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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第二章 外界は如何にして存続しているのか
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狩人は森に舞う その2


「旦那、集落に帰る前にやっておく事があるんですが、少しいいですかい?」


 ミチクサは流水につけていた魔獣の心臓と、肝臓を取り出し血抜きが十分にされている事を確認すると、周囲の枯れ木と枯れ草を集め、手際よく錐揉み式に火を起こし始めた。


 ものの一分程度で火を起こすと、火が安定するまで調節しながら暫く待ち続けた。その様子を見ていたザイは、確りと炎が安定するのを確認すると周囲から大きめの平たい石を持ち寄り、火中にゆっくりと設置した。


 その見た目は明らかに肉を焼く為の石板であり、これから何が行われるのかについて私も遅まきながら察しが付いた。過去生におけるジビエに関する知識は確かにあったが、村での生活においてそうした内臓が振る舞われて事は一度も無かったように記憶していた。


「狩を行った後に、猟師は傷みやすい内臓を食すのが我々の通例なんですよ。ラクロアの旦那は余り目にする機会も無いと思いやすが。これが結構いけるんですよ」


「確かに、そう言われてみると初めての経験ですね」


 ニヤッとミチクサは笑いながら熱せられた石に、手持ちの動物性油脂を塗り、暫く待った後に綺麗に輪切りにした心臓を敷き詰め始めた。


 じゅわ、っと肉に含まれた水分が蒸発する小気味良い音が弾け、その音に釣られて私は反射的に口内に涎が湧くのを感じていた。


 食欲という意味では魔翼による魔力供給によって私自身が空腹を感じる事は無いが、そうした状況下においても久方ぶりに経験する焼肉という行為に対して本能的に食指が動かされており、強目の火力で焼かれる間に漂う香ばしい匂いが更に食欲をそそっていた。


「我らが奉る冥界の王よ。その慈悲深き御心によって罪なき物を喰らう我々を赦し給え」


 肉が焼ける合間にミチクサ、スオウ、ザイは祈りを捧げていた。私は特に信奉する神はいなかったが、こうして肉に有り付ける事の喜び分ぐらいは祈る気になれるかも知れなかった。


「では、皆で頂くとしましょう。複数人で狩を行う際に、皆で心臓を分け合う事で互いの繋がりが深まると言い伝えられています。我々は一人で生きているのでは無く多くの者に生かされているという事を認識し、改めて感謝を捧げる。そういった習わしをタオウラカルの猟師は大事にしています」


 ジンクスというものであるのだろう。ルーティンというものは物事の成果に影響が出るとは昔から言われている事であり、そうした慣習は小さい集落においては結束を強めるという点に於いても意味があるのかもしれなかった。


「御託はいいからよ、さっさと食べねえと焦げちまうぞ。……おう、良い具合じゃねえか。それじゃあ、頂くとしようか」


 ミチクサは舌舐めずりをしながらナイフで肉を突き刺し、一口で分厚い肉片を頬張り、噛み応えがあるようで何度も咀嚼しながら飲み込むと満足そうなしたり顔を見せた。


「旦那も見てないで食べてくだせえ。お前らも早く食っちまえ」


 ミチクサに急かされつつ、私は表面を確りと火が通ったグロウベアの心臓を口に入れた。コリコリとした食感でありながら一噛みで確りと繊維を噛み切れる肉質の柔らかさ、それでいて何度も咀嚼してしまう口触りの良さが非常に癖になる味であった。噛む毎に溢れる肉汁からは赤身肉としての強い味が感じられ非常に食べ応えのある肉と言えた。


