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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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聖戦と呼ばれる戦い その5『半人半魔と近衛騎士団 -Ⅰ』


 近衛騎士団長であるザラツストラ・バルトハルトは中央内政地区にある魔法研究所の敷地で瞑想しながら、ひたすらに召喚魔法術式の完成を待ち続けていた。


 ふと、自身の魔力感知によって自らが守護する召喚魔法術式目掛けて迫る強大な魔力を感知すると術式の発動を制御する天族の一人サンスーシールの姿を横目で見た。


 全身を黒い外套に身を隠し、そこから僅かに見える指先は分厚い皮膚に覆われ、頭巾の下には虚無を示す伽藍洞の顔がそこに在るばかりであった。発せられる強力な魔力は彼の力が如何に強大であるかを示しており、その証拠に魔法術式とザラツストラを守る様にして張り巡らされた魔法障壁もまた、彼の手による物であった。


「ブランドン、マルクス、お前達は近衛騎士と共にここに迫る存在を封じ込めろ。召喚魔法術式が完成するまで私はここで守護をせねばならんのでな」


 ブランドンと呼ばれた長身の騎士は、近衛騎士団の中で七剣聖に数えられる実力者である。眉目秀麗な容姿と他を寄せ付けない剣技の精密さから『絶剣』と呼ばれ讃えられるほどの域に到達した剣技においては当代最強の騎士であった。


 マルクスは幼げな顔立ちでありながらもブランドンと同様に七剣聖に数えられる騎士の一人であった。未だ若く経験でブランドンに及ばないとされていたが、その実力値は確かであり、魔力操作による身体強化と魔剣の真名解放を用いればブランドンと実力を拮抗させる力の持ち主であった。


 過去にはこの二人で王都に迫る十数体のエルダードラゴンの群れを一晩の内に切り伏せ、老龍殺し(エルダースレイヤー)の名誉を受けたことも王都内では記憶に新しかった。


「しかし、我々が守護する陣地に自ら飛び込む輩とは、ノエラ・ラクタリスと並ぶほどの実力者か、それとも唯の馬鹿者か……」


「ブランドンさん、我々はただ目の前の敵を斬るのみですよ」


「ふふっ、お前は実に分かり易くて羨ましいよ」


 そんな軽口を叩く二人であったが、ザラツストラの言葉通りに眼前の空間を歪めて移動してきた存在を感知すると互いに魔剣を構え、近衛騎士達をその場に待機させた。


 空間を破るようにして現れたのは、彼らの意に反して見た目幼い齢十歳程度の少年であった。銀髪に碧眼、漆黒のローブに身を纏い、身体の周囲には不釣り合いなまでに膨大な魔力を内在させた魔力結晶体が、放射状に少年を取り囲むようにして展開されていた。


 そして少年から発せられる怒気と、空気をひり付かせる殺気が一瞬にして場の空気を重苦しい物へと変化させていた。


「貴様、何者か」


 ブランドンが問うが、少年はそれには応えずに瞬時に魔法を発動させた。無詠唱で発動された閃光爆発魔法術式(フェルドバースト)は一瞬にしてブランドンとマルクスの後方で待機するザラスツトラの眼前に届いたが、その合間に張り巡らされた魔法障壁に阻まれて爆発はザラツストラ及び召喚魔法術式を害する事は無かった。


「人造の獣、と言えばお前達ならわかるだろう……」


 ざわり、と近衛騎士達に緊張が走る。少年は自らを人造の獣と名乗った。それは、近衛騎士達にとって人間が積み上げた力を以て乗り越えると決めた、敵そのものであった。


『ほっほっほ。現れたか、人造の獣よ。貴様に儂が操るこの召喚魔法術式がいかなるものが分かるか? いや、貴様のような矮小な生き物にはわかるまい。貴様の同胞から吸い上げた魔力によって儂の大魔法は完成する。魔族を滅ぼす為の力がここには存在するのだ。誰にも邪魔はさせぬ』


 少年が放った撃滅の閃光を物ともせず、涼しい顔をしながら念話で少年へと語りかけてきたのは、ザラツストラの後ろで召喚魔法術式の制御を行う天族の一人、サンスーシールであった。


()()()()()()()()()()()()……今はただ、彼等の叫び声を止めてやるのが先決だろう――であれば、貴様らは邪魔でしかない」


 ぽつりと少年が呟くように、言葉を放つと。彼を中心にして顕在化していた魔力が嵐のように荒れ狂い、その奔流だけで人が一瞬にして消し飛びそうなほどの物理的な抗力を放ち、国立魔法技術研究所を囲う、敷地の外壁を一瞬で削り取っていた。


 近衛騎士はその場に、ブランドン、マルクスを合わせて百名余りが存在し、彼等だけで数万人の衛兵を容易に鏖殺する事が出来るだけの戦力を誇っていたが、各々が眼前に迫る死の存在を感じ取り、彼等の警戒心は最大限に高まっていた。


