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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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聖戦と呼ばれる戦い その9『始祖の獣』

 ()()、の存在を感じた時に私の中に既に激情は霧散していた。私は強烈な危機感と共に一瞬にして超大規模の魔力障壁を発動し自分を中心に半径数キロに渡って全力での防御を試みた。


 次の瞬間に魔力障壁を襲ったのは、存在を押し潰さんばかりの真黒い極光であった。光は不可避の速度で降り注ぎ、私の魔法障壁によって弾かれた光は幾つもの束に分散され魔法障壁によって守り切れない王都の外縁部を丁寧に薙ぎ払い、一瞬にして崩壊せしめた。


 物質と名の付くあらゆる物がその一薙ぎの余波に巻き込まれ、一瞬にして溶解し消失して行く様が魔力感知を通して認識できる。光に呑み込まれた生物も同様に瞬く間に蒸発し、その魂は一瞬にしてエーテルへと還元されて行く……。一体、今の一撃で王都に住まう何万の人間が死に絶えたのか……理解したくない現実が魔翼を通じて私の身体を貫いていた。


 世界は間延びしたかのように時を動かす事を止め、その場で動く事が出来る者は私以外に何者も存在していなかった。


 正しく、その存在が現れると共に、生きとし生ける者は行動の自由を、生殺与奪を、この超越的な生物に握られていた。


 これが、人の求めた力の先にあるものだとするのであれば、それはまさしく世界を滅ぼす力に他ならない。


「始祖の獣、か……」


 私は上空を見上げると、容赦なく浴びせられる途方も無い存在の圧力を全身に受け、抑えようの無い恐怖が全身を駆け巡るのを感じていた。肌が粟立ち、恐怖に足がすくむ、死を形容したかのような存在に確かに私は覚えがあった。


 頭上遥か高く、獣は目覚めを咆哮する。それはかつて見た抗いようの無い生物の姿を確かに私の視界に映し出していた。


『我を呼び覚ます恐れを知らぬ子等よ……終焉を望む者どもと共に輪廻の彼方にて無の極致へ至るが良い』


 その存在は、掌に真黒い球体上の魔力を産み出し、見る者全てに掛け値なしの絶望を植え付ける、破壊の煌めきを見せつけていた。


 先ほど私が辛うじて防いだ一撃はこの者にとっては攻撃ではなく、只の産声による余波でしかなかったことに気が付き、改めて私は心底震えが止まらなかった。


 そんな私の怯えなど意に介すこともなく、死を司る極黒の存在は今まさに、眼下に広がる生命を根絶やしにすべく力を振るおうとしていた。


「……これは、駄目だな」


 私は上空に佇む存在がこれから放つであろう一撃を完全に耐えきる術がない事を私は悟ってしまっていた。エーテルを如何に吸い込みマナを精製したとしても圧倒的な破壊に抗うだけの魔力出力が私には足りない。例え私一人の身を守り切れたとしても、王都は完全にこの世から姿を消す事となる。


 恐らく、それだけにとどまらず、この生物は人族を殺し尽くすまでその行為を止める事は無い。何れは魔大陸さえも滅ぼしに掛かったとしても不思議ではない……それほどまでに生物としての次元の違いを明確に感じさせる、人間を遥か超越した存在であった。


 圧縮された真黒き魔力は始祖の獣の掌で臨界点を迎えるとおもむろにその手を離れ、緩やかな速度で、けれど確かな破壊の予兆を伴いながら、空を割き、時空を歪め、闇を齎すと共に終焉を告げるかのように王都へと放たれた。


 私が行える全てをこの場で出し尽くしても尚、届かぬとして、それでも抗わない訳にはいかなかった。


 放射状に展開された魔翼を用い、全身全霊を以てマナを精製し、あらん限りの出力を以て魔法術式を構築し、私は極黒の光を見据えていた。


 その時、止まった世界の中で何者かが動き出したのを私は感じていた。

 

 それは、この生物に対して唯一対抗し得る力を持った、対を為す者の仕業であり、それが意味するところを知る者は、この場においては私しかいない。


 あの時の記憶が走馬灯のようにして一瞬にして蘇り、私は思わず笑みを溢した。


『始祖の獣を目覚めさせるとは……人族という存在は、やはり世の理を捻じ曲げる為に存在しているのかもしれんのう、実に『善い』生き方とも言える』


 背後から聞こえる声音は、上空で待機する死を司る存在とは全く異なる生物であった。


 その存在が傍を通るだけで、身体を強張らせていた緊張と、底冷えするかのような死の恐怖がやわらぐのを感じている。そして、その庇護下に置かれた己の存在がどれほど矮小化をまざまざと見せつけられるような、生物としての格が違う存在であることを理解せざるを得なかった。


 その絶対的な生物から放たれる王都全体を包み込むかのような力は産湯かのように温かく、自らの存立を彼によって許されるかのような奇妙な感覚を湧き上がらせると共に、彼自体が生物の尊厳であり、頂点そのものであるかのような超越的な器量を持つ者であることを確信させるものがあった。


 そして、それは以前私が出会った分身等ではなく、正真正銘のこの世界における神に等しき魔を統べる存在であった。


「魔王バザルジード」


 私は震える声で、彼の名を呼んだ。振り返るとそこには獰猛な獅子を模した相貌と、筋骨隆々な長身の身体に紫焔の衣を纏い、その手には数百に及ぶ魔法術式を組み込んだこれまで見たどの技術体系でも不可能な魔法触媒としての人間の身の丈はあろうかと言う大振りの杖を携えていた。

  

『久しいなラクロアよ……。お主の旅路は愉快であった。不思議なものだ。あの湖での邂逅が作用した結果、幸か不幸か、お主は人族の王都までたどり着き、こうして始祖の獣、そう、彼の冥王と相まみえるとはな……こればかりは我も思わなんだ。お主は如何に彼の者を見る? お主であれば如何にして彼の者と渡り合う?』


「あれは……あれは私一人の手に負えるものではありません……。人族の妄執の果てに召喚してしまった、どうしようもない、滅びの形に見えます」


 魔族の王はこの状況を如何に見るのか。人は魔族を嫌い、憎み、その果てにこの獣をこの世に呼び寄せた。そうであるならば、魔族の王は人間を見捨てざるを得ないと、私は予想していた。


 バザルジードは片膝をつくと、そっと私の頭をその武骨な手で撫で、諭すように言った。


『それで良い、一人で為せぬのであれば、誰かの手を借りることもまた、時として重要となることを学ぶが良い。我は魔王として人族との共存を願っている。滅ぼすは容易い。であればこそ困難な道を選ぶことこそが王としての役目である。努々忘れるな。魔族と人族に橋を渡すのは私の役目ではない。それは今を生きるお前達の役目なのだ。私の役目は、ただ障害となる者どもを取り除くのみ。故に求めよ。一人で為せぬのであれば、人魔を超えた友の力を。我はその呼びかけに寄り添うのみ』


 バザルジードは立ち上がると共に、流麗な動作で頭上の獣へ向けて大きく杖を払った。ただ、それだけの動作であったが獣がその掌に搔き集め圧縮し、放った魔力の黒球が一瞬にして霧散し、それと共に周囲の時が止まった世界が何事も無かったかのように動き出した。

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