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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第六章 そして人は如何にして宥和政策を理解したのか
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残された者達の世界は如何にして回るのか


 生まれた時から自分が窮地に立たされている事には気が付いていた。それに耐えられたのは端的に自分が本来この身に宿すべきではない記憶を保持していたからに他ならない。二十年以上の生活の記憶を持ち、それなりの処世術を身に付けた一人の人間にとって、自分の価値を見せつけ、居場所を確保する事は決して難しい事では無かった。

 

 シルヴィア・ベルディナンドという人間として生れた事は、この世界に欠乏した魂を補充する為に、魂の回廊を通して異なる世界からその補填が何の因果か行われたことが要因であるようだったが、生まれてこの方、そのようなことは頭の片隅に置くしかなかった。


 今となって考えると、妻を失った衝動から生まれたばかりの赤ん坊を縊り殺そうとしたジファルデン・ベルディナンドという人物を如何にして黙らせるか。そんな事ばかりに腐心していたようにも思う。


 この魔族が世界の殆どを治める最中、大陸の果てに住まう人の世界は、以前、俺がいた世界と比べて文化的なレベルで言えばそれほど高いとは言えなかったが、極めて安定した構造によって成り立ち、王政は都度変われども、人々の生活は極めて幸福値が高い水準で維持されていた。


 その奇妙さに気付いたのは、自身が持つ領地の経営に携わる様になってからではあったが、魔法技術の習得を薦めれば進める程、その技術が齎す恩恵の度合が理解出来始めた。魔力というエネルギーが齎す、技術的革新の度合は目覚ましく、科学的なアプローチとは違う効率をこの世に生み出す様は痛快であると同時に一つの疑問を私に植え付ける事となった。


 それは『何故、この世界はこの程度の文明に納まっているのか』という疑問に他ならなかった。農耕、生活インフラ、物流、様々な面で魔法技術の利点は明らかであったが、その実、実際に活用され、普及される技術は決して多くない。無理のない一定のレベルで魔法技術の運用がなされ、まるで人々の生活が劇的に変化する事を何者かが抑制しているかのようであった。


 そしてその疑問は魔法技術研究所という存在を以て立証される事となった。騎士団と同じくして、王権を裏で支配する程の権勢も持つ団体が魔法技術を牛耳り、人々の生活レベルを管理しているという事に理解が及ぶまで、さほど時間はかからなかった。


 そしてその理由が、なんともつまらない帰結へと至ることになる。


 この世界には人が身体に宿すオドの他に、『場』に満ちるエーテルと呼ばれるエネルギーの総体が存在し、それを活用する事で魔力抗力を発生させる事が出来る。しかし、エーテルは触媒となる魔力が存在しなければ活用する事が出来ず、天然の魔力リソースとなる物は人間か、若しくは鉱物として採取される魔石のどちらかであった。


 そう、単純に人族の世界には、この魔力リソースが欠乏していた。今の水準の生活を維持するにしても、多大な魔力資源を消費しており、限られた土地で、限られた魔石を使用する生活が長く続くとは到底考えられない状況が続いていた。


「それ故に魔力炉は恰好の魔力リソースと成り得たという事か」


『だろうな、大型の魔石の代わりとなる魔力炉の存在は王都における技術的な革新を速めたと言っていいんだろうよ』


「資源の欠乏は単純に戦争の引き金になる物種ともいえるのは皮肉だな」


『幸福の追求ってのは、人間の特権だからな。魔族には無い動機付けだろうよ』


 生物としての最低限の生命維持の為では無く、幸福度合いの維持、または拡大の為に他者の所有物を奪う。確かにそれは人間に見られる特性と言えるかもしれない。


「実に、人間らしいと言える。だが、その事実が人間という種族の首を絞め付けているているのも事実だな」


 そう、人間の生活レベルを落とす事はそう簡単ではない。人間は現状の維持またはその先へと向かおうとする生き物であればこそ、実際に自分がどうしようもない状況に陥って初めて現実を受け入れる事となる。