 安易に踏み込めば一瞬で消し炭にされる可能性を肌で感じていたブランドンとマルクスであったが、彼等は己が矜持とその強靭な意志に基づき、目の前の敵を殲滅する為に刃を携え、近衛騎士達の先頭で指揮執る事を選んだ。


「マルクス、先ずは私が道を切り開こう。お前達は私の合図と共に本体を確実に仕留めろ」


『我が声を聞き、その姿を開帳せよ――魔剣“カサルティリオ”!!!!』


 魔剣に名付けられた名前をブランドンは叫び、魔力操作によって自身の魔力を魔剣へと注ぎ込んだ。一定量以上の魔力を注ぎ込まれた魔剣はそれに応えるように魔法術式を展開させ始める。


 魔剣の刀身が赤銅色に輝くと共に、剣芯に漲った魔力は瞬時に抗力を発揮し、その身に紅蓮の炎を纏わせ、周囲を灰燼に帰す熱波を産み出し始め、周囲の水分を一瞬で干上がらせる。


 一瞬にして燃え盛る使用者すらも呑み込む煉獄の火炎を意に介さず、ブランドンは涼しい顔で魔剣を構え、敵となる少年を見据えていた。


「参る……!」


ブランドンはその魔力操作によって得た膂力を頼みに地面を蹴ると、瞬きの合間に少年へと突貫した。彼我の距離は一瞬で詰まると共に、振り落とされた紅蓮の刃が少年を真正面から捕らえたかに見えたが、切っ先は少年に届く事は無く、中空で何かに阻まれるように食い止められていた。


「魔法障壁……!!」


 少年は葉虫を払うかのように手を振るうと、ブランドンは強烈な衝撃波を受け、くぐもった声を上げながら中空に吹き飛ばされた。それと同時に少年は無数の雷撃の槍を産み出し、少年に殺到する近衛騎士目掛け無慈悲に雷撃の槍を打ち込み続けた。一撃一撃が通常であれば致命傷になりかねない攻撃を近衛騎士達は、流麗に切り落とし、躱し、そしてすかしながら耐え続け、隙を見ては少年の魔法障壁に対して一撃離脱を試みる。一撃を受ければ即死となる死の瀬戸際で、近衛騎士達は神経を削る戦いを強いられ始めていた。


 吹き飛ばされたブランドンは額から血を流しながらも、全く気力が衰える事は無く、魔剣へと魔法障壁を切り払うだけの魔力を込めて再度死地へと足を踏み入れた。


 少年は魔法攻撃を繰り返しながら、一歩一歩、確かにその歩を進めザラツストラが守る召喚魔法術式へと近づいていた。ブランドンの強力な灼熱の一撃を今度は魔法障壁で受ける事はせずに、少年自身の周囲を漂っていた魔力結晶体をブランドンに差し向け、雷撃の槍と併せてブランドンの動きを完全に押し留めていた。


 その様を見たマルクスは、瞬時に魔剣を発動させ、少年の動きを止める為の準備を完成させる。


『我が声に従い、その身を解放せよ。魔剣“ヴェントゥス”』


 マルクスは、魔剣を解放すると共に、強力な魔法術式抗力の発動によって自らに襲い来る攻撃を捻じ曲げる強力な烈風を身に纏い、目にもとまらぬ超高速で地面だけでなく中空をも自由自在に動き回り、雷撃の槍を避けては、少年の頭上を取り、裂帛の気合と共に魔剣を突き刺さんと試みた。


 魔法障壁と拮抗する一撃に僅かに少年の動きが止まるが、次の瞬間には少年が新たに発動させた広範囲の震動系魔法によって魔法術式を妨害され、マルクスは地面に縫い付けられていた。


「全く、何ですがこの硬度と魔力操作の練度は!?」


 マルクスは魔剣の一撃を容易に防ぐ少年に対して歯噛みしつつも、拮抗した状況に対して僅かにほくそ笑んだ。それは百名余りの騎士が少年の猛攻を耐え凌ぎ、隙を狙いながら魔法障壁を削るべく攻撃を加える状況の合間に、召喚魔法術式の防御とノエラ・ラクタリスの侵入を警戒し周囲に散っていた騎士が魔法技術研究所の敷地に集い始めていた事が要因であった。


 敵を視認した近衛騎士が徐々に列を為して戦線に殺到して行く姿は最早、ただ一人に対する戦闘行為ではなく、合戦と同等の規模を作り出し始めていた。ものの十分もせずに三百名を超える近衛騎士が集まり、少年を目掛けて各々が磨き上げた技術を発揮せんとして躍りかかった。


 少年は胡乱気にその光景を見つめながら一度深い呼吸をすると、翡翠色に輝く魔法結晶体を稼働させ、三百名を超える騎士を相手に一歩も退くことは無く、完全な迎撃態勢を見せた。少年は引き続き、雷撃の槍を発動させながら、大小合わせて六十対に渡る魔法結晶体それぞれを用いて魔法術式を展開し始めると共に、魔法結晶体を亜音速で操り、寸分の狂いも無く騎士へと向けて敵を穿てとばかりに射出した。


 

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