聖戦と呼ばれる戦い その2『相克の時』
ノエラ・ラクタリスの転移魔法術式によって、騎士団によって封鎖されていた城門を越えて、東部区画に侵入に成功すると、そこには先ほどまで私達が見ていた西部区画とは全く異なる光景が広がっていた。
「……想像はしていたが、酷いもんだな」
ミチクサがそ三白眼を顰めながら警戒感を露わにしつつ、現状に対する忌避感を隠さなかった。私達の視線の先には逃げ遅れた国教会に携わる者達が切り捨てられ、夥しい数の死体を積みあげ、外縁部の中央に敷設された舗装路を容赦なく赤く染めていた。
私達の現在位置については、掲げられた位置を表す数値と既に頭に叩き込んだ地図を照らし合わせ、既に製造国教会本部の直ぐ側にいることを三人で認識をすり合わせし、動きを見せようとした矢先、この凄惨な光景を平然と眺める騎士達が私達の目の前に姿を現した。
三人共がほぼ同時に己の武器に手を掛けたが、私達を認識しているはずの騎士達が無関心に我々を見ている様子を感じ、一旦矛を収めることとした。
恐らくは東部区画の封鎖を担当していた騎士達であったが、私達のその様子を見るや否や、涼しい顔を崩さずに私達に話しかけ始めた。
「この内紛を止めに送り込まれた冒険者か……今のところ、この殺戮は全て国教会の内紛として処理される、それであれば我々は特段手を出さんよ。目的があるのであれば好きにするといい、我々はこのような些事に時間を割いている場合ではないのでな」
私は騎士の言葉に耳を疑った。彼は、この殺戮を些事と言い放った、それは本当に人を護るべき騎士が放つ言葉なのか、私は信じられずにいた。
「この光景を、貴方達は本当に些事と言い切るのですか?」
私の愕然とした様子を察してか「勿論」と彼等は言い切って見せる。
「今ここで行われているのは淘汰だ。この淘汰が行き着く先に我々が目指すべき先があるのだから、何を気にする必要があるのだ? 貴様らが何をしようが結末は変わらん。既に聖堂国教会は機能不全に陥る程に各地で死人が出ている、それを止める事は最早不可能だろう」
当たり前のように騎士はそう言うと私達に「それでも行くのであれば、好きにするがいい」と、それだけ言い放つと、私達とそれ以上の会話を行う意志を見せず、南部区画へ通じる城門へと悠然と歩き始めた。
彼の言葉は嘲りでは無く、単純な確認であると言えた。そして、この先で何が起こったとしても騎士団は関与しないという事の言質でもあり、私は複雑な心境を抱いていた。
「近衛騎士と言う者は本当に化物染みた者達の集まりということか……それで、どうする? 怖気づいたのなら今なら引き返せるが?」
私とミチクサはザイの言葉に顔を見合わせる。ミチクサはこのような状況でも、にやりと笑みを見せ、躊躇いもなく死地へと足を踏み入れることを私に告げていた。
(心は既に決まっている……私もまた、それに殉じよう)
振り返ることはしない。私達が失った自身、あの時受けた屈辱の払拭、それが出来なければ私達は今よりも先へと進む事は出来ないとあの時に知ったのだ。それであれば、ここで引き下がるような真似は出来ない。奴を越えてこそ、ラクロア様の横に立つ為の道を再び歩む事ができると心に誓ったのだ。
私はザイ、ミチクサと共に、聖堂国教会本部へと向けて私達は再び歩み始め、その美しく整った街並みにそぐわぬ幾つもの戦いの痕跡に目を遣りながら目的地へと進み続けた。
「しっかし王都ってのは、区画が変わるだけでこんなにも様子が変わるもんなのかよ」
整然とした美しい街並みと、静寂が広がる中にミチクサの呟きが響く。
「国教会の本部がこの中央回廊の先に見えてくるはずだ。死体も道なりに打ち捨てられていることからして、恐らくこの虐殺を行っている者達は国教会本部にいると考えていい筈だ」
ザイは緩やかな曲線を描く遊歩道に沿って点々と死体が転がっている事から推測を述べた。
ここにラクロア様がいれば直ぐに全体の状況が分かるのだろうが、単独で我々が動く以上はそう簡単には行かない。こうした時にラクロア様の魔力感知がどれほど有用であったかを痛感するが、それを今言ったところでどうにもならないことであるのは間違い無い。
私達はそれぞれ、自分達な可能な範囲で警戒を最大限に高め、死角を可能な限り作らぬように索敵を行いながら移動することとしていた。
「ふむ、そろそろ近いな。私が可能な限り魔力感知を展開しよう。大した範囲ではないが、無いよりはましだろうからな」
三人の中で最も魔力感知能力に優れるザイが半径二十メートル程度の魔力検知範囲を広げることで、死角においては網羅的な対処が可能となる。ザイだけが私達の中で、魔法術式に関しても素養が見込まれ、アイゼンヒルに武器操作の手ほどきと共に、魔力感知についても同様に仕込みを受けていた。
「しかし、教皇派の連中は容赦が無いな、皆殺しもいいところだぜ」
ミチクサを先頭に回廊を進むと、その血の轍の先に巨大な白亜の教会が姿を現した。見上げる尖塔と正面に張られた虹色のステンドグラスは見る者に感嘆を与える威容を誇っている。
