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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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人族を深く知る者と魔族を深く知る者


「ラクロア殿、久しいな」


 私に声を掛けて来たのはゼントディール・サンデルスであった。ルーネリアの護衛として、タルガマリア領に出向き、聖堂国教会の教皇派を率いた彼を私は自身の判断でトリポリ村へと逃がした。それも既に三年前のことであったが、ゼントディールの健康的な表情と、昔と同じく整えられた髭の様子を見る限り、トリポリ村の中でも確りとした生活が送れているようであった。


「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


 直接的な会話はタルガマリア城での会話のみ、決して親しい間柄という訳ではないが、ルーネリアを通した縁が私達を繋いでいると言えた。


「あの時、君がこちらへと転移してくれたおかげだよ。当時は転移先の君の友人には大いに驚いたがな」


 エルダードラゴンの龍燐が放つ魔力を軸に転移を行った為に、グリム達の側にゼントディールを転移させたことで彼が腰を抜かすほど驚いていたということは聞き及んでいたこともあり、申し訳なさ半分、もう半分はその時のことを思い浮かべるだけで笑いが込み上げそうになる。


「あの時は未だ、私が魔族と繋がりを持つということを漏らす訳にはいきませんでしたからね」


「別に恨んではいないさ。君には寧ろ感謝しているよ、サンデルス家を救い、ルーネリアを救い、剰え私を救って見せた。それに対して何か含むところがあるとすれば、それは人でなしというものだろう?」


 ゼントディールは竹を割ったように明快な態度で理解を示した。その後も幾つか他愛もない話をしながら、彼の現状について尋ねた。


「……今は、外との折衝役を務めているとの事ですが、シャルマ公爵ともやり取りを?」


「ええ、クライムモア魔石鉱山の優先的な採掘権と流通経路の手綱を公爵が握っているのでな」


「市場に実際に流通させる量の管理まで行っているとするのであれば、その内にスペリオーラ大陸での経済的な覇権を握るのもわけはないでしょうね」


 ほう、とゼントディールは感嘆の声を上げる。


「流石はベルディナンドの血筋と言うべきか……。その見立ては間違いではあるまい。まあ、ガイゼルダナン家が何を考えているかは手に取る様にわかるがな。王都の現状を考えれば、魔石の流通を牛耳ることでそれがそのまま牽制となって近衛騎士や魔法技術研究所も下手に動くことは出来まい。時間を稼ぎつつ、魔族との関係性の構築に尽力するつもりであろうよ」


 私はゼントディールの言葉に頷いた。


 私と魂の誓約を結んだことで、シャルマ公爵は魔族側の後ろ盾を得たと考え、現在のスペリオーラ大陸の在り方を変えようとしているのだろう。近衛騎士と魔法技術研究所によって、人族の技術の発展の果てに魔族を倒すことを目的として構築された社会構造の抜本的な改革は、戦いを良しとしない者達からすれば当然の希求であるのだろう。


「国王派閥も、その真意については見抜いているでしょうからカルサルド国王は勿論のこと、ベルディナンド家もこの辺りに手出しをしてくるのでしょうね」


「その通りだ。既に国王派は、シルヴィア・ベルディナンドを平和的な使者としてトリポリ村に派遣をしているよ。魔族側としても無碍には出来まい、人との宥和を求めているのであれば尚更な」


「そうでしょうね。シルヴィアとは今後も関わりは必要となるでしょうね。シルヴィアの尽力によってはこのトリポリ村に住まう人々がスペリオーラ大陸へと出向く未来も有り得るでしょうから、選択肢として確保しておくに越したことはないでしょう」


「問題は近衞騎士と魔法技術研究所の者達、ということだな」


「時間の問題とも言えるが、()()()()()()()()()()、暴発は避けられないでしょうからね。その時は、お力添え致しますよ」


「はっはっは、ラクロア殿にそう言ってもらえると心強いな。ここに来て政治の在り方も変わる時期になったということだな。それであればこそ、私もこうして生き恥を晒している意味があるというものだな」


「生きる事は恥では無いですよ。生きる事を諦めない限り、私達は前へ進むことが出来る。人生は決して長くはないですが、やれることは多い。そうでしょう?」


 私の言葉にゼントディールは同意を見せると、不意に笑い声を上げた。


「いやいあ、すまない。まさか、君にこうして再び説教をされるとは思わなんだ。面白いものだ、確かに生きてこそ意味があるな。私は自分自身の生き方に後悔はしていない。そして、こうして魔族との関り合いを持ちながらその先を目指す……そおうした生き方も悪くはない」


「貴方から見て、魔族はどう見える?」


「……恐怖の対象であった。それは間違いない。人族の集落に住まう多くの者達もまた同様に魔族に恐怖している。それは根源的な違いをまざまざと感じざるを得ないが故に覚える危機感に他ならないと私は推測している。だが、必ずしもそれがすべてでは無い。互いの違い、そうした壁を乗り越えられるだけの理性を我々は持ち合わせている。何よりも魔族の者達は我々と共に生きようとしている……三年もあれば、それを感じ取るだけのことは出来る」


 ゼントディールの表情に変わりは無かった。彼の言葉は、人族が魔族と関わる上で得られた正真正銘、心からの言葉なのだろう。それを聞けたことは私にとっては僥倖と言える。外を知る人間が、今の魔族を知っても尚、共に生きられると思うことこそが、これからの人族には必要な原動力となり得る。


 しかしそれは、この場で生きるしかないが故に出された回答なのかもしれない。そうした時に、私は、そうではないと彼等の口から言わせて見せたい。それはきっと、魔族にとっても重要な言葉となるに違いない。


「そうですか……お話をありがとうございます。それを貴方から聞けて良かったです。それであればこそ、私の役割も明確になると言うものですから」


「……強いな、ラクロア殿は。それこそ、ルーネリアを貰って欲しいと私が思うほどにね」


 冗談でないことをゼントディールの目が語っていた。そうした可能性も若しかしたらあったのかもしれないが、慰安のルーネリアの立場を考えれば現実的ではないだろう。しかし、私にとっては今日、この時にそれを考えることもまた、未来への希求を呼び起こす為には良い刺激になるのかもしれない。


「ふふ、そうですね。色々な可能性を私達は持っている。それだけで明日を生きる意味があるというものです。それは人にとっても、勿論魔族にとっても同じことです」


 ゼントディールは私の言葉を聞くと「上手いことを言う」と口角を上げた。


「ふむ、上手い言葉で逃げられたが、それもまた君の活力になるのであれば、良いのかもしれない……改めて、礼を言わせてもらおう。私達に道を見せてくれたことに感謝を。そして願わくば君自身の道に幸運があらんことを」


 ゼントディールは私に騎士の礼を以て、感謝を告げた。






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