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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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魔族的宥和政策の先へ


 魂の回廊を通じた空間に二名の魔族が佇んでいた。


 それは世界を統べる力を持つ者と、そしてその世界を管理することを担う者であった。


『人に課された楔は今や完全に解かれた。それは紛れもなく人間という種族が我々に見せた、未来を求める声の重なり、歴史、そしてラクロア自身の心の在り方が掴み取った結果と言えよう』


「ええ、魔翼を持ちながらにして、人魔が共に愛情を与えた結果成り立った誠に稀有な、そして魔族と他種族の間に隔てられた壁を超える為の示唆に富んだ結果となったと言えるでしょう」


『魔王として、私はこの結果を祝福を以て迎えよう。そして私は祈ろう、人の子等が己の種族に与えるものと同等の愛を魔族に対しても注ぐことが出来るように……。そしてレイドアークよ、今後は()()()()を束ねる元老院が長として、人族の魔大陸への進出を手助けするが良い』


「承りました。今後数百年をかけて、人族は徐々にその数を増やしていくことになるでしょう。その先に待ち受ける困難を手を取り、秩序を以て管理し、そしていつか魂の連環から生きとし生ける全ての者達を解放する足掛かりとしましょう」


『我らが見据える道のりは遥か先、この世界の秩序の是正であればこそ、長い旅路を共に喜ぶことが出来る仲間足らん事を』


 二名の魔族は互いに意思疎通を図り終えると、ふと、こちらを見て手招きをした。


「ラクロアよ。眠りの中、魔翼を通じて揺蕩う身であるか……良い。今はその勝利と共に身を癒し、来たるべき完全なる宥和の時へと向けて進むが良い」


『うむ。ラクロアよ、半人半魔の身にて良くぞシドナイを超えるまでに至った。奴もまた、魔都へと戻り種族長として再び相まみえることとなるであろう。そしてお主もまた、己が見せた力を以て、他の十三種族と遜色ない者であることを証明するに至った。人の世の在り方はお主が好きに決めると良い。そして、魔大陸へと足を踏み入れる準備が整った時には我々はその門戸を開くだろう』


 私は魔王バザルジードの言葉と、レイドアークの言葉に意識体のまま頷くと、その場から姿を消した。



 目を覚ますと、仰向けに私は倒れており、空は宵の時間に近付き藍色に染まっている。身体に触れる草々の感触に私は起き上がると共に周囲を確認した。そこは月下草が咲き乱れる湖畔であった。


 月下草はあの時と変わらず、百合に似た花弁を咲かせ薄緑色に光を散らしていた。


 風に靡くたびに揺れる無数の花弁は波間と見間違う程に大きなうねりを作り出し、その狭間で草々が明滅を繰り返し、厳かにその命の明かりを灯している。


 魂の回廊に近い場所であるが故に、シドナイとの戦いの後に無意識のうちに回廊を通して転移を行ったのかもしれなかった。


「生きている様だな」


 背後から聞こえる声に顔を向けると、そこには私と見紛う程に瓜二つの顔をした、私の片割れが立っていた。違うのは髪色と、その身に宿す愛憎の獣の意識ぐらいのものである。


「シルヴィアか……どうしてここが?」


「カーリタースが、お前とシドナイと呼ばれた魔族の戦いを知らせてくれた。共鳴、とでも言えばいいのか、俺には全てが手に取るように理解出来た。双子だからなんて都合の良いはあるまいが、俺とお前の中にいる存在が同質の者であるから、というのは有り得る話だろう?」


 一陣の風が不意に駆け抜け、生ぬるい空気が全身を強かに打つ。それに合わせるようにして月下草は美しい揺らめきを見せていた。


 シドナイとの戦いは終わった。もう人族を縛るものは何もない。好きに生き、好きに死ぬことが出来る。これまでは魔族との盟約という縛りの中で成立していた世界が変わる。だが、必ずしもそれが速やかに行われるわけではないことも確かであった。ここから先、人族が真に魔族と共に生きる為に必要となる壁は多い。


 それこそ、このままスペリオーラ大陸という揺り篭の中で、その時が来るまで管理し続けることもまた選択肢としては有り得る程に。


 これから先、この種族間の在り方を変える為には途方も無い時間と、歩み寄りが必要となるのは間違い無い。そして、それは私一人では到底成し得ることが出来ない様々な者達の手助けが必要となる。