「おお、これは……、歯ごたえと言い、肉質と言い、本当に美味しいな……。確かにこの鮮度は一度も食べた事が無いね。これが猟師だけの贅沢という訳か」


 それを聞いたミチクサは満足そうに()()()顔をした後に、別の魔獣の心臓や肝臓を切り分け、再び調理を担当してくれた。


 食事の途中では味に変化を付けてはどうかと、ザイから塩を分けて貰い、心臓や肝臓に振りかけて食べたが、それだけで非常に引き締まった味わいとなった。


 その芳醇な旨味に舌鼓を打ちながら、内臓料理というものはやはり、現時点ではトリポリ村では中々味わえない美味な食材だと言うことを改めて感じていた。


 残りの内臓をどうするのかと思っていたところ、その他の小腸や大腸は内容物の汚染及び処理の手間から基本的には穴を掘って野生動物に掘り起こされないように地中深くに埋没処理を行なうとの事であり、少し残念であった。


(しかし、本当に美味しいな)


 もしも今後、保管方法と流通ルートが安定する事が有れば、こうした食材の活用を検討し、道楽の一つとするのも良いのかも知れないと私が中長期的な計画を練り始めた頃、ザイが私に前振りも無く質問を投げかけて来た。


「巫女のサルナエから聞いたのだが、ラクロア様はあの夜に『冥王』にお会いされたと聞いたがそれは本当だろうか?」


 私はザイに視線を向けると、彼だけではなくミチクサとスオウもまた同様に興味がある様子で私の返答を待っていた。


 冥王、とは彼等が信奉する神であり、タオウラカルにおいては極めて重要な話と言えた。無碍にする事は出来なかったが、どの程度の話をするべきか私はその場では判断しかねていた。


「それは……、サルナエは、冥王の姿を見る事が出来たという事かな?」


「巫女なれば、それもまた可能でしょう。葬魂花が輝く夜に現れると言われる冥王の姿はタオウラカルの集落では巫女のみがその姿を垣間見る事が出来る神と等しき存在として信仰の対象となってきました。この時期になると巫女は祈りを捧げ、その姿を見たとしても決してその姿を語る事をしません。冥王に言霊を与え、そこに現身として形を与える事で、人々が彼の地へと送られる事を危惧しているからとの事でしたが」


 タオウラカルの信仰について、彼等と接触するまでは私の知るところでは無かった。それだけに、あの死を具現化したと言っても過言では無い、圧倒的な存在感を示す冥王が人間の信仰の対象となっているという事に対して驚きを禁じえなかったのも事実である。


(サルナエは、あの時に湖で私と冥王の姿を見ていた、か……)


 そして何よりもサルナエはそれを見ていた事を私にはおくびも出さなかった事も含め、どのような意図がそこに含まれているのか、この場では判断が付かなかった。


「ふむ、サルナエはどのようにその時の事をザイに伝えたの?」


「私はただ、冥王と思わしき漆黒の影と相対し、魔翼を持つ人族が対峙していたとだけ。彼女はその光景を見たときにすぐに祈祷に入ったとの事で、仔細については説明は有りませんでした」


 思い返すと、確かにサルナエは両膝を地面に付いた姿勢で湖の岸で固く目を閉じながら何かに祈りを捧げている姿であった事を思い出した。であるならば、あの場に冥王以外に魔王が存在した事を彼女は知らずにいるのかも知れなかった。


 正直なところあの時の邂逅については誰に言われたわけでもなかったが、他人に話す事が私の中で憚られるものであった。


 恐らくは冥王と相対した瞬間に感じた恐怖と、生物として死の予感に直面したという忌避感から、生理的にあの事を話す事を拒否していたのかもしれなかった。ともすればサルナエを助けた事も、あの時に感じたやり場のない無力感を発散させるためであったのかも知れない。


「悪いけれど、僕は彼女が語る以上の事を話す事は出来ないよ。あの時の出来事は僕自身もまだ見えていない事が多くてね……。余り、人に話すべきでない気がしているんだ」


 私の言葉に対して、ザイは深刻そうな表情をみせ、申し訳なさそうに私へ謝罪を申し入れてきた。


「確かに冥王との遣り取りをみだりに語れないのは当然の事。どうか不躾な質問を許していただきたい」


「いやいや、そんなにかしこまらなくてもいいよ。それより、彼女はああいった存在を見る事が出来るのであれば、サルナエは何等かの魔法術式を使用しているんじゃないのかな? 彼女とスートラからは確かに魔力の動きを感じたのだけれどよく分からなくてね。巫女の一族に伝わる秘伝の魔法術式とか、そういう物があったりしないかな? 」


