狩人は森に舞う その1
クライムモア連峰の麓に広がるメライケ大森林は東西を二分にする湖を境に幾つかの河川が支流を作り、海へと続いていた。緑深い森林群には大小様々な生物が生息しており、多様な生態系を作り上げている。
山で獲れる物は多く、野草、菌糸類、川魚、木の実、果実、春から秋の間は山の幸を十分に味わうことが可能との事であった。
以前トリポリ村の商業地区で見かけたギイカの実もクライムモア連峰の低層地域まで登ると獲れるとの事で、その実がついた木々の連なりは緑が映えた美しい風景であると、ザイがその独特の口調で丁寧に教えてくれた。
時間があればカトルアと共にその景色を見に行きたいと、少しばかり心惹かれもしたが、暫くはタオウラカルでの仕事を優先とせざるを得なかった。
集落の為に食料を調達するにあたって、メライケ大森林における様々な情報をミチクサ、スオウ、ザイの三人から聞きながら、私は三人と共に強力な魔獣との遭遇を避けつつ森林内を徘徊する事となった。
「旦那、獲物を見つけるには普段との違いを見つけるのが重要なんですよ。足跡だけではなく、草木の折れ曲がり、縄張りの痕跡、生物としての習性、複合的な観点から居所を炙り出し仕留める事になりますんで、こればかりは経験がモノを言うというやつですね」
狩猟は自分たちの領域とばかりに、ミチクサは気合を見せていた。実際に彼が見せる自身の通り獲物の追跡を淀みなく進める姿は非常に頼もしく映る。その背中に携える大剣は狩りと言う観点では動き回るのに邪魔にも思えたが、その身のこなしも上手いもので、特に障害となる事は無いようであった。
「ミチクサの言う通り、私たちも出来るところをラクロア様に見て貰う必要が有りますからね。そういう意味でも競走というのも一つ面白いかもしれませんね。普段は三人別々に森で狩をしていますから」
そう重ねるスオウは弓を背中に携えながら、二本の短刀を器用に用いて藪漕ぎを行いつつ道を切り拓いていた。
「俺はどちらでも構わない。先ずは獲物を狩ってからだ。騒ぎすぎると獲物が逃げるぞ」
会話に加わりながら場を引き締めに掛かるのは細長い目付きが特徴のザイであった。鷹の目と呼ばれるほどに弓術が得意であったが、性格としては普段から寡黙なようで、狩の間はより寡黙を求める性質のようであった。
暫く三人と道無き道を進んでいると、先頭のスオウが身を屈めて立ち止まり、ミチクサとザイに合図を送った。
「旦那、此処で止まってくれますか? この先にグロウベアと思われる魔獣がいます」
ミチクサが小声で私に説明するが、私の魔力感知には未だ魔獣の影は見えていなかった。しかし三人は緊張感を高め、グロウベア居るのが既に確定であるかのようにじりじりと一方向に進み始めている。
私は三人の姿を見ながら、一方で魔力による感知を精度を落とさぬ範囲で可能な限り広げる事とした。
普段は半径五十から六十メートル程度を詳細に感知するようにしていたが、大型生物の魔力感知だけであれば四倍から五倍程度は距離を稼ぐことが可能であった。魔力出力を上げれば更に範囲を広げる事が可能ではあったが、魔力に余分な感情が乗る事で変化に敏感な魔獣が逃げ出す事を今回は避ける事とした。
薄く伸ばされた魔力は私を中心に半球体を作り、その周囲に潜む生物を浮かび上がらせた。
約二百メートル前方にグロウベアが一頭、清流に顔を突っ込みながら一心に水を飲んでいるようであった。森の中では風も十分に通らず、今のところ私たちの位置が知られることは無さそうな状況下であった。
「この先二百メートル、小川の付近に一頭いるね」
「旦那、分かるんですかい?」
ミチクサは驚いたように此方を振り返り、真偽を確認していた。
「ああ、もう少し近づく事が出来れば魔翼を使って狩れると思うよ」
「ではもう少し近づきましょう。しかしえげつないですね魔法って奴は……」
ミチクサは軽くぼやきながら、スオウとザイに話を伝え、グロウベアから八十メートル程の距離で立ち止まった。私は三人に視線で合図を送り、魔翼を展開した。
そのまま直線距離でグロウベアの胴体に結晶体の一つを用いて狙いを定め、瞬間的に魔力を込めて解き放つと、結晶体は高速の飛翔体と化し、直線上にあった草木を物ともせず直進を続け、寸分違わずに魔獣の胴体を撃ち抜いた。
「やったんですか?」
「うん、今ので仕留めた。早速回収しよう」
魔翼が射出された方向へと直進すると、胴体を貫かれたグロウベアの雄が小川に突っ伏す形でその巨躯を晒していた。身の丈二メートル程度の身体の胴体からは先ほどまで生きていた事を物語る赤い血が止めどなく流れており、僅かにその肢体が痙攣を見せていた。
先頭にいたスオウが身軽な動きでグロウベアへと近づき、その状態を確認すると、私へと報告をしてくれた。
「上手く心臓を狙えたようですね。肺周りは吹き飛んでしまっていますが、胃や腸に傷は入っていないようなのでこれなら十分食用として使えます。この場でモツ抜きを済ませてしまいましょう」
スオウが短刀を抜こうとすると自分に代われとミチクサがそれを制した。
「スオウとザイで念のため周辺に雌が居ないか警戒を頼む。鼻は俺よりお前達の方が効く」
「了解です。解体はお任せ致します」
ミチクサはグロウベアの状態を見ると、小川から引き出し手元に持った短刀で手早く皮を剥ぎ、臓物を取り出した。特に排泄物が溜まる腸や膀胱は傷付けずに取り出す事で肉の味が増すとの事であった。
「しかし、驚きましたね。魔力感知と言いましたか? それがあれば遠目からいつでも獲物を狙い撃ち出来るわけですね」
スオウはミチクサが獲物の処理を進めている間、周囲の状況を探りつつ私に魔法について色々と尋ねてきた。スオウは私から詳細を聞くと目の色を変え、獲物の追跡方法を学べば集落一番の狩人になれると力説し挙句にスオウが自分の妹と婚姻を勧め始めたあたりで話半分に、少なくとも食べるのには困らなそうだという程度に理解を留めておいた。
その後も三人が魔獣の痕跡から追跡を行い、接近する中で私が魔力感知によって対象を捕捉するという同様の手段を用いて狩を続ける事となった。
ボア型の魔獣を発見した際には、ザイが自分に任せて欲しいと、目標補足と同時に木にするするとよじ登り、弓による狙撃によって正確に眉間を射抜き、その腕前を如何無く発揮していた。それに負けじとミチクサ、ザイもグロウベアやブラッドウルブズと言った魔獣を矢尻に塗られた麻痺毒を用いる事で易々と捕獲していた。
「今日は一旦これで戻りましょう。夕暮れ以降は解体が困難ですし、運ぶのも時間が掛かりますから」
肉の鮮度を保つ為には臓物を抜いた後、暫く流水に晒さねばならずある程度の時間が必要であった。確かにスオウの言う通り四人で持ち帰るのも七、八体程度が限度であり、昼前から始まった四時間程度の狩としては十分な成果を出す事が出来たと言えた。