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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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狭間に生きる者達と共に

 

 私は転移魔法術式による移動先を見知った魔力に向けて調整し、空間を捻じ曲げ、道の創造に成功する。


 その魔力から感じる懐かしさと併せて思い起こされる彼等との記憶。たった数年の別れであった筈が、まるで数百年に渡って会う事が無かったかのような不思議な感傷が生れているのは、私に刻まれた人々の記憶を垣間見た影響かもしれない。


 クライムモア連峰からの清流がメライケ大森林へと注がれる様を見渡せる高台、そこにはギイカの実が成る樹木が群生しており、トリポリ村に住まう人族の手が加わり管理されている。節くれだった幹に、成人男性の腕程に太い枝が幾重にも別れ、その先には青々とした葉と、丸々としたギイカが実っている。


 その一つに手をつまもうとしていた三名に私は声を掛ける。


「相変わらず、悪戯か?」


 私の声に驚いたのか、慌てて振り返るヒナールとグリム、それに対して既に私の気配に気づいていたジナートゥは手に持ったギイカを私に投げて寄越した。


「四年振りか……生きているとは思っていたが、随分と様変わりしたな。人族の成長には驚かされる」


 ジナートゥは変わらぬ冷静な語り口調であったが、その頬が僅かに緩んでいることを私は見逃さなかった。


「四年もあれば成長するには十分ということさ……っと、グリムも相変わらずだね」


 グリムは興奮を隠さずにその尻尾をぶんぶんと振りながら勢い任せに私に突進をかまし、嘗ての子狼時代とは異なる人の優に二倍はあろうかという巨躯を以て、私の帰還を歓迎していた。銀色の美しい毛並をくねらせ、凄まじい勢いでじゃれる姿は昔のグリムのままであり、私も懐かしさに胸が詰まる。


「久しぶりだねえ、ラクロア。大人になっちゃったねえ!」


 舌足らずなしゃべり方が出てしまうほどにグリムは興奮していたようであった。ヒナールはその一方でギイカを咀嚼しながらどこかほっと息を撫でおろしていた。


「なんだ、ネルトンさんかと思って身構てしまったじゃないか。前回は訳も分からぬ人族の大人を送り込んでくるし、悪戯を叱られる謂れはないぞ」


「ああ、ゼントディール伯爵の件は悪かったね。彼にも事前に確りと説明は出来ていなかったから、随分と驚いていただろうね」


「腰を抜かすどころじゃなかったよ。側にいた人族も固まって動けずにいたぐらいだったさ。奥歯を鳴らしながら龍鱗をこちらに見せてたから察しがついたけどな」


「はは、くれぐれも攻撃はしないようにとだけ伝えておいた甲斐があったよ」


 私は久しぶりに心の底から笑みが零れるのを感じていた。対等に言葉を交わすことが出来る暖かな感覚、たわいもない会話、旧友との久しぶりの邂逅であるにも関わらず、何ら変わらぬ互いの距離感。私にとっての居場所が彼等の側にあることを改めて感じ、ふとした瞬間に視界が滲みそうになる。鼻の奥にツンとしたものが走り、思わず私は彼等から目を背けた。


「ラクロアよ、人とは感情豊かな生き物であることを我々もこの数年で改めて学んだ。喜びを感情のままに表すこともまた、人にとって重要な素養なのだろうよ」


 ジナートゥは腕組みをしながら諭すように私に語る。聡明であるが故に他者に対する洞察も、そして理解も深い。


 彼は私に対する恐怖、嫉妬、羨望、憐れみ、そうした感情とは無縁のただの理解者として横に並び立ってくれている。人族と関りを強く持った中では得る事の出来なかった関係性が開かれていた。


「ありがとう。皆のお陰で、私は私のままでいられるんだな」


 最早涙は隠さなかった。感情の赴くままに任せ、それ以上の感謝を彼等に伝える他に私のすべきことは何もなかった。



 私の帰還という一報はグリムの手によって瞬く間に村へと届けられ、人族の集落に戻ると、私は騒めきと共に迎え入れられた。それは、歓喜とも安堵とも違うどこか異質な雰囲気であり、ちょっとした好奇の目に晒されるという感覚が正しいのかもしれない。


