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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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聖戦と呼ばれる戦い その3『獣の騎士、天上の使徒、そして――』


「スオウ、ザイ、来るぞ」


 ミチクサはそのアルヴィダルドの変化から、先の魔剣と魔具が発動される事を予見し、全身にこれまで類を見ない程に魔力が漲らせつつ我々に注意を促した。ザイも私も既にアルヴィダルドから放たれる細胞が浮き立つほどの圧力を受け、本能的に魔力を全身に漲らせ始めたところであった。


 アルヴィダルドの身体に満ちる触れるだけで切り裂かれるかのような錯覚を覚える、極限まで研ぎ澄まされた魔力の奔流、その力が魔剣と言う一点に集中し『魔剣』が胎動を開始する。


『我が声に従いその真価を発揮せよ。魔穿つ一薙ぎの瞬き――“トランサーレアゴ”』


 ぼうっ、とアルヴィダルドの魔剣トランサーレアゴがその稼働を知らしめるように煌めきを放つと共に、アルヴィダルドの身を覆う全身鎧の魔装が呼応するように鈍色に輝きを放つ。


 今までは小手調べと、各魔装は、その身に付与された膨大な魔力を受けて、遺憾なく使用者の能力を発揮せしめんと駆動を開始する。


 アルヴィダルドが放つ、浮き立つ様な、痺れるような、ひり付く様な、底抜けに敵意を露わにした圧迫感が強かに私達を打ち据え、この先に起こる濃密な攻防を予見させ、緊張感を一層高め始める。


 アルヴィダルドによって練り上げられた魔力、そして魔剣を通して発揮するであろう威力はこれまで幾度も思い描いた物と何ら遜色の無い姿で目の前に顕現していた。


「二人とも、ここからが正念場ですよ」


 ミチクサ、ザイの二人は私の言葉に視線を向けることもなく頷き、そして同時に笑みを浮かべて見せた。それは緊張による恐怖ではなく、あくまでも獲物を見る肉食獣として――常に強者として在ろうとする者達が浮かべる獰猛な笑みであった。


 我々が乗り越えなければならないアルヴィダルドの全力を解放した姿が再び我々の前に明確な壁として体現されている。ここから先は、文字通り死線を潜り抜ける必要に迫られる。


 準備は出来たとアルヴィダルドは魔剣を構え、余裕を見せつつ我々を煽る様に問いかける。


「さて……貴様ら、祈りは済ませたか? ここは聖堂国教会の総本山、祈るには格好の場所だろう。死ぬ前であれば、神も耳を傾けるやもしれんぞ」


「ほざくな。祈るのはお前だけだ。少なくとも私達の神はこの場にはいない」


 そう、この場には神等いない。いるのは、力を求めた戦士が四人のみ。


「ならば、ただ死ね。獣の騎士達よ」


 極限に高められた集中力の中、アルヴィダルドの姿が消えた。それは身体強化の限度を突破した事で繰り出される亜音速に迫る超速の動きによる超高速移動に他ならなかった。


 移動する魔力の軌跡が、獰猛な牙と化して迫る様を我々は魔力感知によって認識し、繰り出される刹那の初撃をミチクサと私が弾き、いなしてみせる。


「ザイ!!」


 既にザイは魔弓を携え、魔力を弓に集中し魔力核に刻まれた魔法術式を解放する準備を整えていた。当代最高の鍛冶師が作るのは、剣や槍だけに非ず。彼は魔力核を用いた道具を作らせれば右に出る者はいない、だからこそ、アルベルト・ランカスターはランカスターの名を背負うことが出来ている。


 それ故に、その使い手はあらゆるものを射抜く力を得る。


『射抜くは相克、番えるは、万物を射抜く力――その力を解放せよ――“ルミナスアーカム”』


 私の呼び声に答えたザイは、ミチクサと私に挟まれる形で魔力感知を発揮し、魔弓の解放と共に、高速で動き回るアルヴィダルドに対して連続で射撃を開始した。放たれた矢はザイの魔力操作によって、速度を保ったままに、アルヴィダルド目掛けて変則的に軌道を変えながら尚動き続けた。この魔力操作はアイゼンヒル直伝の操作術であり、自身の魔力が流れる物体に対して継続的に作用させる事が出来るものであったが、それを魔弓が持つ魔法術式によってより高度なものへと昇華させている。


 ザイが放った矢は十二本。その全てを同時に操作するのはザイが持つ天才的な魔力操作が為せる業であった。


 縦横無尽に駆け回る矢と、それを回避する機動を見せるアルヴィダルドの軌跡。ミチクサはそのアルヴィダルドとザイの競り合いの合間にザイ目掛けて放たれた斬撃を見事に撃ち落とし、魔力操作に集中するザイを完全に守って見せた。


