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ラクロアとシドナイ その3『攻防戦』


 目の前に立ちはだかるのは圧倒的強者。


 気を抜く事等、一瞬たりとも許されない。


 ぎりり、とシドナイの槍を握る力が魔力感知を通して()()()のを感じた瞬間に、私は既に動き始めていた。


 コンマの差で魔力障壁に阻まれ速度が減衰する槍の一閃は正確に私の眉間を捉えるように放たれており、行動が遅れれば串刺しは免れない。


 シドナイと視線が交錯しながら、『魔翼』は既にシドナイへと放たれ、都合六十体の翡翠の嵐がシドナイの身体を穿たんと高速で襲い掛かる。


 その一方でシドナイは僅かな魔力の高まりに合わせ、超高速で槍を振るう。


 完全に人間の知覚を凌駕した、空間が歪んだかとすら錯覚する程の速度で、シドナイは自身に襲い掛かる『魔翼』を全て叩き落として見せた。


 その刹那に私が無詠唱によって既に構築済の『フェルド・バースト』を発動させ、シドナイの身体を閃光と熱量が包み込んだ。


「ほう、悪くはない」


 魔法術式の抗力が完全に発生する間際、シドナイは魔槍の特性によって、魔法抗力という事象の出掛かりを切り裂き、破壊せしめた。


 それ故に無傷。


「ようやく、入り口に立ったな」


 魔力感知、魔法障壁の維持、『魔翼』操作、魔法術式の構築。この都合四動作を同時並行に行う事で得られたのは、シドナイと駆け引きを行う権利。


 湧き上がる喜悦と充足感。しかし感情とは別に頭は常に回転を止めない。


 これはあくまでも小手調べであり、ここからが私とシドナイの本当の攻防となる。


 彼我の実力差が以前よりも埋まったというだけであり、()()()という事とシドナイに()()という事は即座に結び付く物ではない。


 状況としてはあくまでも、これまでシドナイが持っていた破魔の魔槍というアドバンテージを私の技術が追いつく事で相殺した為に、漸く互角の条件になっただけである。


 数合のやり取りを繰り返し、一瞬で迫るシドナイの攻撃を辛うじて躱し、魔翼と魔法術式による追撃でシドナイと距離を置く。


 一見するとシドナイと私の力量が拮抗しているかのように見えるが事実は異なっている。


 これはあくまでも私が()()()()()に過ぎず、攻めに転じているわけではない。


 シドナイの行動阻害を行う事で、常に仕切り直しが始まるというだけであり、現状、シドナイに一撃を加える事は至難であった。


「ふむ。その手に持つ剣は飾りか?」


 シドナイはこの拮抗状態を是とはせず、私に対して煽るようにして槍を構えた。


 ぎらついた爬虫類顔の捕食者は私に明確に意志を見せている。


 私と切り結んで見せよと。


「ここからさ」


 私はシドナイの様子から彼の余裕を感じとる一方で、実のところ、自身の魔力操作は既に手一杯であった。


 直接攻撃に移る為に必要な身体の魔力強化は最低限でしか行えておらず、地に根が張ったかのようにその場に縫い付けられていた。


 つまり現状では私が右手に握りしめた長剣はシドナイに対しては牽制にもならない未だ無用の長物であった。シドナイは既にそれを見抜いている。


 しかし、シドナイに勝つ為には、私はここで、自らの限界を越えなければならない。


 『魔翼』と魔法を頼みとするのではなく、安全圏を抜け出し、死地へ赴く冒険を犯す必要が存在していた。


 けれど、だからこそ、ここにこそ勝機があると私は信じていた。


 この四年間に渡ってミナレットによる手解きを受け、剣技は飛躍的に上達し、更に地道な訓練と、効率的な身体操作法を学ぶ事で、私の近接戦闘能力は確かに向上していた。


 私は剣を構え、魔力を身体強化に注ぎ込む。その途端に血肉が沸き立ち、全身がその膂力を駆って飛翔せよと叫び出すかのようであった。


 肉体のコントロールを優先とさせる為に差し出したのは魔法障壁の再構築。


 故に、今、私を囲う魔法障壁はシドナイの攻撃を減衰させるには至らない。


 一撃を受けた後に待つのはこの身体一つのみ。


 この身を以て駆け引きの材料とする。


「なるほど……。では、行くとしようか」


 シドナイは得心がいったと獰猛な笑みを浮かべ、真向から突き崩す構えを見せた。


 それは、これまでの型にはまった構えとは異なり、異常なまでに体勢を低くしながらも、爬虫類が持つ特性とでも言える柔軟性を保った、彼にとって本来の構えであった。


 来る、と身構えた瞬間にシドナイが放つ魔力量が跳ね上がり私の『魔翼』の防御を一瞬で瓦解させながらも、その速度を失う事無く私の眼前へと迫る。


 その動きは正しく蛇のようなと形容するに相応しい柔軟さと狡猾さを兼ね備えた、不可避の速攻であった。


 シドナイは間髪を入れずにそのまま私の最終防衛ラインとなる魔法障壁を引き裂いた。


