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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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人族と魔族の戦い その3『人を背負った者』


 私はシドナイに応えるように、再び魔翼を展開させた。


 極限まで圧縮された知覚を以て、シドナイが神速で繰り出される無数の槍衾の前兆を捉え、シドナイが動く前に魔法構築を即興で行い、シドナイの知覚外からの一撃を放つ。


 絶対的な物量を以て、人智と魔族の力を組み合わせた必中必殺の極大魔法術式。これを用いること即ち、生殺与奪の権利を賭けるという意志表示に他ならない。


『ケイオスインフェルノ』


 無詠唱で放つそれは、かつて天族を名乗ったエルアゴールが用いた極大射程の獄炎の招来であった。


 成層圏にも届く位置より座標演算し、空間転移を以て、寸分の狂いもなくシドナイの頭上から直下に放たれる白い爆炎がシドナイの表皮を焼き尽くさんと襲い掛かり、地殻を砕く撃滅の一撃が容赦なくシドナイを包み込む。


 熱量は勢いを増し、草原を一瞬にして灰燼に帰し、それでも尚余りある爆熱をもって周囲を一瞬にして死の世界へと改変せしめた。


 しかし、その中でも尚、シドナイは動くことを止める事はしない。


「我に魔法術式を当てるか……しかし、それだけでは私を倒す事は叶わん」


 並みの魔族であれば一瞬で消滅する威力を以てしても、それで止まるシドナイではない。灼熱の牢獄を引き裂き、シドナイは猛りながら魔槍を振るい、迫る魔翼を跳ね除け、地面と擦れる程の低空から再び私に肉迫し、魔法障壁を穿たんと攻撃を再開する。


 彼我の距離が狭まれば、接近戦の主導権はシドナイへと移る。それであればこそ、私が持てる最大の防御魔法術式を発動する。


 六十体の魔力結晶体が世界を塗りつぶすように大量の魔力を迸らせ、魔力障壁を作り出す。複数層の障壁の合間には常に歪曲した空間が積み重なり、シドナイの魔力無効化をすら防ぎ切る物理現象を生じさせる次元歪曲現象、それは魔王が始祖の獣の攻撃を防いだ手段に他ならず、私はバザルジードが攻撃を防いだあの刹那に、確かにその術式構造を見た。だからこそ、今の私であればその境地へと辿り着く事が出来る。


 シドナイの魔槍が次々と魔法障壁を刺し穿ち、数十層の障壁が一瞬にして瓦解する。衝撃に次ぐ衝撃が走り私は目を見開きながら魔力の出力を上げ続ける。そしてついに、シドナイの魔槍は魔法障壁を複数層貫いた段階で、完全に押し留められた。


「それは、あの御方の……。くっくっく、はっはっはっは……良い、良いではないか……。そうでなくては……。元老院に席を連ねる者達ですらそこまで練り上げたのはレイドアークぐらいのものだぞ、ラクロア――――ッッ!!」


 シドナイは己の攻撃が防がれたにも関わらず、それを喜色を以て迎え、更なる攻撃の意志を剥き出しにした獰猛な咆哮をあげる。


 瞬きを赦さぬ剣戟の極致。思考を圧縮し、時間感覚をすら凌駕する圧倒的な攻撃の手数。シドナイの槍が魔法障壁との物理的な接触するのと同数の魔法術式を練り上げシドナイと死線上で言葉を伴わぬ会話を交わす。


 シドナイの身体に魔力が漲ればそれを看過し行動を牽制し、魔翼を操り、更に魔法を放つ。シドナイも同様に私の手の内を探りながら間髪を入れずに急所へ向けて攻撃を放ち続ける。


「シャーーーーッッッッ!!!!!!」


 一息の合間にシドナイは私の猛攻を防ぎ、さらに一歩を踏み出す。その一歩が近づくたびにシドナイの手数が増える。秒間に数百の剣戟が見舞われる最中、それでも尚、私とシドナイの攻防は拮抗していた。


 高々一分に満たない攻防でありながら我々を中心に周囲が砂塵と帰し、幾度と無く抗力を発揮した空間が世界から置き去りにされたように歪んでいた。


「かっかっか。愉快であるな。この昂揚感、久しくは無かったぞ……。七英雄との戦いに感じた高まりとは違う、生物としての本能が叫んでいる。ラクロアよ、お前は私を高みへと昇らせる為の贄の一人となったぞ!!」


 それは喜びの発露。シドナイは感情を隠す事無く、私を真正面から評価していた。それはともすれば最大の賛辞であったが、その言葉にはまだ『お前は未だ脅威ではない』と言う意味が込められているようなにも受け取れ、私は再びシドナイへと宣言する。