 その合間、私がやらねばならぬことは明確であった。私に出来る魔力感知の範囲を最大限に稼働させ、その上でアルヴィダルドとザイの放った矢が繰り広げる追い合いの最中に身を投じた。

 ザイの矢によってその軌道を一定に制限されたアルヴィダルドの動きを読む事は容易く、剣線を交わし、渾身の一撃によってその動きを止める事に成功した。


 双剣を以て、アルヴィダルドの魔剣と鍔迫り合いを見せ、私は気合と共に吠える。


「今の我々は、貴様と十分に戦える!」


 ザイの矢をすら足場にしながらの立体的な空間使用を行いながらアルヴィダルドの機先を制し、剣線交え続け、その場に釘付けにし続ける。私の双剣とアルヴィダルドの大剣の合間で忙しなく火花が散り続け、甲高い音が剣戟に遅れて鼓膜に響き渡り、その度に集中力が増して行く。徐々に動きは速度を上げ、周囲の景色を曖昧にさせ、その集中はやがて私自身から音を奪い去り、呼吸を忘れる程の濃密な剣戟が舞いのように繰り返された。その僅か十秒に満たない時間の中で散った火花の数は優に七十を超える。


 欠乏する酸素、明滅する視界、衝撃に次ぐ衝撃に身体は軋み、鼻血が垂れ、口内は血の味が滲む。それでも尚、一切闘志に陰りは無く、私は敵を、アルヴィダルドを睨みながら相対し続けていた。


 しかし、アルヴィダルドを制圧するには至らないのも事実であった。ザイが放った十二本の矢を全て撃ち落としながら私と攻防を繰り広げる力――私達の圧倒的な手数にも関わらず、それを凌ぐだけの技量をアルヴィダルドは誇っていた。


「元近衛騎士の力を舐めて貰っては困るな……穿て――トランサーレアゴ!!」


 アルヴィダルドは魔剣、魔装の同時展開によって膨大な魔力消費を行い、確実に疲弊している筈にも関わらず一切の動揺を見せずに未だ健在とばかりに魔剣の名を叫んだ。眼前の敵に対し致命的な威力を誇る一撃を再び繰り出さんと狂暴な魔力を自身大剣に込め、必殺の一撃として、神速でその刃を振り放った。


 その光景はやけにゆっくりと私には感じられた。


 不味い、と自身の死を知覚した刹那、私は極限の肉体行使に熱を帯びる頭を更に高速で稼働させながら、問答をしていた。


 死か、それとも、更に力を求めるのか否か。


 己の力は出し尽くしている。それでも越えられない壁が目の前あったとして、己の矜持をかなぐり捨てて、それでも前へと進もうとする意志があるのか否か。


 私は至らない自分を卑下していた。それでも尚、弱い自分を認めながらも、それを否定したいと願っていた。


 故に、私は新たな力に手を伸ばす事を、恥も外聞もなく、ただひたすらに求めるしかなかった。


『我、極致に至り、尚、敵を屠らん――目覚めろ――“スベルヴィアグラディ』


 双魔剣は瞬きの合間に私に全能とでも言うべき一瞬の能力(ギフト)を齎す。それは魔剣発動が行われた際に、ほんの僅かな一瞬のみではあるが、事象の完全知覚が可能となり、目の前に迫る致命の一撃がどこに、どのように、どれだけの威力で、訪れるのかを、完全に把握する力であった。


 それ故に、この力は窮地を一瞬にして覆すだけの力を持ち合わせている。


 一切の無駄の無い効率化された動きによる最適解を以て、本来であれば最早防ぐはずが出来ない筈の死神の鎌と化した魔剣トランサーレアゴの振り落とされた一撃。それを私は、片手で握った一刀で防ぎ切って見せる。


「届けええぇぇぇええええ!!!!」


 そして更に同時に私のもう一方の手に握られた双剣の片割れは、瞬時に反撃に転じアルヴィダルドの鎧を貫き、更にその奥に位置する胸元へと吸い込まれんとする。


 その僅かな刹那にアルヴィダルドも反応を示し、私の一撃と交錯する形で蹴りを放ってみせた。私の剣がその身を完全に貫くよりも早く、私を蹴り飛ばすことで無理矢理にその身が受ける傷を最低限に押し留めることを選んだ故の選択であった。


