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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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人族と魔族の戦い その4『戦いの行く末』


 シドナイが見せる極黒の姿から感じる力は、三年前に王都で見た、冥王が持つ力と極めて似通ったものであった。


()()()、だと……」


「人間の魔装とは、我が身を模した物に過ぎない。魔装ではなく、魔槍、それが源流。そして、真名とは魂に刻まれた鍵であり、己を昇華させる為に必要な言霊。個としての存在を肯定し、魂を解放する為に、私は魔槍となった。これこそが私の正真正銘の姿である」


 これこそがシドナイの本来の姿であると彼は私へと告げた。そして、その言葉は嘘偽りないことをこれまでにない程の魔力量が私に告げている。その力は、王都で魔王バザルジードによって退けられた冥王をすら凌駕しているように思えた。


「シドナイ、貴方の研鑽……その生涯が刻まれた魂の形ということか」


 シドナイは猛り狂う獣のように、そして同時に冷徹な狩人として私へと宣告を下す。


「然り。故に一死一槍、剣戟の極致をご覧入れよう」


 シドナイがその手に持つ槍は嘗て朱色に染まっていた物が、極黒に変わり果てていた。シドナイから感じる圧力は始祖の獣をも超える力の奔流であり、狂気に満ちた殺意の塊であった。


 シドナイは地面に片手を突くような超前傾姿勢を見せる。突貫する事しか考えていない狂獣のその姿は一切の防御を顧みないことを現していた。


 故に一死一槍とシドナイは語る。


 最早、ここから先、私とシドナイの間に言葉は不要であった。


 シドナイはその目で私に語り掛けていた。超えて見せろと。先を見せて見ろと猛り、吠え続けていた。


 決客の時が迫る予兆を私は感じていた。膨大な力の行使に身体は悲鳴を上げ始めている。それは私だけではなく、シドナイも同様であることは察しが付いていた。それは黒化した部分から漏れる魔力がその維持の困難さを物語っているからに他ならない。


 それ故に決着は一瞬であることもまた、互いに認識していた。


 互いの息遣いのみが世界を満たしこれ以上ないまでに緊張感が最大限に高まると同時に、その時が訪れた。


 一瞬の静寂の後、漆黒の槍が世界を置き去りにする速度を以て私の眼前に迫った。


 知覚を超え、魔法障壁を突き崩し、次元歪曲をすら凌駕する渾身の槍の一撃が迫り来る。魔翼を破壊し、空間を捩じり切り、次元を跳躍し、因果律さえも穿つ全身全霊の一槍が全てを飲み込みながら死を齎す極限の刃と化していた。


 だがそれを、私は超えなければならない。 


 私はミナレットの魂が宿る魔剣を柄を握り締め、オドとマナによって創り出した力を以てその魔法術式を完全発動させる。嘗てミナレット・ラーントルクが発動した剣戟は魔翼を全て切り伏せ、私に敗北を刻み込んで見せた。


 あの絶刀を私の持てる全魔力を以て再構築し、シドナイへと放つ。この魔剣は七英雄が持ち、脈々とその力を受け継ぎ研ぎ澄まし、そして昇華させ続けた人の歴史そのものであった。そして、またこの瞬間、受け継がれ紡がれた力を用いて、私は未来を切り拓く。


『魔剣ラーントルク』


 視認する世界、その全てを切り伏せる魔剣。それは、魔力感知によって掌握した()()()()()()を、一刀の元に全てを余すことなく叩き伏せる一死一刀の絶剣であった。


 刃が放たれる刹那、私はシドナイが笑うのを見た。それは、高みを目指す者が宿す、壁を見据えた獰猛な目つきに他ならなかった。


 激突する牙と牙、寸断される空間と因果律を捻じ曲げ届く槍の一撃。


 刹那すら長い。周囲の世界など、とうに意識から消失している。それでも尚、今はただ、眼前の敵を見据え、私達は声等届かぬ圧縮された時の中で全力を振り絞り、魂を以て咆哮を上げた。


