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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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魔族にて父なる者

「起きたか」


 響く低音、ざらついた声、それは私が産まれてからの記憶において()()()()()()()一つであった。


「……」


 声に反応しながら、目を開くとそこは知らない天上であった。天井に明かりは無かったが、何故か部屋は青白く光を放っていた。それは、部屋の各所に編み込まれた魔石の光である事に私は直感で気づいていた。


 身体を起こすと、そこは個室と言って差し支えない程に整えられた部屋であった。


 家具、調度品、人族が使う物が確りと揃えられており、部屋まで水道管を引いているらしく、魔獣の顔を模した水場が用意されている簡素でありながら気品を感じさせる部屋構えであった。


 部屋に窓はあるが、そこは遮光カーテンによって暗幕が張られ外を見る事は叶わない。一見すると、人族の家であるようにも思えるが、空気とでも言えばいいか、この場に人族が存在しない事は明白であった。


 そして、何よりも今目の前で私に背を向けながらに執務を行う四つ手の魔族の存在が、この場の支配者である事をその発する魔力から告げていた。


「暫し待つが良い。政務も直ぐに片が付く……」


 四つ手の魔族はその動きから何か書き物をしているようであった。執務用の机には大量の紙束が載せられ、幾つかの書簡を手元に開きながら、書き終えた手紙を四角い封筒に仕舞い、熱された蜜蝋を垂らして封蝋を終えた。


「古風ですね。魔法を使えば、連絡は容易いでしょうけれど」


「これも一つの訓練だよ。必ずしも魔法的な素養に優れた者達ばかりがこの世の中にいる訳ではない。調和とは一方的な押し付けではなく、基盤作りも求められる。無限に近い時を生きるが故に、そうした物事に対して億劫になる事は無い」


 その巨躯と低い声からは想像が出来ぬ程に理知的な答えを受けて私は記憶の糸を手繰り寄せ、その人物に対して確信を得た。


「貴方が元老院の一席、レイドアーク」


「ふふ、久しいなラクロアよ。父上とは幾度か邂逅を持っていたようだがこうして会うのは初めてだな」


「ええ。赤子の頃に僅かばかりお会いして以来ですからね……。貴方が私の介護を?」


「実際にはトマムが世話をしていたのさ。だが、ここで匿うべき場所と決めたのは私だ。父上がお前を連れ帰った時は驚いたが、あれだけの魂との邂逅であれば時間もかかるという物。その間に他の者に騒ぎ立てられるのも面白くないからな」


「私は、どれだけの時間眠っていたのですか?」


「お前が人族の王都シュタインズグラードから運ばれ、既に三年の月日が経とうとしている」


「三年、ですか……」


 私は驚きと共に自分の身体を見やる。身体の機能は眠りに就く前と何ら変わりなく、寧ろ肉体的には三年の間に著しく成長を遂げていた。髪の長さ等は以前と変わらない当たり、トマムが定期的に手入れをしてくれていたのだろう。


「さて、トリポリ村から離れ、人族の世界をその身で見聞きし、お前の目にはどう映った? 私にそれを教えてくれまいか?」


 レイドアークはその獣の瞳を好奇心に満たしながら私へと質問を投げかける。


「……人族は詰んでいました。スペリオール大陸と言う小さな鳥籠から外に出る事が出来ないでいる。それを知る者達は、人間の行く末が袋小路に追いやられている事を知り、今でも尚、魔族を打ち倒す事に執念を燃やしています。その結果生まれたのが私であり、ひいては始祖の獣と呼ばれた凶悪な力への希求へと繋がっている」


「トリポリ村での生活をお前はどう思う? 魔族と人族の共生は有り得ると思うか?」


「……人は、根本的に弱い。それ故に巨大な力を持つ者を恐れている。それは人魔大戦に始まり、対話も碌にせぬまま、魔族の強さを知ってしまった事が遠因となっています。しかし、私は魔族と笑い合う子供達の姿を見た。それは、恐らく対話の架け橋となる切掛けが既に芽生えている事を意味していると信じています」


