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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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人族と魔族の戦い その2『始まりの剣戟』


 戦いの火蓋は緩やかに切って落とされた。


 同時に行う必要がある魔力操作は五つ、身体強化、魔翼操作、魔法障壁維持、魔力感知、攻撃魔法術式の構築、この五つの動作。四年前は四つまでの同時行使までしか出来なかった魔力操作であったが、今は既にその枷は存在しない。


 シドナイは小手調べとばかりに、突貫を見せ魔法障壁を引き裂くと共に私へと肉薄を図る。当然ながら待機させていた魔法術式の発動と共に魔翼を操りシドナイの行動を阻害してみせる。どちらの精度も過去とは比べ物にならない程に熟達し、反射の速度でやり取りが出来るまでに成長を見せている。


「なるほど……この四年間、十分に積み上げたようだな」


 互いの手の内を知り尽くした中であるからこそ、この遣り取りは前提を確認する為の一つの作業であり、また同時に、戦いを通してでしか出来ない、互いの力量を推し量る為の対話であった。


 シドナイの圧力が一段上がり、無意識のうちに魔剣の柄を握る力が増すのを感じていた。


 一切の隙を生じぬ構えをシドナイは見せている。それは嘗ての姿と重なるが、昔は得る事が出来なかった情報が私が得た騎士達の記憶から呼び起こされ、読み取ることができる。


 呼吸、視線、重心の位置、そして攻撃を誘う針の穴を通さねばならぬような僅かな隙の気配。それがブラフであることを嗅ぎ分けながら、魔剣を構え、そして同時に無詠唱にて魔法術式を完成させる。六十体の魔翼も十全に動く。これ以上はない体勢が整い、私はかつて、どれほどシドナイから手心を加えられていたかを理解する。


 じりじりと互いの間合いを計りながら、容易には手を出さず気を窺う。互いが放つ魔力の気配、流れをすら戦いに注ぎ込み、互いの手の内を探り続ける。緊張感が高まる中、ふとシドナイから放たれる気配が緩むのを感じ取り、逆に警戒色を強める。


「赤子の手を捻るように、とは行かなくなったようだな」


 シドナイがその余裕ともとれる感想を呟いた瞬間、私の弛緩を狙い、神速の槍捌きを以て突貫を始めた。


 無論、そんな子供だましに掛かる私では最早ない。


 突進に併せて構築済の魔法術式により雷撃を放つと共に、魔翼を以て迎撃を行いシドナイの足を止める。そして同時に腰だめに構えた魔剣を以て、魔術が炸裂する渦中へと足を踏み入れる。そして繊細な魔力操作と共に、限られた空間において、限られた選択肢を導き出し、シドナイの動きを完全に把握しながらに有利を探る。シドナイは獰猛な笑みを見せながらその攻撃の一切を防ぎつつ、私の剣線とシドナイの槍撃が交錯し、刹那の合間に火花が散る。


 互いに踏み込みは浅く致命には至らず、それを撒き餌に魔翼がシドナイを上空から急襲しようと試みるが、シドナイはそれを看過し追撃を避けるように後方に飛び去ると共に距離を開け仕切り直しを図って見せた。


「ふむ、合格点は出せそうだな」


 シドナイは頬の鱗が剣線によって僅かに削げたことをその爬虫類に似た目を以て認めると共に私に採点を下した。


「貴方が今相手にしているのは、四年前あなたの鱗を一枚削ぐ事しか出来なかった子供ではない。人族の歴史を紡いできた数多の記憶そのものであれば、一個人ではなく、人族が積み上げた力そのものと理解するべきでしょうね」


「くっくっく、悪くない。さりとて、人の研鑽は高々四百年。数千年の研鑽を積みし我に届く道理は無い……。ラクロアよ、お前も理解しているだろう。この絶望的な迄の差を。我を打ち倒すには超常の者以外存在しない」


 シドナイが戦いの前に告げた言葉を私は改めて反芻していた。


『師として一つの助言を与えるとするのであれば、この互いに残るしこりを解消する時は必ずしも今である必要はない。数千年の時を経た後に、人族の中にもお前以外に魔翼を持つ者が現れるであろう。その者と共にお前が人を率いて、その時代に適した変革を促せばいい。お前は魔翼を持つ者、それであれば人の理で生きずとも良いのだ。トリポリ村の守護者となりながら、魔大陸で研鑽を積めば良い。長命の者達と共に盃を交わし、友愛を育み、数千年の後に訪れる魔族と人族の宥和の時を待てばいい。お前が独りで背負う必要など、無い』


 強く、雄々しく、その背中を追っている間に、いつの間にか憧憬に変わっていた彼の言葉をの意味を私は理解していた。その考えは正しい。魔王バザルジードの策略の通り、人類はやがて変化の時を迎える事になる。私と言う存在は人族の執念によって作り出された偶然の産物に過ぎないのであれば、今全てを背負う必要などないのも確かであった。