「贄か……。だが、それでこそ最強の頂という訳だな……。シドナイ、それならばここから先は、唯の殺し合いだよ」


「無論、人類に先を見せたくば我を殺してみせよ。文字通りにな!」


 場に満ちるエーテルを魔翼を完全開放し、猛烈な勢いで取り込み一切の油断なく、そして一切の呵責なく、私はシドナイを敵として見据えていた。そして、彼に対して己の持てる力を如何にして発揮するかという幼き日に思い描いた夢想から一歩、足を踏み出し、彼の眼前にその解を見せる為の術式を構築する。


 私は生まれてからというもの、魔法とは何かを考え続けていた。


 人族における魔力は、魔力(オド)と言うエネルギーに指向性を与え、エーテルに働きかける作用を指すものであった。そしてその本質が示すことは『場』の力を引き寄せる事に他ならない。一方で魔族が持ちうる魔力とは、魔力(マナ)というエーテルを取り込み、体内で精製されたエネルギーをそのまま放出する、外へ向けた力に他ならない。


 引き寄せる力と、放出する力、その相反する力が私には存在していることに気づいたのは生まれてから直ぐであった。その力の繊細さの余り、私はこの両者を同時に使うのでは無く、個々の魔力として抗力を求める事しかしてこなかった。しかし、それでは意味が無い。個々にこの力を使うだけでは、シドナイには届かない。


 人族だけでも、そして魔族としてだけでも届かないのであれば、何をすべきか。私が半人半魔であるが故にその二つを操ることこそが必要なのだ。そしてその素養は私が生を受け、魔力という存在を認知したあの時に既に培われていた。それは赤子の頃に感じた、体内で起こるオドとマナの干渉における極端な抗力の発揮であった。これこそが半人半魔の身として生まれた私にしかできないオリジナルの魔法術式であり、人の研鑽によって魔力操作を習得し、積み上げ続けた今だからこそ、たどり着ける境地であることを私は理解していた。


 オドとマナを結合させ圧縮を続ける。抗力が抗力を呼び、相反するエネルギーの奔流が私の手の中で創り上げられる。それは、物質界に対して干渉し、その全てを無に還す威力を備える程の効力を生み出し始める。


 これこそが人造の獣として生まれた私にのみ許された最上の矛であり、盾であり、そして初めての借り物では無い魔法であった。


「行くぞ、シドナイ!」


 手を前へと翳し、神速で構築した力をその奔流に任せ解放する。


 極光


「――――――ッッッ!!!!」


 閃光が奔った先には、空間が瞬時にくり抜かれ一切の痕跡を残すことが無かった。その光に触れたありとあらゆる物質は跡形もなく消滅し、その一閃が残した軌跡に遺るもの等、存在することは不可能であった。


 その射線上に存在した、シドナイの半身もまたその帰結に抗う事は出来ず、血の一滴すら残さぬ程の威力を以て、完全に抉り抜かれていた。


 勝った、と感じた瞬間、私の全身を駆け巡る警鐘と怖気。


 それは、明らかに瀕死と思えたシドナイから発せられる威圧感を察知してのものであった。


 シドナイの肉体から出血は無い。しかし、倒れることもない。内側に見える肉は魔力を伴い、徐々に律動を始め、明らかに復活の意志を見せ始めている。


 しかし、変化はただの復元に留まらないことは明らかであった。


 シドナイは、明らかに今ここで更なる変化を遂げようとしていた。


「良くぞここまで練り上げた……。良かろう、弟子として、友として、仲間として、敵として、全身全霊を賭けるべきは我も同様であったか……聞くが良い、我が魂の咆哮を。そして見るがいい、魔王より授かりし、我が魂の解放を」


 それは、かつて近衛騎士達が私に見せた魔剣の術式起動の合図と酷似していた。それ故にその詠唱の意味する事を私は理解していた。


『我が生涯は天上を穿つ槍その物である……。我が真名を聞くがいい。“魔槍 シドナイ”』


 爬虫類を模した表皮、顔つき、細胞の全てに満ちる魔力。それに反応するようにシドナイの身体に変化が現れる。燐光が鳴りを潜め、体表が黒々と染まっていく。頭からは二つの角が徐々に生え出し、全身に迸る神々しいまでの魔力の迸りと共に鎧を纏ったかのような甲殻が姿を現し、変貌を遂げて行く。

 蛇がその皮を脱ぎ、現れたのは至高の生物を象った魂の顕現。その様は恰も龍種。その内側に隠した力は、人類が仰ぎ見るに値する威容を備えた姿であった。


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