操作の体形も似通っている様だね。そういう意味では騎士も魔術師という存在は大なり小なり制約を受けている事が多いかな。根無し草の冒険者なんかでも、実は貴族の三男が家から出奔して成り上がる為に仕方なくなんて事も少なくは無いみたいだからね」


「なるほど、階級社会の中で魔力、魔法をそれなりの練度で扱える者達の多くが貴族階級という訳ですか……。王権維持も含めて支配階級にのみ許された力という事であれば確かにそれなりに管理は効くのでしょうね」


「物事を管理する為にはそれなりに権力が必要だからね。バランスはそれなりに重要という訳さ」


「しかし、今の王国の情勢を知るに当たっては現状の戦力分析含め、魔法体系や技術の発展度合についても改めて情報収拾する必要もありそうですね。ミナレットやノクタスがこの村に来て既に十年。それなりに世相が変化するには十分な時間でしょうからね」


 私の言葉を聞いてノクタスは思案気な表情を浮かべると、一つ私の情報収拾先として当てがあるととある人物の名前を開示した。


「そうですね……。それであれば、もし王国のゼントディール・サンデルス伯爵の治めるタルガマリア領土内のセトラーナという街に寄ることがあれば、ノエラ・ラクタリスという人物に会ってみると良い。恐らく当代の魔法に最も精通した人物だろうからね、傾聴に値する情報は十二分に持ち合わせていると思うよ。必要であれば、僕の名前を出せば無碍にする事は無い筈だよ」


「ありがとうございます。バニ爺とも相談して、可能であれば立ち寄ってみますね」


「うん、そうしてくれると私も嬉しいよ。ああ、もう暫く集落で狩猟を続けるとは思うけれど、出立する前には一度ミナレット達にも会っておくと良い。子供達や魔族の友人達も君と会いたがっている様だったよ」


「分かりました、それでは一度村に寄ってから出立する事にします」


(それなりの準備はやはり必要と考えた方が良さそうだな……)


 人族が持つ魔法技術に基づく警戒網等、ノクタスとミナレットが書き連ねた資料には私にとっては値千金の情報が溢れていた。


 この辺りの情報が意図的に子供達に隠している事を鑑みると、トリポリ村が平和を望んでいる事は間違い無いのだろうが、一方でそのシュタインズクラード王国における武力は単純に、人の世界から離れ、魔族と共存する道を選んだ、私達にとっては脅威でしかなかった。


「情報が欲しいとは、正しくこの事だな……」


 私は頭を掻きながら、ノクタスの家を後にした。



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