「……そうかもしれない。けれど貴方には分るはずだ。先を目指し続ける貴方だからこそ、魂の叫びを、どうしようもなく、突き進めと叫ぶ声を」


「それであれば、己が力をもって証明するしかあるまい」


 シドナイはその手に構えた槍に魔力を込める。その身から放たれる万物を貫かんとする殺気に満ちた魔力は文字通りに全てを刺し穿つ為の槍と化す。


 そこから先は死線を越え続けなければ立つ事すら許されぬ絶界であり、全身全霊を以て挑む者をその魂魄まで灰にせんとする、意志が漲っていた。


 瞬きをする間にシドナイの姿が消える。


 刹那の合間に喉元に迫る刃を魔翼が遮り、感知と共に待機されていた魔法術式が起動する。千本以上の雷撃と共に、足元から無数の杭がシドナイを突き刺そうと迫る。しかし、超高速移動を行うシドナイの姿を捉える事は出来ず、その魔槍の一薙ぎによって構築された術式は崩壊し抗力を無効化される。


 シドナイは追いすがる魔翼を流麗な槍捌きを以て迎え撃ち、発動される寸前の魔法術式を再び瓦解させると手薄と見た私との距離を埋めに掛かり槍を放つ。


 引き裂かれる魔法障壁、そしてシドナイが行動に映る僅かな隙を狙い、私は腰だめに構えた魔剣を振るう。一呼吸の合間に都合八十回に及ぶ剣戟の嵐が舞い、込められた魔力によって地面が抉られ、草原は既に荒れ地と化し始めている。


「遅いな」


 言葉が耳に届くよりも早く、シドナイの槍が強かに私の心臓を突き刺していた。


 刺されたことすらも気づかぬ程の速度、そして容赦の無い一撃。しかしこれは訓練では無い。勝ち負けが付くときは、どちらかが膝を突くときであった。


 私が一切の迷いなく魔剣を振り落とすとシドナイは距離を取り再び魔槍を構え直す。


「言ったはずだ。私の研鑽は決して優しいものではない。そして此度の戦いにおいて、それを証明してみせると。そんな体たらくで私を超えようなど……それこそ三千年は早い」 


 シドナイの言葉は重く、そして正しい。


 私が出会った、現世に根を張る者達の中で彼よりも強い者がいただろうか? 彼よりも研鑽を積んだ者がいただろうか? 彼よりも先を目指していた者が果たしていただろうか?


 否


 そんな者は、人類にも、ひいては魔族にも存在し得ない。彼と並び立つ事など、到底かなわない。それが誰しもの答えであり、それが事実であった。


 けれど、諦めない者達がいた。それは意地でしかないのかもしれない。もしかすると呪いですらあったのかもしれない。


 その結果、人族は小さな世界を蟲毒として、高みを目指し続けた。数々の犠牲を土台として、世界に風穴を開ける為に奔走した。前に進めと、進み続けろと魂が叫ぶままに。


 トリポリ村の人々は優しかった。魔翼を持つ者と、彼等の間には一見すると越えられない確執があった。何故、魔翼を持つというだけで世界が開けているのか……そんな当たり前の不平等に対しても、彼等は私に対して何も言わなかった。私が歩み寄れば、歩み寄りを見せてくれた。それがどんなに覚束ないものだとしても、私はそれを覚えている。優しかった彼等の笑顔を、積み重ねを、それらが私にとって充実した世界であった事を覚えている。


 王国で出会った者達はそれぞれが人生を謳歌していた。閉じられた世界である事を知らずに人生を謳歌する者達、文化を作る者達、生命の連環が確かに存在していた。死にゆく者達の願いを私は見た。人の世界を拡げたいと願う者達が居た。魔術師も、近衛騎士も、人を救うために同族を管理し、それでも先へと手を伸ばし続けていた。


 その善悪、罪科、そこには裁かれるべき業と呼ぶべきものがあるのかもしれない。


「それでも……それでもッッ!!」


 先に手を伸ばしたのが罪であるとしても……その罪を背負う者が必要であるのならば……人類の為に全ての業を背負う者としての覚悟がある!!


「誰もが、未来が欲しいと願っている……私も、そう私もまた、皆と共に未来を見たい……ッッ!! だからこそ、私は今日ここで、貴方を超えて見せる――ッッ!!」


 私はあらんかぎりの声を出して叫んだ。それは、私の本心あり、そして誓いであり、同時に確固たる意志であった。


 シドナイは笑った。私を敵と見据え笑みを浮かべた。


「ならば来るがいい。半人半魔の身なればこそ、人族の一翼を担い我を凌駕して見せよ。ラクロア・ベルディナンドよ!」


 心動かすものに出会ってしまった。それは自分の意志ではなく、流されてしまっていると見られるかもしれない。だが、それは違う、私の心が、存在を震わせる程に叫んでいる。


 進めと、超えて見せろと、全てを振り絞り、心を震わせ存在を賭けて見せろと。


「行くぞ、シドナイ。我が師にして人類の宿敵よ。己が鍛え上げた牙に斃されるがいい」


「その意志や『善し』、全身全霊を以て挑むが良い。人族の英雄よ」

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