巨大な岩石を細かな彫刻によって掘り、くり抜かれて作られた教会は国教会において最初期に作られた石窟教会であり、数百年掛かりで建築が続けられ未だにその施工が終わっていない代物であった。ケイトデラル大聖堂と呼ばれ、国教会の最高位である大司祭がこの場に住まい聖堂国教会全体を統括する最高区画として存立していた。
「二人とも、少し待て、何者かが出てくるぞ」
ザイの注意喚起と共に、私達は国教会本部の正面入口を注視し、そこから堂々と姿を現した人物を視認すると共に、我々三人は互いに顔を見合わせずともその顔に笑みが浮かぶのが理解できた。
「漸く、借りを返せるな」
ミチクサは獰猛な笑みを浮かべながら、大剣に手を伸ばし、身体に満ちる闘気を剥き出しにし始めていた。
彼我の距離は数十メートルもない。完全にお互いを認識し合った真正面からの戦闘開始であった。
手の届くその距離に、自分達が越えるべき存在がいる以上、戦うという決意を覆すこれ以上の理由は何処にもいなかった。辛酸を舐めさせられた相手を見つめ、我々は徐々に歩調を速め、静かに武器を携えると共に、開戦の意思をまざまざと見せつけた。
「ザイは後方から支援を、私とミチクサで前衛を務めます。行けますね」
「「勿論」」
ザイが流麗な動作で放った弓射を皮切りに、ミチクサと私は同時に地面を駆けだした。ものの二秒で奴の重厚な鎧兜の全容が完全に視認出来る距離に接近した。
接敵と共に、私達は敵の名前を叫んだ。それは、明確な敵対意志を見せつける為の行為であった。
「「アルヴィタルドオォォオオ――――ッッ!!!!」」
私とミチクサは同時に奴の名前を吠えた。不退転の決意と共に振るった一撃をアルヴィタルドは飄々とした様子でありながら、ザイの正確無比な弓射諸共、高速の剣捌きを以て受け止めた。
「人造の獣の騎士共か。会話も無しにとは……主従共に人間の言葉を持たん獣風情めが。ここは私が受け持つ修羅の庭。貴様らのような獣が土足で踏み入って良い場所ではないぞ」
アルヴィダルドの堂に入った言葉に対しミチクサは興味の無さそうに、されども獰猛な笑みを浮かべたままその言葉を一蹴した。
「俺達はお前達が何者なのか……国教会だとか、内紛だとかもどうだっていいんだよ。そんな事はラクロア様達が考えりゃいいのさ。俺達はお前を越えなきゃなんねえ。どうしたってあの日の事が脳裏をちらついて離れねえ。悪いが問答無用だ、てめえをここで打ち砕く。俺達の目的はそれだけだ!」
呆れる程に本能に身を任せた剥き出しの言葉を受けてアルヴィダルドは笑い声を上げつつもミチクサに応えた。
「ガイゼルダナンでのやり取りが相当堪えたと見える。拾った命を態々捨てに来るとはあの冒険者の死は無駄であったようだな!」
ミチクサは自らの言葉を終えた段階で既に、アルヴィダルドの言葉に反応を示す事は無くなっていた。無言で集中力を高め、今にもはち切れんばかりの魔力強化を身体に施し、放たれる直前の弦と化して、大剣を担ぎ、地面を蹴った。
私も魔力による身体強化を完全に解放し、ミチクサの目にもとまらぬ速度と連携するようにアルヴィダルドの側面から躍り出ると共に剣戟を開始した。
私とミチクサの速度にアルヴィダルドは感嘆を上げつつも、アルヴィダルドもまた同様の速度を以て難なく剣戟を交わし始める。アルヴィダルドが振るう一撃一撃と刀身が触れる度に発せられる凄まじい衝撃は、戦意を削がれかねない程に強かに身体に響き、魔力による身体強化の術が無ければそれだけで身体を破壊されない威力を持っていた。
しかし、ミチクサはそれには一歩も退かず、真正面からアルヴィタルドと対等に切り結び、高速で数十合打ち合うと、大剣同士の強烈な鍔迫り合いが開始された。それは未だ二人とも全力では無く、まるで互いの力量を秤ににかけているかのようであった。
その均衡を崩すよう、私が間隙を縫うようにしてアルヴィタルドの足元を刈り取る為に低空から双剣を振るうと、それについても確りと対応を見せ、アルヴィダルドは体捌きを試みる。そのアルヴィタルドの隙を見逃さずにミチクサがその膂力を以てアルヴィタルドを弾き飛ばした。
「ふむ、少しはやる様になったか。これまでとは別人と考えるのがよさそうだな。漲る魔力量、その洗練された魔力操作、身体強化。凡そ半年でここまで積み上げるとは狂人の域であるな……だがっ!!」
たたらを踏むアルヴィダルドに対してザイからの速射による都合四連射が振り注いだが、その一射一射を強力な魔力量が注ぎ込まれた大剣によって再度叩き落として見せた。
「騎士剣術に対応する熟練された連携と練度、どこかで見た戦技であると思っていたが……そうか、貴様らはアルゴニストの血族だな。なるほど、かの七英雄の子孫が野に下り幾星霜、その技術体系を継ぐ者達が現れたとしてもおかしくは有るまいな……。近衛騎士団に対し牙を剥く本質は変わらずその血統の中で育まれて来たという訳か。この畜生共が、淘汰された血族に生きる道は無い」
アルヴィタルドは半分愉快、半分面白くなさそうにそう吐き捨てると、我々を明確に敵と見据えその潜在魔力を武具に並々と注ぎ始めた。
それは、嘗てガイゼルダナンで見た、ヴァリスを屠った魔剣を発動する、その予兆に他ならなかった。