 そう。それこそ人族が私という存在を生み出すのに四百年の時を掛けたのと同じように、変化には時間が掛かる。私はその事実に気づくと共に、何故魔王バザルジードがその身を分け与え、種族に個性を持たせたのかが理解できた。魔王バザルジードは冥王という存在による世界に課せられた制約を理解していた。それを変えることは自分一人ではできないことを知っていたのだ。王都シュタインズグラードで、バザルジードが私に与えた言葉が今になって腑に落ちていた。


『一人で為せぬのであれば、誰かの手を借りることもまた、時として重要となることを学ぶが良い。我は魔王として人族との共存を願っている。滅ぼすは容易い。であればこそ困難な道を選ぶことこそが王としての役目である。努々忘れるな。魔族と人族に橋を渡すのは私の役目ではない。それは今を生きるお前達の役目なのだ。私の役目は、ただ障害となる者どもを取り除くのみ。故に求めよ。一人で為せぬのであれば、人魔を超えた友の力を。我はその呼びかけに寄り添うのみ』


 彼が国を作り、統治をさせ、あらゆる種族との垣根を超えさせる為に、己一人では成し得ないと知るが故に、心を砕き、身を砕き、そして今の魔大陸に存在する秩序を成り立たせるに至った。


 そして今、私は彼と同じ、始まりの地点に身を置いている。その重責を今になって実感していた。


「……シルヴィア、お前からはこの世界はどのように見えた?」


 私の言葉にシルヴィアは少し考え、答えを出した。


「一言で表すのは難しいな……だが、確実に言える事は俺達は手を取り合うことが出来るということだ。俺達は一人ではない、共に前に進むことを選ぶことが出来る。どれほどの困難が待ち受けようと、その先の未来を目指して、突き進む事ができる。それが、ラクロア・ベルディナンドが人族に見せようとした確かな在り方だろう?」


 そう言うとシルヴィアは私に手を差し伸べていた。私はその手を掴み、立ち上がるとシルヴィアに向き直る。


「そうだな。その為に私はシドナイと戦い、そして勝利を手に入れた。そうさ、困難な道ほど、その先に得られる結果は大きい。それに向けて進むしかあるまい」


「一緒に背負うさ、兄弟。俺達は共に過ごす事はなかったが……今ではこうして共に立つことが出来る。そうだろう?」


 シルヴィアは私と同じ表情を浮べながら笑って見せた。


「ふふ……これもまた、魔族的宥和政策の一環ということかもしれないな」


 魔王がこの状況すらも見抜いていたとするのであれば、その深謀と私に掛かる重荷に改めて眩暈がしたが、仮にそうであったとしてもこの先、私が友と共に進み続けることに迷いは無かった。


「ならば前を向いて進むとしよう。そしていつの日か、全ての人族と共に紡がれた未来を喜ぶ為に」


 戦いを終えて、私達は再び歩み出す。


 この軌跡がどこに辿り着くのかは分からない。今は一部の者しか知らない魔族と人族の関係をスペリオーラ大陸に存在する者達が当たり前に知るようになった時に、どのような不和が生れるのかも今は分からない。けれど、私達は「それでも」と言葉を呟き、常に先を見出そうと進み続けるだろう。


 魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか私達は未だ何も知らない。けれど、私は既にその意味を与えられた愛を十分に知っている。


 受け取った全てに応える為に、どれほどの困難が待ち受けていたとしても、私は愛する者達と共に新しい旅を始めることに迷いはない。


「だから、ここから始めるとしよう。魔族と人族を繋ぐ、新しい宥和政策を」

 


半年に渡りご愛読いただきありがとうございました。


こうして一日も欠けることなく、毎日投稿の末に完結が出来た事を本当に嬉しく思います。当初より毎日追い続けて頂いた皆様は勿論、最後までお読みいただいた皆様には感謝しかありません。


最後となりましたので、もし感想など頂けると非常に嬉しいです。にんまりとしながら眺めさせていただきます。


皆様にこの魔族的宥和政策を通して何等かの『快』の感覚を抱いて頂けたのであれば幸いです。


最後となりましたが、本作をご覧いただき誠にありがとうございました。

今後も執筆は続けて参りますので、次回作をご期待いただければ幸いです。

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