表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
178/191

人の世を治める者達 その1

 

 カルサルド王は王都の復旧の為にあらゆる手段を使う事を決断し、魔法技術研究所のアストラルド・ローデウス所長と、近衛騎士団のザラツストラ・バルトハルトを招聘し、その場に宰相であるジファルデンと書記として私をも招聘していた。


 アストラルド、ザラスツトラ両者共に、本来は王の権勢とは隔絶した団体の長であり、迂闊な事を口走る事は出来ない。本来そこには国教会の大司祭も同様に参加する筈であったが、サンデルス伯爵の画策として処理された教皇派による国教会内部の粛清の後ろ盾として、大司祭もまた同様に国王の手によって処断されており、今はその場が空席となっている。


 聖戦によって受けた余波は王都を苛むこととなり、その責任の所在を騎士団と魔法技術研究所が負っているのは間違い無い。魔法技術研究所においては聖戦の代償として、ノエラ・ラクタリスに再びの服従を誓わされていることもあり、表立った動きを見せることは暫く不可能であろう。


 この様子では後数年先に迫った教皇叙任選挙は何のこともなく再びカルサルド国王が勝つ事となる。場合によっては国王が擁立する傀儡を据える事となるかもしれないが……そうした意味では、元々国教会、特に教皇派と繋がりの深いルーネリア・サンデルスを大司祭に据えるのがバランスを考えれば悪くないのかもしれないが、彼女の力を知れば身代わり程度に使用するのは憚られるという物であろう。


 ルーネリアの持つ他人の嘘を見抜くという能力、それだけでなく魂を覗く事で他人の記憶を読み解く事が出来る能力は極めて有用性が高い。この情報はノエラ・ラクタリスが我々ベルディナンド家に彼女の保護を求めた際に得られた貴重な情報であった。カルサルド王に感付かれれば処刑も有り得るルーネリアであったが、シャルマ・フォン・ガイゼルダナン公爵の手練手管により、その身は聖堂国教会の聖女として祭られるに至り、そう簡単に手出しをすることは出来ない。


 国王の持つ武力は決して十全とは言えない。その中で権力を悪戯に振りかざすのは悪手であり、可能であれば対抗する手段の手筈が付いてから魔法技術研究所と近衛騎士団を接収するのが望ましい。

 彼らが現状更に暴発すれば、それは一つ力を削ぐ為の引き金になるのだが、そう簡単ではないのは分かり切った事であった。


「シルヴィア・ベルディナンド、ただいま到着致しました」


 カルサルド王の到着よりも前に、会議に参加する者達は王城の控えの間に集められる事となっていた。私が到着した時には既に宰相のジファルデンは勿論であるが、アストラルド、ザラツストラ共に大仰な装飾が施されたクッション性の高い椅子に腰を掛け、会議が始まる時間を待ち続けていた。


 アストラルドはどうやら『セントワード』を用いて外部と交信をしながら研究所に様々な指示を出していたようであったが、私を見るとその交信を止めた。私に対する警戒心、それは恐らくラクロア・ベルディナンドと私の繋がりが明るみに出たが故である事は間違いなかった。


「シルヴィア殿、お久しぶりですね。クロウはよくやっていますか?」


 三者が顔を突き合わせる中、唐突にザラツストラが私の剣術指南役を務めるクロウについて尋ねてきた。


 クロウは先般、召喚魔法術式をラクロアが襲撃した際にその場で剣聖達と共にラクロアを迎撃した者の一人であった。それ故に私を市中で見かけた折にラクロアと瓜二つの顔立ちから、躊躇いもなく即座に切り掛かって来た事は記憶に新しい。


 その報告を受けたザラツストラはベルディナンド家に非礼を詫びると共にクロウを私の護衛兼指南役として寄越す事とした。近衛騎士団としては私への監視も意味も含め内情を探る様にクロウに指示を飛ばしていると見ているが、そうした経緯を含め「よくやっているか?」という質問は些か棘のあるような言い様に思えた。


「ええ、流石は近衛騎士まで上り詰められただけはありますよ。剣技については、日々勉強させて頂いております」


「それは何より。貸し出しておきながら無能では意味がありませんからなぁ。引き続き宜しく頼みますよ」


 ザラツストラとの言葉を聞き流しながら私は、適当に相槌を打つと、ジファルデンがその様子を眺めて表情を隠れながらに僅かに崩していた。


 我が子が近衛騎士団長と駆け引きを交わしている様が面白いのかは分からないが、それは親としてではなくただの観客として見る、ちょっとした物見扱いでしか無かった。


 本来であればこの役割を持つのがジファルデンの筈なのだが、彼は私が出来ると考える役割は全て任せる腹積りのようであった。放任主義や行き当たりばったりとは違う明確な差配でありそれはそれで私の苛立ちを増すやり口であった。


「皆さま、カルサルド国王のご準備が整いましたので、玉座の間までご移動くださいませ」


 私達を呼んだのは、第二姫君のシャルロッテ・キニアス・フォン・ブーゲンビッヒ・シュタインズグラードであった。今年十四歳となるその容姿は美しく蝶よ花よと愛されるだけの事はあった。透き通る肌と、ぷっくりと膨らむ桃色の唇、長い睫毛に大きな翡翠色の瞳。見る者の目を惹きつける白百合を模した花飾りを髪に付ける姿は、正しく彼女の品の良さを表すかのようであり一際目立って見えた。


「シャルロッテ様にご案内を頂けるとは、光栄の至りですね」


 アストラルドがそういうと、ぴくり、とシャルロッテの表情が歪んだのを私は見逃さなかった。彼女の表情は控えめであったが、その目は雄弁にアストラルドに対して嫌悪感を抱いているようであった。それもそのはず、魔法技術研究所、近衛騎士団の権勢は王の権威を凌駕する力を持っているのは明白であり、彼女にとっては、いつその喉に彼等の放った刃が食い込むのか、気が気ではないのだろう。それを知るが故に、アストラルドに対して嫌悪感という名の敵意を孕んでいるのも分からない話ではない。


「本日は私も会議に同席させていただきますのであしからず」


 これまで私の目線から見た上で、率直な感想を言えば王家は詰んでいた。内政に如何に励んだとしても内部を掌握するだけの力に欠けている。そして外部に力を求めようとしても魔族との交流は三十年前に前王が交渉の席を蹴った事で無くなってしまっていたのがつい最近までの状況であった。感情的な結論によって過去より連綿と紡がれていた王家と魔王の交流という希望が途切れた事は痛切の極みと言って過言では無かった。


 しかし、今ではラクロアという希望が今は存在した。魔族と人族が共生するというメライケ大森林。今ではそこが我々スペリオーラ大陸側に完全に開かれ始め人魔大戦時に失ったクライムモア魔石鉱山が今では拓かれるに至った。資源問題もこれで解決へと向かう方向性が見えている。今は何としてでも魔族との講和が最優先であると言えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