三人の狩人
部族会議が明け、タオウラカルの民との交流が正式に認められてからというもの、私は村とタオウラカルとの橋渡しとして実際にこき使われる事となった。
罰を受けるに当たって、私はスペリオーラ大陸から情報の入手のみならず、人材の確保や有力者への伝手作り等、部族会議にて幾つかの注文が付いていたようだがその点についてはバニパルスが取りまとめを行い、後ほど情報共有される手筈となっていた。
その合間に私が関りを持った第一人者としてタオウラカルの復興ないしはその拡張、安定化を目的に精を出す日々が続く事となった。
先ずは集落民の体調管理から始まり、これまで狩や漁に頼っていた山岳狩猟民族の彼等に対し、小麦、乳製品を筆頭にその他農作物、酪農製品を定期的に運ぶための流通路を策定した。
食料需給に関しては喫緊の課題としてタオウラカルにおいても所望された部分であり、特に狩人、漁師の数が少なくなっている昨今において、冬を越す為の食料は感謝を以て迎え入れられた。
しかし、食料の供給ルートの作成についてはその是非についてトリポリ村でも意見を二分とした。結果としてノクタスによる簡易的な転移魔法陣を設置する事で大幅に手間を省く事には成功したものの、このルートついては基本的には村からの一方通行の使用に限定される事となった。
それはタオウラカルの集落民が村へと侵入する事を防ぐ為の方策であり、タオウラカル側もこの措置について特に異論が挙がる事は無かった。
その他にも、タオウラカルの集落で流行っていた病の特定を行い、これをトリポリ村の治療師達と共に治療を行う事として方針を決めた。幸いに伝染病の類いでは無く、幾つかの水源が魔獣の屍肉によって汚染されており、煮沸によっても殺しきれなかった特有の毒素が原因であるとの事であった。
この点について、衛生観念面の梃入れは急務と考え、暫くの間、ノクタスがタオウラカルに逗留し、指導を行うとの事となった。課題は山積みであり、魔法技術による水の濾過、魔力結界による魔獣除けとタオウラカル自体の拡張、食文化も含め様々に意見を交わす必要があるとの事であった。
「ラクロア、貴方はスペリオーラ大陸へ連れて行く若者を数人選んでおきなさい。これはあくまでも交換条件ですから人的資源は有意義に使用して構いません」
「その点は集落長と会話する必要がありますが……、できればそれなりに戦闘能力が高い者が揃えば良いのですけれどね」
ノクタスとの会話の後に集落長であった、サルナエの父であるスートラと協議を行い、外界の情報を得る為に幾人か男手を集め、私の部下とする事はすんなりと了承された。
問題は彼等が若干十歳の私に付き従うかどうかという点にあったが、その私の予感は的中し、狩猟民族の特性なのか自分達より弱いものに付き従うか気はないと、態度を硬化させているようであった。
「ふむ、カトルア殿、大変お手数ではあるが若い衆の言い分も最もではある。ここは一手お相手願えませぬか?」
「手合わせ、ですか?」
スートラは「その方が早い」と、顔を近づけて小声で私に伝えてきた。
やれやれと思いつつも私はそれに従い、選抜された三人の男衆と対峙することとなった。
私の目の前に進み出たミチクサ、スオウ、ザイは集落の中でも腕利きの狩人との事であり十分な鍛錬を積んでいるとの事であった。その実力に加え、狩猟した魔獣の素材を集落外へ売りに出る事も幾度も経験しており、スペリオーラ大陸の事情にもそれなりに明るい三名との事が売り文句であった。
彼等の年齢は二十歳前後と私よりも年上であり、情報収集をさせるに当たっては齢十歳でしかない私が方々で直接的に取集を行うよりも、外見上だけでなく、その経験上からも、信用性含め効率的であると感じ、その適正さで言えば申し分ないと言える人選であった。
あえて危惧すべきはその強気な物腰から、私の方である程度の管理、指示も必要となりそうな手合であるという事ぐらいのものだろうか。
「悪いが自分より弱い奴には付き従うかつもりはねえ。漢なら拳でやり合うとしようぜ。餓鬼だろうがきっちりやらせてもらう」
真っ先に私に挑んできたのは三人の中でも特に気の強いミチクサであった。
スートラやサルナエと同じく黒い髪色をしており、狩猟に邪魔にならないように、髪は短く刈り込まれている。身体付きを見ると、山間を移動する中で自然と鍛えられたもののようで、どっしりとした体幹と、高い背丈が相まって、ちょっとした益荒男と言った風貌であった。
(確かに均整の取れた体躯であるが、魔力の気配を殆ど感じないな……)
そうした体躯に対して、目元が鋭い三白眼の見た目が加わり、随分と暴力的な見た目であった。その他にも首元や肌の見える箇所に幾つか墨が入っており、何処と無く田舎の悪餓鬼がそのまま成長した様ではあったが、私に魔法攻撃を封じさせる提案と、言葉遣いを用いての誘導からして、見た目とは異なり頭は回る様に思えた。
「良いでしょう。あまり徒手空拳は得意では無いですが、多少の心得はありますので」
ミチクサに近づくとお互いの背丈の差がはっきりと感じられ、私は完全にミチクサを見上げる形で対峙する事となった。近接戦闘における体格の差は単純に優位性を表すが、これまでにミナレットとの訓練に際して一定の武器を用いない戦闘術についても学んでいた事もあり、魔力操作による身体強化を施せば複数人相手でもどうにか出来る自信はあった。