 そんな私の質問に対して、皆一様に分からないと首を振った。


「旦那、そもそも魔法を使える人族はそんなに多いわけじゃないと聞いてますよ。それこそ旦那レベルで魔法を使える人族なんて滅多にお目に掛かれないと思いますがね。巫女であるサルナエが魔法を使っているとしても我々にはそれがどういったものかは正直わかりませんね」


 ミチクサは肉をほおばりながら、少なくともタオウラカル民の間で魔法が使われる事は無いと断言した。その辺りは機会があれば本人に聞いてみるのが良いのかもしれない。


「確かに、そもそもタオウラカルでは魔法を使う者が殆どおりませんし、一部禁忌とされておりますから。深冥の戦士として選ばれた者であればそうした機会もあるのでしょうが…… それこそラクロア様が判断が付かないのであれば我々ではとても、というところですね」


 スオウもまた、ミチクサに同意を示した。確かに人族は生物としてそもそも身体に内包する魔力量が少なく、魔族とは違い、大気のエーテルを取り込み体内でマナを生成する事が出来ない。その為、生まれつき一定以上の魔力量があり、尚且つ訓練を受けたものでなければ魔力操作並びに魔法を使う事は基本的には難しいようであった。


 過去、ノクタスにその辺りの話を聞いた際には、体内の魔力を増加させる為には若い頃から訓練を行う必要があるとの事で、トリポリ村に住まう人族が魔法を使用できるのは、幼いころからの訓練の賜物と言えるのかも知れなかった。


「なるほど、その辺りは僕自身で情報収集すべき内容かもしれない……。因みに、深冥の戦士というのは、冥王を護る資格を持つ者の事を言うと聞いたのだけれど、三人はその戦士に為りたいと思った事はないの?」


 ぴくり、と三人の目の色が変わった事を私は見逃さなかった。それは、そんな事は当然と言う意味と、そこに辿り着く為に必要な素養を彼らは知っているからにほかならず、期待を抱くような真直ぐな瞳を私へ向けた。


「ふふ、いいね。強くなりたいと思うのは悪い事じゃない。僕も漠然とした中であっても上を目指し続ける事で得られる物があると知っているからね。この先、スペリオーラ大陸で何があるかは分からない。それであれば、皆で強くなろう。僕も出来る限りの手助けをさせてもらうよ」


 私の言葉を聞いたミチクサは不敵な笑みを浮かべ目を輝かせていた。


「いいんですかい? いずれは我々が旦那を追い越してしまうかもしれませんよ?」


「地面に転がされてばかりの癖に良く言いますね、ミチクサ。その役目は私が受け持たせていただきますよ」


「二人とも、自分の実力を良く考えるべきだな。俺が誰よりも強くなるのは決まっている……」


 ミチクサ、スオウ、ザイ共に挑戦的な言葉を吐きながらも、彼らの心の内は決まっているようで、私の申し入れを考えるまでも無いと快諾していた。


(強さを求める事で、彼等もまた世界が広がればこの上ないか……)


 私はトリポリ村と同じように狭い世界を生きるタオウラカルの民と自分自身を何処かで重ねていたのかも知れなかった。私は未だ暗中模索の中で藻掻いているに過ぎないが、それでも先を求め続ける為には力が必要である事は間違いない。だからこそ、共に積み上げられる者達と共に高みを目指す事は悪くないと思えた。


「それであれば、強くなろう。外の世界を柵も無く、歩めるようにね」


 話を終えると私は再び臓物の焼肉へと視線を戻し、美食に再び舌鼓を打った。


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