 これまで外界との関りを絶たれていた集落が、この四年間の間にスペリオーラ大陸と関係性を再び持つこととなった要因が私にあることを彼等は既に理解しているということなのだろう。


 私の到着を真っ先に労いと共に迎えたのは族長のバニパルスであった。記憶の中にあったバニパルスの姿と比べ、やや頬がこけたように感じるが、未だ健在であったことは素直に喜ぶべきことであった。


「よく戻ったのうラクロアよ。先ずは儂の家で落ち着くが良い、皆もお主の到着を待ち望んでおる」


 私はバニパルスに促されるままに族長の家に入る事となった。


 いつだったか、同じように家に招かれたことがあったことに既視感を覚え、それがタオウラカルの民であるサルナエを救いだした後であったことを思い出す。あの時はスペリオーラ大陸での出来事など、何一つとして予想できていなかったが、あの一年余りの旅路で起こった出来事を思い返すと自分自身が想像以上の働きをしたのではないかと思い至る。


(あの時は何も考えることはなかった。人の世界を閉じる壁となる存在が魔族であったとして、これほどまでに多くのものを背負うことになるとは……。だが今思えばそれも……)


「おかえりなさい、ラクロア」


 私の思考を途切らせたとのは、懐かしい声によるものであった。


「ただいま、母さん」


 彼女が見せる眼差しは慈愛に満ちたものであり、魔都においても私の世話を欠かさずにしてくれていたことからもその気質に変わりは無いことは理解していたが、こうして再会した際に覚える感慨は家族としての絆をより強く感じさせてくれる。


 族長の家に設えられた会議場にはバニパルスとトマムの他、ミナレット、ノクタス、ダグナス・サウダース、ロイ・サウダースといった集落でも主要な者達が席についていた。そして、驚いたことに、タオウラカルの三人、スオウ、ミチクサ、ザイもまたこの場に居合わせていた。


「三人共、無事だったんだね。良かったよ」


 幾つか聞かなければならないこと、話さなければならないこともあったが、言葉にする前にスオウが先に口を開いた。


「ラクロア様もご壮健で何よりです。王都での出来事の後、私達はシルヴィア様とシャルマ様の手によって王都から逃がされ、無事にこの集落までたどり着く事が出来ました。スペリオーラ大陸側との交渉に備え、タオウラカル側に対しても協力要請があり、それ以降我々が代表として動かさせて頂いております」


「まあ、旦那がおっ死ぬなんてことはこれっぽちも思ってませんでしたからね。ですが、こうして再び会えたことを嬉しく思いますよ」


「当たり前のことを言うなミチクサ。ラクロア様にとって三年の別れなど瞬きの間と変わらぬ程度の時間であろうよ……。我々三名は引き続き、ラクロア様と共に在るということだけが重要なのだ」


 三者三様の再開の言葉は私にとって喜ばしいものであった。あの戦いを生き抜き、一回り強くなった彼等を私は素直に祝福していた。


「再会の喜びはひとしおではあるが、ゆっくりとこれまでの事を聞かせてはくれまいか。勿論、シャルマ殿やゼントディール殿から話しは聞いておるが、ラクロア、お主の口から物語ることが重要なのじゃ。お主にとって、世界がどう映ったか、そしてお主がどのように選択をしてきたのか。そして、この先をお主はどのように進むのか。それでこそ、我々がお主をスペリオーラ大陸へと向かわせた意味があるというものなのだから」


 バニパルスは人族の切迫した状況について私にその真実を明かした。しかし、その真実が含む意味はトリポリ村に住まう者達だけに関わるものであったが、決してそれが全てでは無かった。このトリポリ村に生きる者達だけでなく、スペリオーラ大陸に生きる全ての人族の営みを知った私がどのような結論を出すのか……それを背負わせる酷を、バニパルスはかつて『業』と語った。


「そうですね、先ずは大森林を越えて、ロシュタルトで冒険者となったところから話をするとしましょうか……」


 バニパルスが言う『業』と言う重荷を私は皆との対話を通して、背負う準備をゆっくりと始めることとした。



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