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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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人族と魔族の戦い その1『心の在処』


 七英雄との戦いで感じた、人に対する可能性を私は未だに覚えている。


 その一方で魔王が人族に講じた盟約の意味もまた同様であった。


 二律背反する魂の盟約の前に、人は力を求める道を選んだ。それを私は喜んでいた。短い命を持つ者達がその人生を掛けて鎬を削り、技術を育て、そして力を高め、次の世代へと紡ぐ様を私は美しいとすら思っていた。


 それ故にラクロアという魔翼を持った少年の誕生は、私の希望を終わらせるものであると理解していた。四百年という戯れの時間に幕が下りる。それは避け得ない出来事であるかのように感じていた。ラクロアはトリポリ村の人族と交わり、子を成し、その者達が魔族として種族としての方向性を進めて行く。一方で残された者達は取り残され続けることを知らずに鳥籠の中で己たちが進化を辿るまで、力を求めてさまよい続ける。


 いずれにせよ、ラクロアによって管理された人族はそこで完結する。私に挑む権利という魂の盟約はその意味を失うことは間違い無かった。


 寂寥感と共に、私はその事実を受け止めていた。しかし、ラクロアが私の下で力を開花させ始めた時、予感がした。人と魔、その技術をこの少年に注ぎ込んだ先に見える新しい可能性があるのではないかと。私は歓喜していた。


 更に喜ばしいことに、少年は賢かった。魂の回廊における人族の魂の欠乏が引き起こしたいくつもの偶然によって少年はただの赤子ではなく、幼くして深い洞察力と知識を有する人魔分け隔ての無い理解者として生まれ、そして育った。


 それ故に、少年は犠牲を見捨てることが出来ない。助けられるものを助けたいと願う、心優しき人として育ち、人にとっては遠く及ばない力を有するに至った。


 それ故に、彼は私の前に姿を現している。


「お待たせいたしました」


 それがラクロアであると、直接会話をしなければ分からない程に、ラクロアがその身に宿す魔力は膨大なものになっていた。人族と交わり、囚われていた魂の解放を経て得られたマナをその身に宿したが故の暴力的な物量であった。


「ふむ、バザルジード様とは会話を済ませたようだな」


 そして、ラクロアとしての個人を確立させたまま、こうして私の前に立つ姿、既に魔翼を完全に掌握していることからも準備が整っていることを現していた。


「全てを知り、その上で貴方の前に私は立っています……しかし、ここも懐かしいですね」


「あの時はグリム達も一緒だったな。鉱山に住まうエルダードラゴンをお前達は村の禁を破って探しに行ったのだったな」


「それを貴方が捕まえて、酷く叱られましたね」


「そうだったな。そのようなこともあった。お前がまだノクタスと訓練に勤しんでいた頃だったな」


 私とラクロアはクライムモア魔石鉱山の坑道入口に立ち、そして今は中をひたすらに進んでいた。嘗ての人族の首領たち、七英雄と呼ばれた者達も同様にこの道を歩き、魔大陸へと足を踏み入れた。その時の想いは高揚していたのか、それとも好奇心に満ちていたのか……ラクロアも彼らと同じような想いを抱いているのか否か……私には分かり様もないことであった。


 暫くの間、無言のままに坑道を進み続ける。そして、魔石の光とは違う、出口から差し込む光を見つけ私はラクロアへと振り返る。


「準備は良いな?」


「ええ、既に心は決まっています」


 昔とは違い、短く切られた銀髪と、両目に宿る碧色が私を真摯に見つめていた。


 言葉は不要、そう言わんばかりに決意に満ちた目を向けられ、私はこれ以上ない喜悦が湧き上がるのを感じていた。それは、人族にかつて抱いた感情の再来であった。心の底から渇望していた、力を求める人族の想いに対する答えをラクロアが私にもたらすのではないかと言う確かな予感が私の内なる欲求を刺激している。


 外に出ると、そこには高原が広がっている。私にとっては見慣れた景色であったが、ラクロアは魔都以外では、魔大陸の光景を見るのは初めてであったのか、どこか感慨深げに辺りを見渡していた。


「かつて、七英雄達もまたこの景色を見た。そして、魔族と戦い、その果てに貴方に敗れた。あのときに本来であれば失われるはずであった選択肢。魔族を超えるという、貴方によって齎された可能性、人はこの四百年に渡って、その一点に全てを捧げてきた。貴方はそれで満足でしたか?」


「ああ、人の中に見た進化の可能性。それは私が持つ力への希求の一つの手掛かりになる可能性があった。そして今、人を超えた者として、人と魔、両者の力を持つ者が私の目の前に存在している。これを喜びと呼ばずに何と呼べばいい?」


「それも、今日で全て終わる。貴方は人類の壁として立ち続けてきた。そんなあなたを打ち倒す為に人類は研鑽を積み続けて来た。その壁を打ち壊す事にどれほどの価値があるのかは分からない。ただ、私は貴方を倒すと決めた。今はそれ以上でも、以下でもない」


 ラクロアは翡翠色に輝く魔翼を完全に展開し、その腰に携えた魔剣を引き抜いた。


「それでよい。これはけじめと言うものだ。魔族と人族の関係性にさほど大きな変化が起こることはない。ただ、お前自身と私自身の心の在り方の問題だ、何者にも邪魔はさせんよ……だが、師として一つの助言を与えるとするのであれば、この互いに残るしこりを解消する時は必ずしも今である必要はない。数千年の時を経た後に、人族の中にもお前以外に魔翼を持つ者が現れるであろう。その者と共にお前が人を率いて、その時代に適した変革を促せばいい。お前は魔翼を持つ者、それであれば人の理で生きずとも良いのだ。トリポリ村の守護者となりながら、魔大陸で研鑽を積めば良い。長命の者達と共に盃を交わし、友愛を育み、数千年の後に訪れる魔族と人族の宥和の時を待てばいい。お前が独りで背負う必要など、無い」


「はは、それは実に魔族らしい言い分ですね。時間がある者にしか吐く事の出来ない言葉であり、そして今日ここで自分が負けると微塵も思っていない者の言葉だ」


「かっかっか。然り、然り……。私がエキドナ種のシドナイであればこそ、そしてお主の師であればこその言葉と知るが良い」


 私は己と一心同体となる魔槍を構え、ラクロアと対峙した。これが幾度目の戦いであるのか、数などとうに意味を無くすほどの試行回数の果てに辿り着いた力をぶつけられる相手が目の前に存在している。


「弟子とは常に師を超える為に存在している。受け継いだ技術を絶やさずに次の世代を育て、そして更に洗練させる為に。私は貴方の技を以て、その先へと行く。我が名はラクロア・ベルディナンド、七英雄が一人、ラーントルクの血を引く者にして、人の技術を受け継ぐ者。参ります」


「喜びを以てお相手いたそう。我が名はシドナイ。魔王に牙を剥く者にて、人類の壁として立ちはだかる者である。来るが良い、人の道を拓かんとする者よ、我が牙で全てを吞み込んでくれよう」


 私は浮かび上がる笑みを止める術を持たなかった。

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