「そう、たった七十年という時間で魔族と人族は共に歩む事が出来るのだと、私も感じ始めている。しかしそれは優れた個や、限定的な環境に置かれた者達だからこそ為せるものなのではないか? 王都に住まう者達はどうだ? 力を積み上げる者達ともまた、共生は可能であるとお前は言えるのか?」


「……分かりません。今のまま共生を目指すとすれば、トリポリ村で過ごす時間よりも、より多くの時間が必要となるのは間違いないでしょう。そして恐らくそれは対等ではない。人族が魔族に対して感じる負の感情が払拭されぬままに行われる占領統治、そして教育によって為される修正に他ならない」


「だが、魔族はそれを行わない。それは元老院の意志であり、魔王の意志でもある。攻め滅ぼすもまた容易いが、我々は人の進化に期待をしていたからだ。そしてお前のような半人半魔の存在が世に放たれた。お前と言う個を皮切りにすれば、人族と魔族の共生は成立するのではないか?」


「……それは、今、スペリオーラ大陸に住まう人々を見捨てて、という事でしょうか?」


「左様。その間、お前がトリポリ村に住まう者達の指導者となり子を成し、人族を育て上げればいい。それで種の存続は成立するではないか。お前は魔翼を持ちし者として魔族に名を連ねれば良い。他の残された人族達も凡そ三千年もすればその身にマナを宿し、変革を迎える時期がやがて来るはずだ。それこそ魔王の思い描くままに、生物としての進化と共に魔に連なる者となるまで時間を有したとして、我々の宥和政策は完結する」


 確かに、魔族の時間軸で考えた時に彼等の言い分は正しい。そしてそれは支配と言う形では無く、共生と言う意味合いでも理に適っていると言えた。しかし、それはトリポリ村以外の者達については切り捨てる選択肢と同義であった。


「三千年の停滞を人は耐えきる事が出来ないでしょう。既に、スペリオーラ大陸における魔力資源は限界を迎えつつあった。今回、私が人造の獣を解放したことでその動きは加速することとなります。それは人の種族としての進化を妨げる事に外ならない。一時的には抑え込めたとしても、彼等は再び魔大陸を目指す事となる」


「それであれば、道は一つ。盟約通り、人族の英知を以て、壁を超えるしかない」


「壁、ですか?」


「そう、人類に立ち塞がる壁だ。徹頭徹尾、生き方を曲げず、常に先を目指し続けるその姿は、それこそ今の人族と重なるであろう。生き方を以てその在り方を、己を示す、彼の者を超えるしかない」


 私はそこで漸く一つの疑問に辿り付く事となった。何故、私が人族の世界に出されたのか、魔翼を持つ者でありながら、敵対勢力が存在する渦中へと赴かせたその意味の一つが今の問答に隠されていた。


「私を、外の世界に出させることを認めたのは貴方ですか?」


「如何にも。私はお前に対して選択を与えたのだ。魔王が持つ魂の欠片を宿しながら、人族の行く末を担う者として、如何なる選択肢を取るもお前の自由。選択とはそれが見えていなければならない。それ故に私はお前をスペリオーラ大陸に送り出す事に同意した」


「選択の自由、ですか」


 それは酷い詭弁であると私は感じていた。レイドアークもまた、魂の記憶を覗くことが出来る者であれば――その感傷を知る者であれば、私に選択肢等存在していなかった。


「ふふ、そう睨むな。私とて魔翼を持つ身。そう、それ故に人族との共生を認め、お前達の行く末を見守って来たのだ。そしてそれは奴も同じ。お前ならわかるだろう。人族と同じ、更なる高みを、先を求める姿が眩しく、美しく映るのだ」


「……倒せと言うのですが、彼を」


「然り。それこそが魔王の定めた盟約であればこそ。人族は奴を超えなければならい。魔族の身でありながら、その一槍を以て魔王へと立ち向かった孤高の魔族――」


「……シドナイ」


 魔族と人族、その境界線を守護する領域守護者にして、至高を目指す者。それは、私の師でありながら、四百年前に人魔大戦を終結させた張本人に他ならなかった。


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