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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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聖戦と呼ばれる戦い その7『ノエラ・ラクタリスの策略』

 彼女の素体となった少女はしがない身分の生まれだった。


 魔法の才能こそはあったが、血筋に恵まれず、尚且つ女で生まれたこともあり、当時であればその才能は発揮されることなく子を産み、次の世代を育てるだけの慎ましい人生を歩むことになったはずであった。


 しかし、この少女は己の才覚を世の為に役立てたいと思っていた。そんな矢先に、時代は魔族という敵の存在によって大きく動乱の時を迎え、身分に隔てなく才覚を求める時代へと突入していった。


 魔族との戦いが続く中、七英雄が創り出した魂の回廊への接続方法、そこから生み出された己の魂を回廊から他者へと投射する魔法術式によって、ノエラ・ラクタリスは七英雄全ての記憶を引き継いだ人間の一人となった。ノエラの誕生以降、人々は密かに魂の回廊を越え、現世に戻って来た者を天族と呼称するようになった。魂の回廊を越えた者は須らく強いオドをその身に宿し、後の世の管理者となった。


 様々な種類の人間が存在する。様々な行為に手を染めた。倫理や道徳という観点は、成長の為の犠牲として全て見ない振りをされていた。それは時代が起こした悲劇であると、考えるのか、力を求めなければならない状況に自らを追い込んだ人族の業であったのか、それを評価する歴史家は今のところ未だ存在しない。評価できる者がいるとすれば、それはこれまでの歴史の目撃者となったラクタリスの名を持つ者だけである筈であった。


 七英雄が遺した七名の遺志を継ぐ者『七大聖天』それは七英雄の血族とは別に人でありながら人を管理する者として残された道具の総称であった。


 国立魔法技術研究所、それは人の世を管理し、人族の成長を促す為にノエラ・ラクタリスが作り出した機関であった。しかしそれをノエラ・ラクタリスは捨てた。


 それは一体何故か――


「エルアゴールは魔翼を持つ者に敗れ、残すはカーリタースと私のみとなった。私以外の天族が発端となった四度の聖戦を経て、『七大聖天』はその都度、数を減らしてきた。今ではこの世界の管理は我々から既に近衛騎士団と魔法技術研究所へと移された。私が研究所を捨てたのは、私が管理することに意味などなかったからだ。私は聖戦が起こるたびに貴様らに私は一つの意見を伝えている。どうして貴様らは満足をしない?」


「ノエラ……ラクタリス……貴様に我々は勝てぬのか、どれほど積み上げたとしても……」


 アストラルド・ローデウスは、ノエラが放った精神干渉系魔法術式によって既にその意識だけを残し、身体の自由の殆どを奪われ、拘束されていた。


 ノエラ・ラクタリスはラクロア・ベルディナンドを見送った後に魔法技術研究所へと降り立った。半分は単純に騎士団と魔法技術研究所を分断する為の工作であったが、もう半分は先ほどの言葉をアストラルド・ローデウスへと伝える為だけの行動であった。


 魔術師の制圧は想定よりも早く完了し、騎士団員への増援は存在しない。既に中央内政区に集結している騎士団員についてはラクロア・ベルディナンドが制圧を行い、それもまた召喚魔法術式の発動までも持てば構わない。ノエラ・ラクタリスの考えは既にその先に起こる事象に焦点が当てられている。


「積み上げる必要など、私達には無かったのだよ。私が作り上げた歴史は間違っていた。魔王バザルジードは既に我々に道を示していたのだ。アストラルドよ、私はお主に『魔導士』の名を継いだ時にそれを伝えたはずだ、天族に従う必要は無いと」


「ふざけるな!! それだけで納得が出来ると思うのか!? 私達は貴様を超えなければ満足をしない!!」


 アストラルド・ローデウスはノエラ・ラクタリスを憎しみの籠った瞳で睨みつけていた。


 身体に満ちる人を超えた魔力によってその姿を変貌させたノエラ・ラクタリスの相貌に浮かぶのは虚無の洞、そこには深淵が満ちており、どのような表情を浮べているかを察することは出来ない。


「直にカーリタースが召喚魔法術式を用いて『門』を開き魂の回廊へと接続を開始する……貴様らは本当に奴が呼び寄せる者が天族に連なる者であると思っているのか? 私は七英雄の魂を持ち、進化を続けた魔導士であり、人族の管理者であればこそ、この人の世の行く末を私は見定めている。お前達の力によって魔翼を持つ者は誕生した。それであれば、人族の存続は成り立つ。この先は奴こそが管理者として判断すべきさね」


「貴様、一体何を言っている……」


「私はこの聖戦に魔翼を持つ人造の獣が参加している現状を作り出した。タルガマリア城に魔力炉を置き去りにしたのはアストラルド、貴様の失態だったと言えよう。あれを解放することでラクロアは私の策略に気づく事なく従順な駒と化した。召喚魔法術式に他者干渉の余地を残したこともまた、私にとっては好都合でしかない。この研究所内に存在する魔力炉を用いて、召喚魔法術式そのものにこの私が干渉することが可能となったからだ」


 アストラルドは驚愕の表情を浮べながらノエラ・ラクタリスの言葉を聞いていた。


「アストラルドよ、魂は連環している。魂を持つ者が死ねば、魂の回廊へと至り、そしてまた再び無垢となって新たな生命へと宿る。これが正しい生物の在り方と言うものだ。だが、それを私達は否定してきた、魔力炉は人間の魂を捉え、一度捉えた魂は今回のように召喚魔法術式に接続されていなければ、魂の回廊へと転送することが出来ない。既に取り込んだ魂については、魔力炉そのものが破壊されない限り、解放されることもない……そんな状況を、冥府の者共がいつまでも許容する筈がない」


「始祖の獣……」


「そう、別名を冥王と呼称される魂の回廊の管理者は常に我々の動向を探っていた……。しかし、我々に手を出すことは出来ずにいたのは、単純に魂の集積地がスペリオーラ大陸の内陸には存在せず、自然発生的に存在する魂の回廊との接地点がなければ、始祖の獣は容易にその姿を現すことが出来ない。しかし、今は違う。タルガマリアの比では無い量の魔力が注ぎ込まれ『門』を開いた以上、この好機を見逃す彼の者ではない」


 ノエラ・ラクタリスはおもむろに、己の身体の内側から漆黒に塗られた己の背丈ほどもある杖をゆっくりと引き抜き、研究所の床へと突き立てた。そしておもむろに魔力を注ぎ込始めると、杖に刻まれた魔法術式が抗力を発揮せんと、俄かに常闇の輝きを発し始めた。


「後は、魔翼を持つ者の選択に任せるとしよう。いつかは通る必要がある惨劇であれば、全てを飲み干すことこそが、半人半魔の超越者が持つ、役割と言うものさね」


 その時、ノエラ・ラクタリスが表情の視えない顔で、確かに笑っていた姿から、アストラルドは目を離せずにいた。


「さあ、古い人間が滅びるか、それとも生かされるのか、世界の声を聞こうではないか」


 ノエラ・ラクタリスは終わりの始まりを高らかに宣言した。

 

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