 しかし、そこまでは私も読みを張っており、既に発動まで組み上げていた爆発魔法術式(フェルド・バースト)を発動させた。


「甘い」


 シドナイは爆発魔法が抗力を発揮する空間の出かかりに魔槍を滑り込ませ、それを難なく阻害する。


 残るは私の身一つであり、シドナイは私の防御を完全攻略したと勇んで致死となる四連撃目を放った。


 この一合目をしくじれば即時の敗北となる条件下、私は自分の中で何かが噛み合う音を聞いた。


 それは、極限までに高められた集中力が生み出した知覚の極致。 


 刹那の合間にに私はこれまで分散させていた魔力を全て身体強化と身体操作へと回し、全身全霊を以ってシドナイの魔槍の一撃を長剣で受け止めた。


 シドナイがその切れ長の目を見開き驚くのは一瞬のみ。一拍の後には鍔迫り合いを避け、体勢を変え様に高速で槍を振い続ける。


 私は自分自身が本来持っている魔力(オド)を全力で稼働させ、その攻撃を辛うじていなし続けるが、数合の間に容赦なく長剣が弾き飛ばされる。


 シドナイは今度こそ貰ったとばかりに槍を突き立てるも再度私が展開した魔法障壁によって一撃が阻まれる。


 思わぬ粘りを見せる私へと容赦の無い二撃目を放とうとした瞬間、シドナイは背後から迫る飛来物に気が付き、その軟体さを活かした身の捩りによって高速で迫る飛来物をぎりぎりで交わし切った。


 それは私の魔力(オド)による掌握外となった『魔翼』の結晶体であり、シドナイによって叩き落とされたものが自動防御と迎撃の為にシドナイへと次々に襲い掛かったものであった。


 近接戦闘をダシに使いシドナイの意識を遠距離攻撃から切り離し、そこに私自身の魔力(オド)を用いない『魔翼』任せの意識外からの不意打ち。


 これこそが今回の戦術であったが、紙一重のところでシドナイに看破されてしまった。


「まだだッッ!!」


 故に、私は一歩を踏み出し、もう一度自らシドナイへと肉薄する。


 拳に全身全霊の魔力を込め、我が身を一本の槍として突貫した。


 シドナイはそんな攻撃を容赦なく叩き伏せるのは明白。


「終わりだ」

 

 体勢を崩しながらもシドナイは正確無比な槍捌きを以て私を迎撃して見せる。

 

 迫る槍の鋭鋒を見つめながら、それでも私は更に前へと突き進む。


 槍をこの身に受けながら、貫かれる感触を味わいながら、血反吐を吐きながら絶叫する。


「とどけぇぇええええええッッ!!!!」


 シドナイは目を見開き、眼前に迫る拳を前に流麗な動きで首を捻転させ、私の拳をその身で()()()()()


 次の瞬間には私は、シドナイの振るう槍によって空中へと放りだされ、どん、という衝撃と共に地面に激突した。


「くそっ、もう少しだったのに」


 私は思わず、仰向けに倒れ込んだまま地面を叩いた。


 この攻撃が実らなかった事は想像を絶するほどにの悔しさであった。


 あと僅か、ほんの僅かな差であった。


 シドナイには勝てない、だが勝てなくとも一矢報いると心に決め、この数ヶ月の間、期を窺い、溜めに溜めた渾身の奇襲作戦だった。

 

 それ故に二度通用する事は無いであろう事は重々認識していた。


 それが徒労に終わったと分かり、歯噛みせざるを得なかった。


「ふむ……。そう嘆くものでもないぞ。見るがいい」


 シドナイは悔しがる私を見ながら何かを投げて寄越した。


 それは、太陽の光に照らすと光彩を放つ立派な鱗であった。


 思わず立ち上がってシドナイを見ると、彼の目尻の下に鱗が一部剥がれた痕があった。外殻となる中でも薄い部分であった為か、擦傷の衝撃で剥げたようであった。


「まさか、この私が初見なれど躱しきれないとは思わなかったぞ。ラクロア、実に良い戦術であったな。今日は皮一枚分、お主の勝ちだ」


 私は一瞬惚けたようにその鱗の痕跡に目を奪われていたが、シドナイからの賛辞に気が付くと心から喜びが湧き上がるのを抑えきれなかった。


「シドナイから、僕が……ッ!! 」


 その様子を見ていたミナレットも上機嫌に拍手をしながら側へ近寄ってきた。


「よくやったな、ラクロア。まさかシドナイに一撃くれてやる事が出来るとはな!」


 私の頭をノクタスと同じようにわしゃわしゃと撫で、お前は人族の誇りだとまで褒めてくれた。


「ふむ、これにて訓練は終了としよう。だが、成長を止めるな。常に高みを目指し邁進するが良い」


 シドナイもミナレットと同じように膝を付き、私の頭を撫でた。


 嬉しかった。純粋に積み上げた物の成果が出た事が何よりも嬉しかった。


 困難を乗り越える体験が、私にとっての喜びに変わるのだと思い知った、掛け替えの無い経験であった。


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