 私は蹴りの衝撃に吹き飛ばされ地面に転がりながらもすぐさま体勢を整え、アルヴィダルドを見据えていた。


「ぐっ……かはぁっ……獣めが……未だ終わらん!! 私は天上の使徒、アルヴィダルド・イクティノス……いずれは天族として、永劫の力を得る者である!!」


 アルヴィダルドは血反吐と共に咆哮する。そして地面を蹴り三度、トランサーレアゴの発動を開始すると共に双剣を構える私へと魔剣を突き立てんと突貫を開始する。


 私へと叩き付けられる敵意、殺意、殺到する禍々しい魔力に再び力を振り絞ろうと構えた時、私はその場に迫る別の魔力を魔力感知によって捉えていた。


「スオウ、飛べ!!」


 声が聞こえるよりも更に前、直感的に私は無理やりに身体を捩じりアルヴィダルドの一撃をザイが再び放った魔力の籠った矢を盾に、ぎりぎりで軌道をずらしながらその場から辛くも離脱した。それが起こったと完全同時に、私と入れ替わる様にミチクサが全身全霊の魔力を魔剣に滾らせ、神速を迎え撃つべく一直線に死線を超えて突貫してみせた。


『霧深き闇の先、円環を破壊せし極剣の瞬き――起きろ“アルターシルヴァス”』


「うるるるあぁああああああっっっ!!!!!!」


 裂帛の気合と共に、最大出力の膂力を以てミチクサとアルヴィダルドの一撃が激突した。その衝撃波で大気が震え、余波は地面を伝い亀裂を生じさせると舗装路を陥没させながら中央内政区画と外縁部を隔てる城壁にまで及んでいた。


 噴煙が舞い、瓦礫が飛び散る中、私は二人の行方を捜す。


 未だ爆撃かと見まがうほどの衝撃と轟音に鼓膜が劈かれながら、私はザイと共にその噴煙の先で地面に大剣を立てるミチクサの姿と、地に膝を付くアルヴィダルドの姿を視認した。


「……見事であった、腹立たしさは有るが、全盛期を過ぎた私ではここが限界と言う事か」


 アルヴィダルドの鎧兜は先ほどの衝撃によって砕かれ、顔の半分が露出していた。そこには白髪の頭に、顔の深い彫り、そして年月に伴う幾つもの皺が刻まれた老人の姿が存在していた。そして跪いた身体は半身がミチクサによって切り落とされ、彼の持つ魔剣がその腕と共に、教会の大きな神殿柱に突き刺さっているのが見えた。


 ミチクサは肩で大きく息をしながら、今際の際に立つアルヴィダルドに対して言葉を掛けた。


「俺一人では無理だった。だが、俺達だからこそできた。俺達は、あの時の俺達を超えたんだ」


「ふふふ……よもやアルゴニストの血族に敗れる事になるとはな。天族を否定した者の子孫に討たれる事になるとは、奴等は正しかったのかもしれぬな」 


「貴方が信奉する天族とは何者なのです?」


「彼らは、人の世界を存続する為に現れた神に等しき力を持つ者達の事だ。人の世を仕切り、管理し、高め、育て、そしていつか魔大陸を進む為の力を我々にもたらす者達……」


「そこまでしてあなた達は力を求めた……あなたは満足したのですか?」


 アルヴィダルドから返事は無く、彼はどこか満足したように、それでいてどこか寂しげな微笑みを湛え、事切れていた。


「……行きましょう。他の教皇派も間もなくこの騒ぎに気付く頃合いでしょう」


「ああ、ラクロア様のところに戻ろう」


 ミチクサは無言で遺体となったアルヴィダルドを見つめながら、胸に手を置き僅かながらの合間、彼の冥福を祈ったようであった。


「俺達の用は済んだ。後は旦那の手助けをするとしよう。それが本来の俺達の役割だからな」


「貴方もたまには真面な事を言いますね。いつもそれであればいいのですけれど」


 喜び、満足感、達成感、どのような感情を得る事になるのか、この時になるまで分からなかったが、我々は同様に何故か興奮と相反する寂寥感を覚えていた。それは『微睡の矛』ヴァリスの仇を取ったからなのか、自らを高めるに至った強大な目標の喪失に対してであるのか、それともその両方か。判然としない気持ちを抱えながら、私達は合流地点を目指すべく東部区画から中央内政区画へと抜ける城門へと足を向けた。


「おい、あれは?」


 ザイがふと空を見上げたその時、これまで蒼穹が広がっていた空に、禍々しいく満ちた異常な魔力の発現に合わせ、世界に漆黒の帳が堕ちるのを確かに見た。


 それはまるで、世界を包む破滅の光にも思えた。


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