ミチクサは上着を脱ぎ、上半身を露わにすると、鍛えられた拳を握り込み、颯爽と構えをとって私に向き直った。
私は彼の動作に合わせて、同様に構えを取り、全身に魔力を巡らせ身体強化を施す。その様子を三名とも驚いたように見つめ、ミチクサに至っては私の魔力の圧を受けてか、額に汗が滲んでいる。
「ハッ!! いいじゃねえかよッ!!」
しかし、ミチクサの狼狽は一瞬で納まり、寧ろ好戦的な態度を見せつつ、即座に臨戦態勢を取る様は、戦士として十分に肝が据わっていると言えた。
「それでは両者、始め!」
スートラの気合の入った合図に合わせてミチクサは地面を蹴り、恐れる事なく先手を取ろうと直角に近い角度で右の拳を私へと繰り出した。その速度は常人の物としては確かに幾分か速いものであった。
(良く鍛えられてはいる。しかし、遅いな)
しかし、魔力による身体強化が為されたミナレットやシドナイの動きからすれば赤子同然のものであり、私はその動きに難無く合わせ、彼が拳を繰り出した右側の死角となる懐へと潜り込むと、容易に打ち込まれた拳を躱す事にした。
「うお……ッ!!」
私はミチクサの動揺を感じつつも、潜り込んだ体勢そのままに彼の足首を掴み軽く掴み、そのまま足払いよろしく、彼を横転させる様に力を込めて振り払うと、ミチクサは空中を二回転し成す術なくそのまま地面へ激突した。
衝撃はかなりのものであった様で、ミチクサはよろよろと何とか立ち上がりはしたものの下半身に力は入っておらず膝が震えていた。恐らくは脳震盪を起こしており、それ以上のやり取りは無意味であるのが明白であった。
「ミチクサ、そこまでだ。スオウ、ザイお主らもラクロア殿の身体操作と魔力の圧力を感じたであろう。力が正義とするのであれば、この方はお前達が真に仰ぐべき方である。確りと心に刻み、集落の為に尽くすがいい」
スートラの言葉に三人共がその場で同意を示し、こうして彼らが正式に私の下に就く事が決定した出来事となった。
◇
それからというもの、三人は私を見つけると『ラクロアの旦那や、ラクロア様』と私の事を呼ぶようになり、事ある毎に組み手の修練を求めるようになり始めた事は意外であった。しかし、彼等の竹を割ったような性格と、ひたむきさは目を見張るものがあり、どこか小気味良さを感じる程でもあった。
非常にむさ苦しい面子ではあったが、狩人としての能力だけでなく、戦士としてのこれまでの技術の積み上げは本物であり、私が集落に逗留している間も、魔力操作について知見を持たない彼らが幾度となく魔獣を仕留めてくる様も見るにつけ、その実力が確かなものであると認識するには十分であった。
狩りに彼等が出かける度に、入れ替わり立ち代わり、私と共に食事をしようとしてか三人はそれぞれ獲物を片手に私を尋ねる頻度が日増しに増えて行った。
「ラクロアの旦那、今日はグロウベアを仕留めてきました。こいつの肝入り鍋は絶品ですよ」
「ラクロア様。ショウロウジカの肉はこの時期は脂身が薄く赤身を確りと堪能できますから、確りと血抜きをすれば焼きと僅かな塩で十分な旨味が味わえます」
「ケンホウロチョウは骨が柔らかい。丸焼きにすればそのまま食べきれるので、食感が美味いんですよ」
このようにしてミチクサ、スオウ、ザイ、それぞれが私が逗留するサルナエの家に獲物を持って来るお陰で、私は暫くの間、この野生味溢れる素材のご相伴に預かる事が増え、度々舌鼓を打つ事となった。
(しかし、肉料理がやたら多いな……)
三人だけでなく、サルナエ、スートラとも食事を囲ったが、やはりと言うべきか、狩猟民族と言う事もあり、普段の食事について野草や木の実、一部の根菜を除くと基本的には殆どが魚や肉を使った料理が基本であった。その為、小麦を使ったパンや雑穀類による炭水化物の摂取が定期的に可能となる事は彼らにとって極めて喜ばしい事として捉えているようであった。
「パン等のある程度日持ちのする食料が増えるのは集落として非常に有り難いですな。単純に獲物が取れなくてもその日の食事を心配する必要が無いと言うのは山岳民族に取って有難いものですから。この度はラクロア殿のご尽力により病についても根本のげ原因が見つかり、本当に助かりました」
メライケ大森林といえども冬が訪れると雪が深々と積もり、保存食が集落の生死を分ける事となるとの事で、スートラは集落の長として改めて私に深々と頭を下げて礼を述べた。
「ラクロア様は我々タオウラカルを見捨てずにお救い下さいました。私からも同じくお礼を申し上げます」
それを見たサルナエも同様の気持ちのようで、同じく感謝を述べ、頭を垂れていた。
「いえ、私は私がやりたいようにしただけですから」
トリポリ村と、タオウラカルの交流が活性化すれば彼等の活動範囲も広がり、集落の人員面においても改善が促される可能性が開けたとも言えた。
私は彼らの感謝に少し無図痒くなりつつも、食事を取らなくても良い身体を持ちながら引き続き食事を楽しむ事とした。
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第二章始まりました!!
引き続き毎日更新して参りますので何卒よろしくお願い致します。
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