「シドナイ――――ッッ!!」

「ラクロア――――ッッ!!」


 力と力の奔流、衝撃波が隔絶された空間の内部で踊り狂うようにして世界を強かに揺らし続けていた。


 自分が立っているのか、それとも地に伏せているのか、それすら分からない程の衝撃と明滅を繰り返し、それでも尚、私は生きていた。


 指先に力を籠める。


 視界は未だ見えない。


 けれど確かに、地面を私の指は捉えていた。


 魔力が霧散し、魔力感知が十全に機能を果たさない。


 身体的損傷が激しい。


 立ち上がるには膝から下の回復が未だ間に合わない。


 身体が重い。


 半数以上の魔翼が砕かれ、マナ精製に時間を要している。


 回復には時間が必要である事は明白であった。


「ラクロア、生きているか」


 私は何とか首を動かし、手に力を込めて上体を持ち上げる。徐々に視界が開けた空間で魔槍化が解かれたシドナイの姿を認めた。私と同様に、全身を切り裂かれ、片足を失いながら、膝を付いたまま身体の回復を待つ姿が見て取れた。


「ええ、まだ、終わっていないようですね」


「ふふふ、そのようだな。だが、次が最後となるだろう」


 互いに手札を切った。魔力の損耗は激しく、場のエーテルでは回復しきれない程の損傷を互いに受けている。互いに欠損した足は治れど、それ以上の回復は見込めない状況であった。


「戦士と戦士、思い出すな。あの頃を」


「ええ、あの時は貴方の勝ちでした」


「そうさな、今日もまた同じ結果となるであろう」


「いいえ、今日は私が勝ちます。ここで、貴方を超えます」


 私とシドナイは同時に立ち上がり、互いを見据えていた。私の魔翼はコントロールを失い、ぴくりとも動く気配を見せない。


 肩で息をするのはお互い同様、欠損箇所は回復したが、治しきれない深手からは血液が漏れ出しては地面を濡らしている。


「エキドナ種が一魔族、魔槍シドナイ。推して参る」


「人造の獣が一人、ラクロア・ベルディナンド。行きます」


 横薙ぎに振るわれる槍を一寸の見切りを以て躱す。しかし、それはフェイントと、私の眉間を捉えるようにして急制動で槍が捩じり込まれる。


 それを魔剣で切り払い、間合いを詰める為に一歩踏み込む。


 シドナイは槍を短く持ち間合いに即した距離間で私と切り結び続ける。互いに一撃を受ければ最早動けなくなるが、既にそんな躊躇いは思考から消えている。


 一合切り結ぶ度に、身体が悲鳴を上げている。疲労と痛みに身体が悶えている。意識は今にも眠りにつきたいと叫んでいる。


 けれど、それでも、前に進む事を止めはしない。


 進めと叫んでいる、魂が叫んでいる。


 行けと、突き進めと、壁を超えろと、その手に掴んで見せろと。


「あぁぁああああああああ――――ッッッ!!!!!!」


 速度が上がる、魂に刻まれた動きが最善手を選ばせる。人族が積み重ねてきた技術の結晶が今ここでシドナイに手を伸ばすようにして、身体を突き動かしている。


「シャァァアアア――――ッッッ!!!!!!」


 互いに乾坤一擲の一撃を振るい、激突する。最早まともな握力は残っておらず、その衝撃に互いの武具が宙を舞った。


 そして私は、身体を動かす事を止め、その裏で練り上げた最後の一撃を完成させた。


 それを漸く感知したシドナイも同様に動きを止め、動かぬ身体で私をただひたすらに見据えていた。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 聞こえるのは互いの息遣いだけであった。


 隔絶された空間に二人、互いに終わりを感じていた。


「……そうか、ここで終わりであるか。実に、実に『善い』戦いであったな」


 シドナイは満身創痍でありながら、傷だらけの顔を歪ませ満足そうに笑顔を見せた。


「ありがとう。貴方がいなければ、ここに辿り着くことは出来なかった。僕達は先へ行くよ」


「そうさな、また、いつか、ここへ私を連れて来てくれ」


 ああ、一つの旅が終わる。


 私はシドナイの先にある世界に思いを馳せながら、始まりであり、そして最後となる魔法術式を発動した。


『フェルド・バースト』


 白亜の熱が視界を染め上げ、シドナイを容赦なく穿ち抜いた。


そして、人族の壁として四百年に渡って立ちはだかった魔族は、音も無く、地に伏した。


「シドナイ……今日は僕の、いや、人間の勝ちだよ……」


 私は吹き荒ぶ風の中、ゆっくりとそう呟くと共に、私は抗うことも出来ず、溶けるように闇の底へと意識が遠くなるのを感じていた。


 そして、意識の途切れる狭間に聞こえた『良くやった』という微かな声にどこか心地よさを覚えていた。


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