 そして、魔族の存在によって、人間がこれ以上広がりを見せる事が出来ない事を知る人間は多くは無い。揺り篭の中で育てられる合間は外を知る事なく、自分の生活の根幹がちょっとした出来事で足元から崩れ落ちる事を知らない。何も知らぬまま死んでいくという事もまた幸せと言えるのだろう。


『だが、それも今回の始祖の獣の顕現によって、全てが変わったな』


「ああ。王都の被害が甚大過ぎる。表面的な被害としての数十万人の死者と言うのは現時点における被害でしかない。問題は王都のインフラ全般の魔力供給機能を担っていた魔力炉の破壊が今後巻き起こす副次的な被害だな」


『王都二百万の人口維持は不可能か。シュラウフェンバルト領において試験的に農耕と牧畜をこれまでの魔力機構の組み合わせから人手を募った上で労働者を集め始めたのはその布石か?』


「布石も糞も無い。今は緊急対応でしかないが、そのうちこちらが基準となるさ。問題は人手を確保した上で、それを如何にして持続可能な状態まで引き上げるかだよ。その為には単純な労働者だけでなく、それを管理する者が必要となる。実際のところ、その点が悩ましい。魔力機構を用いた安定した農耕と牧畜が数百年に渡って染み付いてきたのがこれまでのスペリオーラ大陸だ。それが持続不可能になるなど、誰も考えちゃいなかっただろうさ」


『とすれば、魔法技術研究所の連中は再び魔力炉を作り出そうとするだろうな』


「だろうな。だが、恐らくそれは無理だろう」


『何故だ? 無理やりに作るという事も一つだろう。これまで奴らはそうしてきたんだ、出来ない事は無いだろう』


「これまで、人造の獣を創造する工程はノエラ・ラクタリスの主導で行われ、その徒弟によって研究が継続されていた。その失敗作を流用していたのが魔法技術研究所だったという事だろう? それであれば、ラクロアという人造の獣が完成した今、ノエラ・ラクタリスが聖戦を以て魔法技術研究所を抑えつけた今、新たに人造の獣の製造を許すことはあるまい。寧ろ、この段階ではシャルマ公爵と俺達主導での資源確保が優先される。仮にも騎士団と魔法技術研究所はこのスペリオーラ大陸の管理者であるのであれば、先ずはバランスを取り戻すことに腐心するさ」


 だが、懸念があるのも事実ではあった。ロシュタルトを越え、大森林のその奥に位置するトリポリ村の存在は我々に衝撃を与えたのは間違いではない。魔族と人族が共存する村があるなどと、誰が想像したであろうか。魔族を己の手で超えることを掲げた者達にとって相反する思想を持つ者達の存在を、彼等が許すことが出来るだろうか?


『人の力で魔族を超える者達か……果たして蟲毒の中で奴らが何を為すか。その研鑽を試さずにはいられないか』


「人間というのはままならぬものさ、目の前に機会があるんだ、その機会を見逃す奴らではあるまい」


『それをお前が言うのかよ、シルヴィア』


「ははは、皮肉が効いているだろう? 俺であってもそのぐらいは分かるという事さ……とはいえ杞憂の前に仕事をするだけだな」


 そう、騎士団と魔法技術研究所が何を考えたとしても、今はシャルマ公爵と共にトリポリ村との継続的な交流が重要であった。資源の確保を確立することで、国王派としても今後のシュタインズグラード王国における権力の趨勢が変わるのは間違いなく国王派が騎士団と魔法技術研究所を下に置き、戦い以外の手段を掴み取る為に手を尽くさなければならない。


『くっくっく、ラクロアという存在とは別に残された者達は今を生きる必要があるということか」


「その通りだよカーリタース。前途は多難という訳さ、それに愚痴を言うようだが、ラクロアが姿を消したおかげで交渉も難航しているからな、全く困った奴さ」


 溜息を吐きつつ、私はどこかで油を売っているラクロアの帰還を待ちわびていた。


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